魔王と四天王
ここは魔王ゼノビアスが治める魔導国、「タルタロス」。
人類が「未開の地」と呼ぶ地域で、カシウスたちが暮らす場所のさらに奥地に広がる大帝国だ。
タルタロス皇帝にして絶対的な魔の王、魔王の名は「ゼノビアス」。
魔族社会はピラミッド構造となっていて、魔王が頂点。
その下には魔王の腹心、「四天王」と呼ばれる4人の魔族がいる。
”深謀”のアスラ。
”剛拳”のガイウス。
”創造主”のヘカテ。
”歪極”のヴァニタス。
さらに彼らの下には、その他の魔族、多種多様な魔物、奴隷というように続いていく。
魔族たちは基本的に実力主義で、下位の者が上位のものに力で打ち勝てば、その地位を奪い取ることができる。
それは四天王の座も、魔王の座すらも例外ではない。
しかし彼らの力は絶大で、この500年、魔王と四天王が変動したことは1度もない。
もはや他の魔族たちは、彼らに絶対の忠誠を誓っている。
さて、そのタルタロスでは現在、魔王と四天王による会議が行われていた。
「レクスが死んだというのは事実なのだな、アスラよ。」
「はい。ゼノビアス様。」
「して、レクスを殺った者が誰か、見当はついているのか。」
「……いえ。レクス軍は全滅したうえ、戦闘の痕跡の一切が消えており……。申し訳ございません。」
「よい。しかし、その正体は突き止めねばなるまいな。もしも我々の脅威となるのであれば、排除を検討せねばならぬゆえ。」
「戦場と思しきあの地は、タルタロス領の拡大が不自然に遅かった場所です。他の地の平定に手一杯で後回しにしていましたが、今思うと、侵略を妨げる何者かがいたのでしょう。」
「レクス軍を全滅させられる存在となると、まず疑わしいのが、アウレリア帝国皇帝ユリアヌスか、ルクシス教教皇ウルバヌス・クレメンティアだと思うのだが、奴らは動いていないのだな?」
「おっしゃる通りでございます。」
「となると、他勢力の仕業か、あるいは新たな勢力が誕生していると見るべきか……。」
アスラの報告を受け、ゼノビアスが思案にふける。
話がひと段落したと見るやいなや、ガイウスが口を出してくる。
「だから俺が行った方が良いといっただろうが、アスラ。帝国など、このガイウス様に任せておけば、すぐに滅ぼしてみせるというのに。」
「ガイウス、あなたは滅ぼした後のことを考えているのですか? それに、突撃と撤退しかできないあなたでは、帝国は滅ぼせません。」
「ぐぬぬ………。しかしだな、アスラ」
するとヘカテまで割り込んできた。
「アスラちゃんの言う通りだよ。だいたい、ガイウスくんは人間を全滅させちゃうじゃない。それじゃあ勿体ないよ。ちゃんと有効活用してあげなきゃ。特に、ボクは人間の脳が欲しいんだよね。魔物の脳を人間の脳に置き換えたら、どんなことになるか、面白そうじゃない?」
「俺が人間を軽んじているだと? そうとは限らんぞ。弱者に興味はないが、強者であれば人間だろうと俺は敬意を払う。人を研究素材としか思っていないヘカテより、よっぽど健全だろう。」
「むぅぅぅ~~~。ボクは悪くないもん。人間の一番有益な使い方を教えてあげただけだもん!」
最終的には、ヴァニタスまでもが、芝居がかった仕草でタクトを振りながら口を開いた。
「ハァ…なんともはや、醜悪な不協和音だ。筋肉、脳髄…君たちの語る言葉は、まるで陳腐なオペラの歌詞のようだね。もっとこう、魂を揺さぶるような歪みが欲しいとは思わないかね?」
ヴァニタスは心底退屈だと言わんばかりに肩をすくめ、他の三人を嘲るように見回す。
「それよりも、だ。名もなき何者かが、我らの用意した駒を盤上から消し去った。予定調和を破壊する、この予測不能なカオス!これこそ至高の芸術だとは思わないかね? 私はむしろ、この名もなき役者に拍手を送りたいくらいだよ。さあ、次はどんな歪んだ音色を奏でてくれるのか…実に楽しみじゃないか!」
アスラ、ガイウス、ヘカテは3人同時に頭を抱えた。
「面倒なヤツが口を開いてしまった………」と。
そう。
ヴァニタスは、話し出すと止まらないタイプなのだ。
ヴァニタスの態度がなんとなく癪に障ったアスラは、ボソッと、
「あなたは感性がキモいのよ。自分のことしか考えないし………。なぜこんなのが四天王なのかしら。」
とつぶやいた。
アスラは誰にも聞こえないくらい小さな声で言ったつもりなのだが、思いのほか大きくなってしまっていた。
ガイウスとヘカテは「ちょっと、声が大きい!」と思い、アスラに目で注意した。
アスラは2人の目配せに気づいたとたん、状況を理解し「しまった!」と思ったが、時すでに遅し。
ピタリ、とヴァニタスの動きが止まる。
今まで嘲るように三人を眺めていたその顔から、スッと表情が消えた。
