会議1-①
「さて、じゃあ作戦会議をしようか。」
ソフィアを迎えて2, 3日経った頃。
彼女とも仲良くなってきたので、満を持して会議を開いた。
今後についての会議だ。
「僕らのゴールは、ひとまずエルミュージアを再建することだ。だけど現状、そのための課題が山積みだろう? どんな課題があるか、まずはリストアップしてみよう。」
僕の言葉を受け、みんながそれぞれの視点から口を開き始めた。
最初に発言したのは、やはりと言うべきか、この都市の再建を誰よりも願うソフィアだった。
「まず挙げられるのは、『エルミュージア』のイメージが今では地の底に落ちていることね。2年前なら『エルミュージア出身』はそれだけで将来安泰だったのに、今ではおそらく迫害の対象ね。」
僕はソフィアの話を聞き、その内容を簡単にまとめて紙に書き留めた。
それと同時に、ソフィアに質問する。
「エルミュージアって、アウレリア帝国とルクシス教によって壊滅させられたんだよね? ルクシス教は置いておいて、なんで帝国までエルミュージアを目の敵にしていたの?」
エルミュージアのイメージが下がったのは、帝国とルクシス教を敵に回したからだ。この課題を解決するには、なぜこの2大勢力を敵に回したのかを把握する必要がある。
しかし………
「………それが、わからないのよね。私も不思議なの。私の故郷だから、多少贔屓目が入っているかもしれないけど、エルミュージアは首都と同じくらい栄えていたはずよ。そんな都市をわざわざ自分から潰しに来るなんて………」
だよな………。
普通に考えたら、そんなことするはずがない。
でも、ソフィアの話を聞く限り、現皇帝は非常に合理的な考え方をする人物だそうだ。
そんな人物が、何の理由もなしに自国の都市を壊滅させるとは到底思えない。
何かしらの理由があるんだと思うんだけど、何なんだろ。
なんだか泥沼にハマりそうな気がしたので、いったんここで思考を打ち切る。
「そうか、わかったよ。とりあえず、エルミュージアのブランドイメージが悪いという課題が挙がったね。他には何かある?」
「他には………」
ソフィアが考え込んでいると、
「ふん、俺が思うに、イメージ以前の問題だと思うがな。」
ヴァルカンが頬杖をつきながら、赤い瞳を細めて口を開いた。
「場所だ。この大陸で人が住めそうな土地は、すでにどこぞの国が領土として唾をつけている。かといって、誰の支配も受けていないここら辺は、環境が過酷すぎて人が住むには適さん。俺たちのような化け物ならともかく、ただの人間には地獄だぞ。」
「へぇー。僕は物心ついたときからここにいるからよくわからないんだけど、そういうもんなの?」
僕がソフィアに尋ねる。
「ええ、そうね。ここは危険な魔物が多数生息しているし、マナ濃度も高すぎる。カシウスが異常なだけよ。」
そうなんだ…。
でもそうだとすると、そんなことを平気な顔して言ってるソフィアも大概異常だと思うんだけど。
まあ、いいや。
帝国で生活していたソフィアが言うのだから、正しいのだろう。
「他には、どんな課題がある? 僕としては、カサンドラの意見も聞いてみたいかな。」
カサンドラが反応する。
この子は、何かを自分から主張することがない。
そういう性格なのだ。
だけど、何も考えていないわけではなくて、意見を求めれば鋭い指摘をしてくれることが多い。
「…… 仮に場所を確保できたとしても、敵は帝国とルクシス教。奴らは私たちを敵視している。今のリソースで正面からやり合うのは……不可能。」
「なるほどな。確かにその通りだね。ありがとう、カサンドラ。」
お礼を言うと、少し嬉しそうな顔をする。
無口で無表情だけど、なかなかカワイイ子なのだ。
僕がここまでのことを紙に書き留めていると、
「チッ、気に入らねぇな。」
レイジが不機嫌そうに舌打ちをし、椅子の背もたれに深々と寄りかかった。
レイジ君、どうやら我慢の限界のようだ。
「燃やし尽くせばいいじゃねぇか。俺とセリーナがいりゃあ、軍隊の一つや二つ……」
「レイジ、落ち着いて。カサンドラの言う通りよ。」
セリーナが穏やかに、だが諭すようにレイジを制する。
ほんと、助かる。
セリーナはカサンドラのお姉さんなだけあって、他人を制するのがうまい。
「今の私たちは『個』としては強くても、『国』としてはあまりに脆い。それに、戦うだけが解決策じゃないわ。人が生きるためには、もっと根本的なものが必要よ。食糧の安定供給、それに公衆衛生の整備と疫病対策。この辺りで病が流行れば、都市なんて一瞬で死滅するわ。」
レイジは直情的な性格だが、バカではない。
物分かりが意外に良く、こうして丁寧に説明すれば、たいてい納得してくれる。
今回も、セリーナの説明を聞いて納得したのか、レイジは落ち着きを取り戻す。
そこで再びソフィアが、
「あと、お金も必要ね。」
と新たな課題を提示する。
「研究設備にインフラ整備、教師や役人を雇う給料……今のままだと、資金が圧倒的不足しているわ。」
学者らしい意見だ。
