ソフィアとの初対話
ソフィアはセリーナに連れられ、カシウスたちの家にやってきた。
やっとカシウスに出会えた。
でも安心するのはまだ早い。
カシウスを説得して、仲間に引き入れなければならない。
夢を追う仲間に。
しかし、なかなか話を切り出せずにいた。
その理由は、カシウスたち8人の放つ、圧倒的なオーラだ。
見ているだけでは分からない、実際に対峙して初めて目の当たりにする、彼らの威光。
かつて出会ったシグムントですら、これほどのものは持っていなかった。
特に、彼らの中心であるカシウスのそれは、一際異彩を放っており、ソフィアは萎縮してしまっていた。
すると、カシウスが口を開いた。
「さて、まずは自己紹介させてください。一応、ここの代表しております、カシウス・アイゼンハルトと申します。ソフィアさんのことは、我が師シグムントより伺っておりますが、改めてお聞きしてもよろしいですか?」
ソフィアが答える。
「はい。ソフィア・ローレンスと申します。以後、お見知りおきください。」
「よろしくお願いします。そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ、ソフィアさん。あなたの身の安全は僕らが保証します。」
先ほどまでとは打って変わった柔らかい雰囲気と、優しい声に、ソフィアの緊張の糸が少しほぐれた。
しかし、次のカシウスの一言に、一気に背筋を凍らされることになる。
「ですがまさか、僕らの脛を齧りに来た訳じゃありませんよね?」
やっとソフィアを見つけた。
これで、師匠の心残りを1つ消すことができる。
しかし、無条件で他人を助けるほど、僕はお人好しじゃない。
見返りが欲しいなんて思っちゃいないけど、投資しても何の価値も生み出せない人に手を差し伸べたいとも思わない。
こっちだって、命張るんだ。
彼女がそれに値する人間かどうか、見極めないと。
「まさか、僕らの脛を齧りに来た訳じゃありませんよね?」
まずは、彼女がどういうつもりでここへ来たのか、探ってみよう。
少し気を抜いていたソフィアは、僕の言葉に面食らったようだ。顔色を変えてこちらを見てきた。
最初から結構緊張していたみたいだけど、僕の言葉でその度合いはさらに高まっている。
「緊張しなくて大丈夫」と言った矢先のこの一言。
少し可哀そうだが、この程度の圧力に固まるようでは、話にならない。
そんなヤツを仲間に入れても、僕らには付いてこられない。
実力の話をしているんじゃない。
そんなもの、鍛えればいいだけのこと。僕みたいにね。
僕がしているのはそういう話ではなくて、マインドの話だ。
僕らの行く道は、茨の道。
行く前からそれが分かっている。師匠の人生を考えれば誰でも予想できることだ。
味方がいないどころか、周囲のすべてを敵に回す可能性も高い道。
そんな道を進もうとしているのに、今この程度のことで折れるようなヤツは、正直いらない。
むしろ邪魔だ。
たどたどしくてもいいから、その緊張の中で、自分の内に秘める想いをぶちまけてほしい。
そしてそれが、僕らの目指す先と重なっていてほしい。
「…………」
ソフィアは黙り込んでいる。
こりゃ、期待外れかな。
ソフィアが、師匠の話の通りの人物像だったら、文句なしなんだけどな。
ヴァルカンたちもこっちを見て、「コイツはダメだ」みたいな顔してるし。
「残念ですが、僕らにあなたを助けることはできまs…………!?」
「できません」と言おうとしたとき、ソフィアの顔を見て、思わず言葉が詰まった。
相変わらずド緊張の最中。
だがその目には小さな、本当に小さな、しかし力強い、そんな炎が灯っているように見えた。
それは、僕が前世で何度も見てきたもの。
僕の尊敬する経営者全員が、例外なく持ち合わせているもの。
自らの描く理想を実現し、社会をより良くするためならば、命を燃やす覚悟を決めた目。
ソフィアの炎は、彼らのそれとは比べものにならないほど微弱だが、確かにその片鱗を感じる。