しん、と静まり返った玉座の間で、彼はゆっくり、ゆっくりとアスラの方へ向き直る。
そして、次の瞬間。
「――キモい、だと? ハッ、ハハハ、アッハハハハハハ! これは傑作だッ! まさかあの“深謀”のアスラが! データと確率の亡者である君の口から、そのような原始的で感情的で、なんと素晴らしい侮辱の言葉が飛び出すとは! 今日の会議は、レクスの死などよりよほど有意義なものになったじゃないか!」
ヴァニタスはタクトを振り回し、舞台の上を踊るようにアスラに詰め寄る。
その口からは、堰を切ったように言葉が溢れ出した。
「いいかね、ミズ・パーフェクト! 君の言う『普通』や『調和』こそが、この世界をどれほど退屈で醜いものにしているか、君は万分の一も理解していない! 君の完璧な戦術図は、ただの白紙の五線譜だ! そこに音符はなく、休符もなく、リズムもない! あるのはただ、完璧という名の『無』! 空虚! なんの感動も、なんの物語も生まない、死んだ世界だ! それに比べて私の芸術はどうかね!? 予測不能な不協和音! 理不尽という名のクレッシェンド! 絶望という名のフェルマータ! それらが渾然一体となって奏でるシンフォニーこそが、魂を震わせるのだ! それを『キモい』の一言で片付けるとは…ああ、君のその感性こそ、救いようのないほどに貧しく、醜いとは思わないかね!?」
ヴァニタスのアスラを言い負かし、まるで勝ち誇ったかような表情に、アスラの堪忍袋の緒は限界を迎えた。
早口でまくしたてるヴァニタスに対し、アスラは氷のように冷たい声で言い放つ。
「……戯言はそれくらいにしていただけますこと?」
どうせもうヴァニタスを止められないのなら、この際、言いたいことをすべて言ってしまおうというように。
「あなたの言う芸術とやらは、要するにただの自己満足。行き当たりばったりの破壊行為を、それらしい言葉で飾り立てているに過ぎませんわ。あなたの『歪み』が、これまでの戦いでどのような『戦果』を上げましたか? 私の計算によれば、あなたの行動による我が軍の損耗率は、他の誰よりも高い。それは芸術ではなく、単なる『非効率』。戦場における『ノイズ』ですの。」
「ノイズ! それだ! それだよアスラ! ノイズこそが世界に深みを与える! 完璧な静寂の中で、誰が音楽を求めるというのだね!? 君は、最小の犠牲で最大の成果を、と言うが、その先に何がある? 支配し、管理し、全てを予測可能なものに変えた世界…それは、私が最も唾棄すべき『退屈』そのものじゃないか!」
「ええ、そうですわ。私の仕事は、ゼノビアス様の理想とされる『魔族が安定して暮らせる世界』の礎を築くこと。あなたの感性などという不確定要素は、私の計算式には一片たりとも入り込む余地はありませんの。理解していただけましたか、ミスター・ノイズ?」
「ハッ、理解など到底できんな! 君は盤上の駒を動かすことしか考えないが、私は盤そのものをひっくり返すことにこそ美を見出すのだからな!」
二人の議論は、もはや誰にも止められそうになかった。
議論というか、ただの子どもの口喧嘩のようだ。
ゼノビアスですら、呆れた表情を浮かべている。
ガイウスとヘカテは顔を見合わせ、互いに空気となることを決めたのだった。
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それからしばらくして。
2人が少し落ち着いてきたのを見計らい、ゼノビアスが口を開く。
「……そこまでにせよ。」
その一言で、ヴァニタスとアスラの口がぴたりと閉ざされた。
二人は我に返ったように、玉座の主へと向き直り、深く頭を垂れた。
ゼノビアスは感情の読めない瞳で二人を、いや、四天王全員を一瞥すると、静かに告げる。
「貴様らの美学のぶつけ合いなど、不毛の極みだ。ヴァニタス、お前の歪みは余の敷いた盤上でこそ輝く。アスラ、お前の深謀は、その盤を盤石にするためにある。互いの役割を違えるな。」
「「……はっ。」」
「今は、その盤上に現れた『イレギュラー』…その正体を見極めるのが先決だ。」
ゼノビアスは一度言葉を切り、その視線を再びアスラへと注ぐ。
「アスラよ。」
「はっ。」
「改めて命ずる。持てる全ての情報網を駆使し、レクスを屠った者どもの正体を暴け。それが我らの進軍を阻む『障害』なのか、あるいは利用しうる『駒』なのか。速やかに分析し、余に報告せよ。」
アスラは恭しく頭を下げ、その顔には先程までの感情的な色は消え、怜悧な笑みが浮かんでいた。
「御意に。ゼノビアス様。早速、取り掛からせていただきます。どのような者たちか…分析するのが楽しみですわ。」