実際に大学で研究していたのだから、その辺りの感覚が残っているのだろう。
すると今度は、
「単純に力も足りねぇんじゃねえか?」
と言いながら、グラントが腕を組み、天井を仰いだ。
「俺一人で壁は作れても、街全体の拠点防衛や治安維持をする軍事力がない。俺たちが寝てる間に攻め込まれたらおしまいだぜ。」
そこにリリスも
「国として認められるには『信用』が必要ですわ。今の私たちには後ろ盾がない。他国、それもかなりの権力を持った協力者が必要ですわね。」
と意見を述べ、さらにリュウが
「法律も考えなくてはいけませんね。安定した税収システムと、通貨制度の構築も不可欠でしょう。」
と付け加える。
各々がいろんな角度からたくさんの課題を発見してくれる。
なんか、学生に講義してた頃のことを思い出すなぁ。
懐かしい。
皆んなでアイデアを持ち寄る楽しみは、世界が変わっても不変なんだな。
そうこうしていると、徐々に課題が出てこなくなってきた。
「思いつく限りの課題はこれで全部かな…」
僕が次の話に移ろうとしたとき、
「まだあるわ」
とソフィアが冷静に、最後の懸念点を付け加える。
「そもそも、街を作ったとして誰が働くの? 私たち戦闘員や研究者はいても、家を建て、農具を作り、服を縫う生産職がいないわ。それに、いくら高度な魔道具や理論を開発しても、それを実装し運用できるテクノロジー環境と人材がなければ、ただの『魔法使いのガラクタ』で終わってしまう。」
たしかに、その通り。
僕は最後に、ソフィアが挙げた課題を紙に書いた。
正直、こんなにみんなからいろんな意見が出てくるとは思わなかった。
びっくりしたよ。
マジで。
しかし、こうしてみると、やることが多いな………。
どこからどう手をつければいいのか……。
僕が思案にふけていると、みんなも同じように考えだした。
しかし、良い案は一向に出てこない。
しばらくの間、全員黙り込んでしまった。
「………詰んでね?この状況。」
ふと、ヴァルカンがそんなことをぼやいた。
その一言を聞いて、みんなが苦笑する。
どうやら、みんな同じ気持ちだったようだ。
僕も思わず笑ってしまった。
「そんな身も蓋もないこと言ってどうするの。詰んでるからどうしようかっていうのを話し合う会議でしょ、これは。いきなりそんな間抜けなこと言わないでちょうだい。」
セリーナが皆んなの代弁をしてくれた。
ほんとだよ、まったく。
あれだけ考えて出てきた結論がそれって、拍子抜けにも程があるわ。
でも、僕はヴァルカンのそういう、たまにアホになるところ、好きだな。
さて、話を戻してと。
ヴァルカンのは半分冗談だけど、実際面倒な状況になっているのは確かだ。
ここからさらに分析を深めて、するべきことを明確にする必要がありそうだな。
僕は皆んなの方を向き、話を進めた。
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「んーーー。やっぱり、現段階で一番重要なのは、エルミュージアが社会から孤立していることだよな。」
最終的な課題を、僕はそう結論づけた。
「…つまり、どういうことだ?」
ヴァルカンが質問する。
「要するに、ソフィアが最後に挙げた課題だよ。エルミュージアがどのコミュニティにも属していないから、僕らがどんなに頑張っても世界は変わらない。それどころか、誰も得しない。だから誰もエルミュージアを相手にしない。どれだけ軍事力や財力、あるいは知識があっても、ここをどうにかしないと何にもならない。」
「ほう。」
「だから、まずやるべきなのは、どのコミュニティにアプローチするのかを決めること。つまり、ターゲットを明確にすることだ。」
「だけどよ、コミュニティっつっても、どんなのがあるのか俺らは知らねえよ? ソフィアは知ってんのか?」
ヴァルカンがソフィアに話しを振る。
「ある程度はわかるけど、残念ながらそんなに詳しくはないわ。」
そうか………。
まあ、仕方がないか。
ソフィアがなんでもかんでも知っていると考えるのは、良くないよな。
しかし、僕らの情報源はソフィアしかいない。
そのソフィアも知らないとなると、ターゲットを決めるための情報が足りないな………。
それに、将来的にエルミュージアを再建したとき、各国がどう反応するのかも予測したい………。
「となると、まずは人間社会に溶け込んで情報収集するのが先決だな。」
「………そうだな。」
ヴァルカンは納得する。
しかし、リリスはまだ納得いっていないみたいだった。
「あら、でも具体的にどうやって人間様の社会に溶け込むおつもりかしら? わたくしたち、向こうの世界で通用する肩書きなんて、何一つ持ち合わせておりませんわよ。身元も知れない怪しい集団を、易々と受け入れてくれるほど、人間社会は甘くないと思うのだけれど。」
「そうだね。リリスの言う通りだ。だけど、1つだけ可能性が残されている。」
話しながら、僕はみんなの反応を見る。
みんな、思い当たらない、という感じだった。
あれ?
