カシウスvs魔族軍 ~ソフィアによる分析~
戦の全貌を見ていたソフィアは、一瞬、何が起こったのか理解できなかった。
開いた口が塞がらないとは、まさにこのことだった。
(…………凄い……………………)
そして出てきた言葉がこれだ。
キャラに似合わない、いかにもIQの低そうな感想だが、もうそんな言葉しか出てこない。
ソフィアにとっては、それぐらい衝撃的な展開だった。
圧倒的不利からスタートしたこの戦。
本来なら、8人で5万を止める手はない。
魔法が使えるとはいえ、敵も同様に魔法が使える。アドバンテージでも何でもない。
そのうえ敵総大将は、百戦錬磨のレクス・ヴァルネオンだ。
今回も、相手が8人だろうと一切油断することなく、確実に排除するよう布陣していた。
それが蓋を開けてみれば、カシウスの圧勝。
レクスは、たった8人を相手に、何もできず敗北。
(どういうこと?)
ソフィアは無意識のうちに、解析魔法で、この戦の分析を始める。
生粋の学者であるソフィアは、何か気になることがあれば、何でも分析してしまう癖があった。
職業病のようなものだ。
(まずカシウスの最初の一手は、あの吸血鬼部隊よね。結局あの一手が最後まで響いて、レクスは全然攻撃できなかった。なぜ、あの抑え込みは成功したの…………?)
ソフィアはさらに分析を進める。
(一度、あの抑え込みが抜かれかけたときがあった。中央の予備隊に加えて左翼の予備隊も投入して、バルグが突撃したとき。でも、そのときはリュウが突破を阻止したのよね。それでレクスが苛立って…………。ん?)
ソフィアが違和感を覚える。
今回見たレクスの戦い方は、ソフィアの知るレクスの戦い方とは少し違う気がしたのだ。
(レクスは本来、あんな程度のことで苛立つ将ではない。どんなことが起こっても冷静に対処するのが持ち味のはず。というか、そもそもバルグ突撃のとき、なぜヴァルカンの孤立を狙ったの?まずは吸血鬼たちを排除してから、予備隊とバルグでヴァルカンを狙った方が、確実に突破できたはず。空軍だってあったんだから。てか、もっと言えば、左翼の多少の犠牲を許容するんだったら、最初に抑え込まれた時点で左翼はある程度捨てた方が良かったんじゃ…………。そう考えると、ヴァルカンの吸血鬼部隊が本当に罠だったかどうかも怪しくなってくる。途中で左翼を諦めるくらいだったら、最初からバルグの左翼へのサポートは切り捨てて、ヴァルカンの部隊を排除することに専念しておけば、結果は違っていた気がする。それなのになぜ…………。)
考えれば考えるほど、違和感は深まっていくばかり。
レクスは魔族の名将なのに、この戦における彼の軍略には、一貫性がまるでない。
あちこちで発生する表面的な問題に追われて右往左往するばかり。
「吸血鬼部隊による抑え込み」という根本的な問題には全然アプローチできず、結局カシウスに討ち取られた。
ソフィアが聞いていたレクスの戦い方とはかけ離れている。
どういうことなのだろうか。
すると、ふと、別の違和感に気が付いた。
(ん?そういえば、リリスって、どこにいたっけ?確か、最初は中央にいて…………)
あの伝説の”九尾の狐”、リリス。
何もかもが謎に包まれており、実在するかも怪しまれていたが、なぜか名前だけは有名な魔物。
カシウスの仲間になっていて驚いたけど、いつの間にか姿が消えていた。
解析魔法の仮説検証をフル回転させて、ソフィアは1つの答えを得る。
(まさか、ヴァルカンの部隊に紛れていた?でも、どうして…………。)
あらゆる仮説を検討しては棄却するを繰り返す。
そして、ある仮説に辿り着いた。
(もしも、リリスが本当にヴァルカンの部隊に潜んでいたとして。そして、もしもリリスが精神支配系統の魔法を得意としていたのなら…………。)
そのとき、すべての点と点がつながった。
ヴァルカンの圧倒的なオーラと、リリスの精神魔法を組み合わせれば、リリスは自分の存在をほぼ完全に隠すことができる。皆ヴァルカンを警戒するよう仕向けられるからだ。
それはレクスとて例外ではない。
カシウスのように直接戦場の情報を集めているわけではなく、レクスはあくまで味方の得た情報を読み取るだけ。味方がリリスを認知できなければ、レクスにリリスを認知する手段はない。
これにより、リリスは誰からも認知されない存在となる。
それに加え、リリスにとってこの状況のレクスは、絶好のカモだ。
カシウスの予想外の一手とヴァルカンの脅威により、バルグが吸血鬼部隊を突破できない未来が現実味を帯びてくる。
そこから生じる焦り、困惑。
表に出ていなくても、リリスにはレクスの心の動きが手に取るように分かった。
そこに魔法を仕掛ける。
レクスの判断を誤らせる。
さらに、その後のセリーナが齎す天災、リュウの挑発、レイジの突撃、グラントの鉄壁の守備。
そのたびにレクスの心には隙が生じ、そのたびにレクスはリリスの術中に嵌っていく。
(思い返してみれば、最後の瞬間にリリスが登場したとき、とても楽しそうな表情をしていたな…)
実際、リリスはとても楽しんでいた。
長く生きているが、こんなに楽しい思いをしたのは初めてだった。
リリスはカシウスに感謝するとともに、改めてカシウスの恐ろしさを実感した。
レクスもバルグも、誰も彼もがカシウスの言った通りに動いたのだ。
すべて、カシウスの掌の上だった。
この瞬間、リリスにとってカシウスは、本当に心から敬愛するただ1人の存在となったのだった。
そしてソフィアも、カシウスの底知れない実力を垣間見たうちの1人であった。
傍から見れば、ヴァルカン、グラント、レイジ、セリーナ、リュウが各々の戦場で猛威を振るっただけに見えるが、そうではないことを知ってしまった。
(開戦の段階で、これだけの絵図を描いていたというの…………?)
