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日本一のコンサルタントの異世界転生記  作者: Hiro
第2章~冒険者編~
21/22

国境河川の汚染源調査②

村から離れ、僕らは川の上流へと向かった。


鬱蒼とした森を抜け、岩場を登ること数十分。

鼻をつく悪臭の発生源――廃棄された古い坑道跡にたどり着いた。


そこでは、崩落した岩の隙間から、黄色く濁った水がドクドクと湧き出していた。



「うへぇ、こりゃ酷ぇな。毒のスープかよ。」



レイジが顔をしかめて毒水を蹴り飛ばす。


その飛沫が岩に当たると、ジュッという音と共に白い煙が上がった。



「原因は明白ね。坑道内の支柱が腐食して崩落、その衝撃で地下水脈の岩盤に亀裂が入ったのよ。そこから鉱毒を含んだ地下水が噴き出して、川に流れ込んでいるわ。」



ソフィアが眼鏡のブリッジを押し上げながら、淡々と解説する。


彼女の目の前には、空中に投影された複雑な立体地図(ホログラム)が浮かんでいる。

もちろん、僕らにしか見えないように処理済みだ。



「で、どうするんだボス? 岩で蓋でもするか?」


「それじゃあ一時しのぎにしかならない。水圧でまたすぐに吹き出すさ。」



僕は首を振り、ソフィアの方を向き、解決策の提示を促す。



「この水脈の流れそのものを変えるのが、いちばん確実ね。」


「……やっぱりそうか……………。あんまり派手な作業は避けたいんだけど、まあ仕方ないね。」



これから行うのは、魔法による大規模な地形改変だ。


だが、僕らはあくまで「普通の冒険者」でなければならない。



「いいか、あくまで『魔法と人力で頑張って直しました』と言い張れる範囲に偽装すること。派手な魔法で山ごと吹き飛ばしたり、川を一瞬で蒸発させたりするのはNGだ。わかってるね、レイジ?」



僕が釘を刺すと、レイジはあからさまに不貞腐れてそっぽを向いた。



「チッ、わーってるよ。どうせ俺の出番はねぇんだろ? 見てるだけでいいんだろ?」



……やれやれ。

このまま不機嫌になられても面倒だ。ちょっとガス抜きしておくか。



「いや、レイジには重要な任務がある。周囲の魔物の警戒だ。作業中に邪魔が入ると困るからね。」



その瞬間、レイジの瞳が光り輝き出す。

さっきまでの不機嫌さが嘘のように消え失せている。



「危険な魔物がいたら狩ってもいいってことだな?」


「やりすぎなきゃね。死体は残さないように。」


「任しとけ! ボスたちはゆっくり、確実に、間違いのないように、きっちり依頼達成してくれよ!」



そう言うとレイジは、弾丸のような勢いで森の奥へと駆けていった。

ブンブンと振られる見えない尻尾が見えるようだ。


アイツ、フェンリルとかじゃなくて、ただのでかい犬なんじゃないか?

僕の中の孤高のフェンリル像が、音を立てて崩れていく。

戦っているときは、あんなにカッコイイのに……。


まあいいや。それがレイジの良さでもあるしね。

彼が暴れてくれれば、周囲の魔物は寄り付かないだろう。



「さて、じゃあグラント、頼める?」


「おうよ。任せとけ。」



グラントが巨体を揺らして前に出る。


崩れかけた坑道の入り口からは、毒々しい色の水がドバドバと噴き出していた。

普通の土木工事なら、重機を何台も入れて数ヶ月はかかる難工事だ。


だが、彼にかかれば「お片付け」レベルの作業になる。


グラントが岩肌に無造作に手を触れる。


次の瞬間、グラントの腕の筋肉が隆起し、淡い土色の光を帯びる。



「……見えたぜ。地下30メートル、岩盤の継ぎ目だ。ここを弄れば、水はもっと深い層へ流れて、自然のフィルターを通って浄化されるはずだ。」


「OK。続けて。」



グラントの能力は、『絶対(アブソリュ)巨躯(ートタイタン)』。

大地そのものに干渉し、地形を自在に操る奥義だ。



「ふんっ!!」



ドォォォォォン!!