これについては、僕よりみんなの方が詳しいと思ったんだけどな。
「冒険者ね。」
答えたのは、ソフィアだった。
僕は肯定の意を示し、ほかの7人も「あぁ~」と頷いている。
「………じゃあカシウス、私たちはまず冒険者ギルドに登録することになるのかしら?」
すかさずセリーナが質問する。
いい質問。
それはまさに、次に話し合いたかったことだ。
「問題はまさにそこなんだよな。僕は師匠に聞いて冒険者っていう職業を知ったんだけど、冒険者ギルドについてはあまりよく知らないんだよな。ソフィア、何か知っている?」
そう言って、ソフィアに目を向ける。
「ええ、もちろん。冒険者ギルドというのは、冒険者を統括する組織のこと。主な業務は依頼の斡旋、素材買取・転売、関連施設の運営、新人冒険者の教育、違反者の取り締まりなど。特定の国家や宗教に属さず、完全な中立を保っているわ。個人で活動している冒険者もいるけど、ほとんどはギルドに所属しているわね。」
「冒険者ギルドに所属するメリットって?」
「最大のメリットは、安定して依頼を受注できる点ね。」
「なぜ安定して受注できるんだ?」
「何か冒険者に依頼をしたい場合、ほとんどの人はギルドに依頼するからよ。」
「個人の冒険者のいるんでしょ?ギルドに仲介してもらうより安く済むんじゃないの?」
「たしかにそうだけど、彼らの信頼性を保証するものが何もないの。冒険者に依頼することは危険な内容のことが多いから、人々は冒険者の信頼性に対して余計に敏感になっている。余程信頼できる冒険者でない限り、個人に依頼を出すことはないと言っていいと思う。その点、ギルド所属の冒険者にはギルドカードが配布され、そこに冒険者ランクが記載されている。冒険者ランクはその冒険者の実力と信頼度そのもの。だから、仲介手数料を払ってでもギルドに依頼する人がほとんどなのよ。」
「なるほどな………。ほかにメリットはあるのか?」
「あとは、ギルドカードが身分証の役割を果たすこととかもメリットね。ランクがシルバー以上になれば、たいていの国に入国することができるようになるわ。」
「ランクって、どれくらいあるの?」
「低い順で、アイアン、カッパー、シルバー、ゴールド、プラチナ、ダイヤモンド、レジェンド、ミシック。だけど、最後のレジェンドとミシックの階級は、無いも同然の階級。過去にそのレベルの冒険者がいたから一応制度上は残っているけど、今ではミシックはもちろん、レジェンドの冒険者すら1人もいない。」
「………話を聞く感じ、僕らも冒険者ギルドに所属した方がいいと思うな。だけど、実際どうしたらギルドに入れるんだ?僕らには身分証とかないから、現状どこの国にも入国できないと思うんだけど。」
「そうね。だけど、ギルド総本部に行けば大丈夫よ。さっきも言ったとおり冒険者ギルドはどこの国にも属さないし、冒険者になるのに出身や身分や過去は問われない。だからギルド総本部は中立地帯になっているの。私たちでも問題なく入れるわ。」
「へぇ~。身分証なしで入れるって、それはそれで問題じゃないか? 僕らにとっては都合がいいけどさ。」
「まあたしかに、良からぬ人たちも入ってくるだろうね。だけど、彼らを取り締まれるだけの実力がギルドにはあるのよ。ギルドマスターたちはそのための厳しい選抜試験を突破してきているし、ギルドの最高意思決定機関『円卓会議』はさらにその一握りのギルドマスターから構成されている。実際、治安の良さだけではアウレリア帝国に匹敵するわ。」
「そういうことね。………じゃあとりあえず、ギルド所属の冒険者として活動することは決定。いいよね?」
みんながこくりと頷く………と思ったら、リュウが何かあるみたいだ、
「しかし、ソフィア殿は顔が割れていますよね。さらに帝国内では指名手配されている可能性も低くありません。そうなると、ソフィア殿の冒険者活動は厳しい気がしますが………。」
ああ、そうだった。
それはなんとかしないといけないわ。
だけど、すぐさまソフィアが切り返す。
「大丈夫よ。外見や声は魔法で変えられるから。」
「ですが、それは常に魔法を発動させ続ける必要がありますよね。そんなこと不可能なのでは?」
「問題ないわ。マナの自動供給や、術式を自己修復して最適化する技術は、帝国にいた頃にすでに開発してあるもの。軍事利用される危険があるから、公表はしていなかったけど。」
「ほほう。それは興味深いですね。」
そういえば、師匠が言ってたっけ。
かつてのエルミュージア全域を覆っていた、常駐型の大結界は、ソフィアが立案・開発したものだと。
いやはや、なんともまあ恐ろしい人だこと。
仲間となってくれて、ほんと心強いよ。
「じゃあ、これで冒険者ギルドに登録することは決定。次の問題は………」