すべての作戦行動が、1つの方針のもとにつながっている。
敵の状況、レクスやバルグの情報、自分と仲間の得意領域、地形や天候などを考慮のうえ、最善の方針を立てる。そして、すべての作戦行動をその方針のもとにコーディネートする。
最初のグラントの咆哮から始まり、ヴァルカンの抑え込みも、リュウの振る舞いも、セリーナの左翼制圧も、レイジのバルグ完全無視の突撃も…………
すべてレクスを惑わし、リリスの魔法に嵌めるため。
”一発逆転の一手を”なんて思っていた自分が、恥ずかしくなってきた。
カシウスは、逆転なんて考えていなかった。
カシウスは、不利だなんて考えていなかった。
彼の戦い方は、相手の攻撃を耐えて耐えて、カウンターで一発逆転を狙う弱者の戦い方ではなかった。
5万の敵にまったく怯まない、威風堂々たる王者の戦い方であった。
それは後から振り返れば、非常にシンプルで誰でも思いつきそうな方針に見えるだろう。
「敵将を惑わす」なんて基本中の基本。革新的なアイデアでも、なんでもない。誰でも知っているし、皆それを目指す。
しかし状況はそう単純ではない。
複雑化した戦場において、その実現可能性はほぼ皆無だ。敵だって、好きで困惑するはずがないのだから。
それに、そもそも精神攻撃が常に有効であるとも限らない。
レクスにもし精神攻撃耐性があったなら、カシウスのこの作戦は完全に悪手だ。
だがカシウスは完全に読み切っていた。
レクスが陣形や戦力運用で戦術を組み立て、精神や感情を軽視するタイプの将軍であることを。
言われてみれば、たしかにレクスの打つ手の節々から「人員の配置を最適にコントロールすれば、どんな戦場でも勝利できる」という信念が見え隠れしている。
それを瞬時に見抜く洞察力、敵の弱点を的確に咎める戦略眼、打ち立てた方針を本当に実現させてしまう実力、完璧な戦力配分、状況判断力…………
「なんて、美しいの…………」
ソフィアは、そのあまりに美しい戦略に、感嘆の声を漏らした。
そして同時に、確信した。
(彼となら、私たちの夢を叶えられる!!)
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「皆、お疲れ!」
戦いの後、僕は皆を集めて労いの言葉をかけた。
いや~なんとか勝てた。
敵がもっと空軍や空挺部隊を活用してきていたら、ちょっと厄介だったかな。
まあ、そうしないように僕が(正確にはリリスが)誘導したんだけどね。
誘導に失敗しても、あの程度なら、グラントに任せておけば大丈夫なんだけど。
本当、リリスには感謝だな。今日一番のお手柄だ。
あとでいっぱいモフってやろう。
ヴァルカンも中央で頑張ってくれてたな。
リュウには悪い役を押し付けちゃったな。敵の挑発なんて。
でも、アイツ結構楽しんでたよな。はまり役なんじゃないか?ああいうの。
レイジには、マジで申し訳ないことした。
ほぼずっと待機させちゃって。もっと暴れたかったと思うけど、渋々従ってくれた。
バルグすっぽかし作戦を決行するには、ああするのが一番だったから、やむを得ずだったんだ。許してくれ、レイジ。次の機会があれば、ちゃんと暴れさせてやるから。
セリーナもなんか不完全燃焼な感じだ。
「本来の力を発揮できれば、バルグにも遅れをとらなかったのに」と言いたげだ。
ほんと、ごめん。
グラントもカサンドラも、自分の役割をきちんと理解し、遂行してくれた。
今日は皆に助けられたな。僕は最後に良いとこ取りしただけだし。
晩御飯は豪華にしよう。感謝の気持ちを込めて。
あ、その前に。
「セリーナ、ソフィアがいるみたいだから、迎えに行ってあげて。場所は分かるよね?」