そしてソフィアは、言葉を紡ぎ始めた。
「私の目的は、故郷エルミュージアの再建です。」
そう言って、エルミュージアで何があったか話してくれた。
「私は必ず故郷を取り戻します。必ず、です。そのために、カシウス殿のお力を貸していただきたいのです。」
力のこもった声で、最後にそう続けた。
なるほど、彼女の決意は本物だな。
たとえ僕がここで断っても、ソフィアは諦めたりしないだろう。
だけど、まだ足りない。
これまでの話だと、まるで「奪われたものを取り戻す」だけのように聞こえる。
学問の才能に恵まれたソフィアにとって、エルミュージアは最高の環境だろう。
それを取り戻したいというのも頷ける。
でも、それでは単なる自己満足じゃないか。
自分で勝手にやればいい。
ソフィア、君が見据えているのは、そんなものじゃないはずだ。
「あなたの覚悟はよく分かりました。しかし、話を聞く限り、あなたにはエルミュージアなど不要に思えるのですが。」
「!?」
ソフィアが少しムッとした表情を浮かべる。
そりゃ、そうだろう。
自分の夢を否定されたのだから。
でも、重要なことだ。
見て見ぬふりはできない。
教えてくれ。
君が腹の底に抱えている、本当の夢を。
「通常、研究者には設備や収入源など、必要なものがたくさんあります。それらを手にするための環境、資金援助も不可欠でしょう。そのための大学です。しかしあなたは、【叡智の書庫】と【解析魔法】を持っています。つまり必要最低限の環境は、すでにあるといえる。さらにあなたの能力は引く手数多で、収入源にも困らない。あなたにとって、学問を極めるために必要なものはすべて揃っています。エルミュージアはおろか、僕らの力すら不要です。あなたは、あなたの思うまま、自由に学問の道を行けばいいと思いますよ。ちょうど僕の師匠のように。」
「それではダメなのです!」
僕が少し挑発するようなことを言うと、ソフィアは食い気味に反論してきた。
「私だけが学問に励んでも意味はないのです。そんなことでは私の、いえ、私たちローレンス家の夢は叶いません!!」
「夢?エルミュージア再建があなたの夢ではないのですか?」
「違います。エルミュージア再建は夢を叶えるための手段、単なる通過点に過ぎません。私たちの夢は…………」
ソフィアはそこで言い淀んだ。
彼女の気持ちはわからなくもない。
夢を背負うのは簡単なことじゃないし、ましてや、それを他人に語るのは想像以上に精神力を必要とする。
人は誰でも、本音を隠すものだ。
それは別に、他人を騙そうとするときでなくとも同じ。
本当に大切に育ててきた想いをさらけ出して、否定されるのが怖いのだ。
「無理だよ、そんなの」
「馬鹿げている」
「頭おかしいんじゃないか」
「誰もそんなの求めてない」
いつの時代も、夢を語る人間はそう否定されてきた。
他人の夢を否定すること自体は、悪いことではないと僕は思う。
なぜなら、彼らの描く夢が、本当に馬鹿げていることだってたくさんあるからだ。
だからみんな、尖ったことを言う人間を叩くのだ。
「出る杭を打つ」のは人間の本能。
それがあるから得るものもあるだろうし、それがあるから失うものだってある。
良いとか悪いとかではない。
それゆえに、夢を語るのは勇気のいることなのだ。
夢を壊さないよう、否定されないよう、傷つけないように、誰にも明かさず胸の中にしまっておく方が何倍も楽だ。
しかし、本気でその夢を叶えたいのなら、打ち明けねばならない。
そうでなくては、誰も動かせないし、何も変わらないのだから。
僕はソフィアが再び話してくれるまで、待つつもりだった。
まあ、話す気がないようなら、とっとと終わらせるけど。
でも、今ソフィアは、必死に勇気を振り絞っている。
僕は冷たい人間だけど、こんな子をほっとけるほど無慈悲でもない。
そして、ソフィアはようやく顔を上げ、語り始めた。
「私たちの夢は、”世界を変えること”です。」