グラントが作業を開始すると、周囲の空間が歪むほどの衝撃波が走った。

だが、不思議なことに地表はほとんど揺れていない。

衝撃は全て地下深くへと浸透し、精密な手術のように岩盤を組み替えていく。


ゴゴゴ……と低い地鳴りが響き、湧き出していた毒水の勢いが目に見えて弱まった。

やがて、完全に止まる。



「よし、水脈のバイパス手術完了だ。次は仕上げだな。」


「ええ、私の番ね。」



続いて前に出たのはセリーナだ。


その所作は、汚泥の中にいても舞踏会のように美しい。



「汚い水は、洗い流してしまいましょう。」



彼女が川に向けて指を振ると、水面下に小さな雨雲が発生し、局地的に雨が降り注いだ。

キラキラと光る優しい雨だ。


雨粒が地面や岩に触れるたび、染み付いていた黄色い汚れが分解され、透明な水へと変わっていく。

あたりの空気も、一瞬にして高原の朝のように澄み渡った。


酸性雨というのを聞いたことがあるだろう。

気象を自在に操るセリーナは、酸性雨を降らせる技術を応用して、アルカリ性の雨を降らせることもできる。

彼女はそれを中和剤として調整し、川の毒素と化学反応させているのだ。


ジュワワワ……という音と共に、ドス黒い水が急速に透明になっていく。



「最後の仕上げです!」



ふわり、と彼女が息を吹きかけるような仕草をすると、猛烈な突風が巻き起こり、充満していた有毒ガスを一瞬で上空へと吹き飛ばして拡散させた。



「はい、お掃除完了。」



にっこりと微笑むセリーナ。


目の前には、清流と見紛うばかりの美しい川と、芸術的に塞がれた坑道。


完璧だ。

完璧すぎる。


……そう、完璧すぎるのだ。



「……おい、ちょっと待て。」



僕は額を押さえた。


これじゃあ、「銅ランクの新人冒険者が苦労して直しました」という報告書と辻褄が合わない。

どう見ても「超技術(オーバーテクノロジー)で修復しました」という見た目だ。



「綺麗すぎるんだよ! これじゃ査定官に怪しまれるだろ!」


「えっ? 丈夫な方がいいだろ?」



グラントが不思議そうな顔をする。職人気質が裏目に出た。



「グラント、もっとこう……雑にしろ! 『必死に岩を積んで、たまたま上手くいきました』感を出してくれ!」


「む、難しい注文だな……」



グラントは困ったように頭を掻きながら、再び岩盤に手を触れる。


そして、あえて表面を凸凹にし、泥を塗りたくり、隙間に苔を詰め込んだ。



「こ、こんなもんか?」


「よし、いい感じに『素人仕事』っぽくなった。」



出来上がったのは、「見た目はボロボロだが、中身は最強強度の岩盤」という、なんともちぐはぐな代物。


これなら、「運が良かっただけの新人たち」という言い訳が通るだろう。


そこへ、森の奥から満足げな顔をしたレイジが戻ってきた。

その手には、巨大な猪型の魔獣の牙が握られている。



「おうボス、終わったか? こっちは大漁だったぜ!」


「お疲れ様。……ってレイジ、お前魔獣と戦ったのに、やたら綺麗だな?」


「そりゃ、こんなチンチクリン相手で汚れるわけねーからな。」



ふむ。

なるほどなるほど。


僕は足元の泥を掬い上げ、ドヤ顔のレイジにべちゃりと塗りつけた。



「うわっ!? 何しやがる!」


「偽装だよ、偽装。お前も『必死に作業した』ことになってるんだからな。」



これでよし。

全員が泥だらけ。

見た目は「岩崩れを人力で必死に塞いだ跡」。

だがその地下には、今後100年は揺るがない強固な水路が完成している。



「完璧なカモフラージュだ。これなら大丈夫でしょ。」



僕は泥だらけの顔で満足げに頷いた。


僕らは「英雄」になってはいけない。

目立ちすぎれば帝国に警戒される。

あくまで「地味で、真面目で、ちょっと運がいいだけの冒険者パーティー」。

それが今の僕らに必要な隠れ蓑だ。



「さあ、村へ戻ろう。みんなが待っている。」




   * * *




村に戻ると、そこには驚きの光景が広がっていた。


かつて黄色く濁っていた川は、底の小石が見えるほどに透き通り、陽の光を受けてキラキラと輝いている。

風に乗って運ばれてくるのは、もう腐った卵の臭いではない。

湿った土と、草木の混じった自然の香りだ。



「おぉ……! なんということだ……!」



村長が震える手で川の水を掬い上げ、口に含む。



「甘い……! 泥の味がしないぞ!」


「水が綺麗になった! お母さん、もう臭くないよ!」



子供たちが歓声を上げながら川辺を走り回り、大人たちも信じられないものを見る目で川面を見つめている。

その中心に、泥だらけの僕らが立っていた。



「あ、あの……冒険者様。これは一体、どうやって……?」



村長が涙目で問いかけてくる。

僕は予定通り、少し照れくさそうに頭を掻いた。



「いやあ、運が良かったんですよ。上流で岩崩れが起きてましてね。みんなで必死に岩を積んで、水の流れを少し変えただけなんです。」


「そうそう。俺たちなんて、ただの力自慢ですから」



グラントも豪快に笑いながら、泥だらけの腕を叩いてみせる。



「まさか、それだけでこれほど劇的に変わるとは……。あなた方は、村の恩人です!」


「いえいえ、とんでもない。我々は依頼をこなしただけです。それに……」



僕は、少しだけ声を落とし、真剣な眼差しで村長を見つめた。



「この村が美しいのは、あなた方が諦めずに守り続けてきたからですよ。我々は、そのお手伝いをしたに過ぎません。」



その言葉に、村長はハッとしたように目を見開き、やがて深く、深く頭を下げた。



「……ありがとうございます。この御恩は、一生忘れません。」



その背中は、最初に出会った時よりも、少しだけ誇らしげに見えた。

彼らの「献身」は報われたのだ。

僕らの手によって。






─────────────────────────






数日後。

僕らは帝国のギルド支部に戻っていた。


全身泥まみれ、装備もボロボロ(に見えるように加工済み)。

華やかな『闘技場』帰りの冒険者たちとは対照的な、みすぼらしい姿だ。

周りの冒険者たちが「うわ、汚ねぇ」「あいつら、本当にあのゴミ依頼やったのかよ」とヒソヒソ笑っているのが聞こえる。


だが、受付カウンターの奥から出てきた査定官の男は、笑わなかった。



「……報告は聞いた。現地の水質検査もクリアだ。汚染レベルは『危険』から『清浄』へ改善されている」



査定官は、泥だらけの報告書と、僕らの顔を交互に見比べた。



「魔法使いまで泥まみれになって作業したのか? ……不器用な連中だ。」



彼は呆れたように溜息をついたが、その目には侮蔑の色はない。

むしろ、奇妙な生き物を見るような、興味深げな光が宿っていた。



「だが、仕事は確かだ。最近の若いのは派手な手柄ばかり追いたがるが……こういう地道な仕事ができる奴は貴重だぞ。」



ドンッ、と重々しい音を立てて、報酬の入った袋と、ギルドカードがカウンターに置かれる。



「今回の働きを評価し、ギルドランクを『銅』から『銀』へ昇格させる。今後も励めよ。」


「ありがとうございます! 地道に頑張ります!」



僕は満面の笑みで頭を下げた。

背後でレイジが「ケッ、たかが銀ランクかよ」と小声で毒づいたのを、セリーナが踏んで黙らせる。


ギルドを出た僕らは、夕暮れの路地裏を歩きながら、小さく拳を突き合わせた。



「作戦成功ね。これで『真面目で使い勝手のいい便利屋』というポジションを確保できたわ。」


「ああ。しかも銀ランク昇格。これでますます動きやすくなったよ。」



僕は振り返り、巨大なギルドの建物を仰ぎ見る。



「さあ、ここからが本番だ。……宿に戻って、会議といこうか。」

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