カシウスvs魔族軍①
どれくらい彷徨っただろうか。
今どこにいるのだろうか。
ソフィアは満身創痍であった。
行けども行けども見知らぬ山林が続いている。
カシウスどころか、人の気配すら欠片もない。
1年以上も探索し続け、1年以上も同じ景色を見続けていると、さすがのソフィアも頭がおかしくなりそうだと感じた。
未開の地。
それは大陸西部に広がる、文明の手が届かない、広大で荒れ果てた地域のこと。
これまで名だたる探検家や冒険者が探索に挑戦してきたが、帰還した者は1人もいない。
ルクシス教の教義によれば、未開の地は魔族や魔物の源泉だという話だが、それはソフィアにとって仮説の域を出ない話であった。
未開の地は、彼女にとっても未知で危険な領域だということだ。
そんな場所を彼女がここまで探索できているのは、偏に彼女の解析魔法、そして母親から受け継いだ異能のおかげだ。
この異能の固有名称は「叡智の書庫」。
解析したデータを蓄積しておける代物だ。
いや、正確には「叡智の書庫」の管理者権限を所有しているというべきだろう。
そのため”異能”というのは本来正しくはないのだが、傍から見れば”異能”と大した違いは無い。
この「叡智の書庫」はソフィアの解析魔法と非常に相性が良く、解析すればするほど、その力は膨れ上がっていく。
つまり、ソフィアの解析魔法で「叡智の書庫」は成長していくのだ。
そして、その逆も然り。
ソフィアの解析魔法は、要するに、超高速の仮説検証・シミュレーションをする魔法。
膨大なデータを「叡智の書庫」に蓄積できれば、解析魔法の精度も飛躍的に向上するというわけだ。
そのためソフィアは、未開の地を片っ端から解析していった。
どうせカシウスを見つけるために解析魔法を使うのだ。
ついでに、これまで誰も得られなかった未開の地のデータを集めてしまおう。
そういう魂胆だった。
しかし、そんなことをして、疲労が溜まらない訳がない。
疲労は魔法で誤魔化すことはできても、取り除くことはできないのだ。少なくともソフィアにはできない。
そのうえ、安心して睡眠をとることもできない。
こんな未知の領域では、いつ何に襲撃されるか分からないのだから。
その結果、ソフィアは今、限界に達していた。
一休みしようとしたそのとき、尋常ならざる咆哮を耳にした。
ソフィアは「もしや…」と思い、駆け出した。
(何、こいつら…………)
ソフィアの目に映ったのは、見渡す限りの魔族軍およそ5万。
歩兵に加え、ドラゴンを操る空挺部隊や空軍もいる。
それらが真っ直ぐに進軍してくる。
(この行軍の方角は…………帝国か!)
魔族たちの王、魔王は、エルミュージア壊滅の情報を聞き、復興する前にエルミュージアを奪い、長年対立してきた帝国へ楔を打とうと侵攻を決意したのだ。
そして、その魔族軍5万の総大将が…………
(レクス・ヴァルネオン…………)
10年前、帝国が未開の地への大規模な探索隊を編成したとき、未開の地にてその探索隊を全滅させたのが、このレクス・ヴァルネオンだった。
当時の皇帝はまだ先代であったが、これがきっかけで皇帝の座を退位することとなったのである。
あの帝国軍が一方的に蹂躙され、1人も逃げ出すことが叶わなかった。
帝国史に残る惨敗劇だったという。
そのレクス・ヴァルネオンが迫ってくる。
(早く逃げなきゃ!)
逃走ルートを模索しようと解析魔法を発動させたときだった。
5万の魔族の前に立ちふさがる8つの影に気が付いた。
解析してみると…………
(カシウス!!)
ソフィアはようやくカシウスを見つけた。
一瞬喜びが溢れ出たが、すぐに悪寒が走った。
(あれと戦う気なの!? 今戦うべきじゃない!たった8人じゃ、多勢に無勢とかいうレベルじゃないよ!!!)
そう思い、忠告しに行こうとソフィアはUターンした。
しかし、踏み出しかけた足を戻した。
(母さんの話が本当なら、カシウスは勝算の無い戦いをして無駄死にする人物ではない。それに、見てみたい。カシウスの持つ力を。)
ソフィアは戦場全体を見渡せる場所に移動し、そこに潜伏した。
魔族軍が攻めてきた。5万とかいう馬鹿げた数で。
理由はよく分からん。
だけど、ここから先に進ませる訳にはいかない。
ソフィアがまだ見つからないのだ。
あんな大軍を侵攻させたら、ソフィアには逃げ場がない。
師匠の願いを叶えるためにも、まずはソフィアと会って話をしないといけない。
こいつらの面倒を見ている場合ではないのに…………。
でも、仕方ない。
やるしかない。
僕は、ソフィア捜索に出向いている仲間を集結させた。
皆んなが戻ってくるまでに、敵の情報を読み取り分析する。
僕の得意魔法は、固有名称「天眼通」。
あらゆる物事の全体像と、それを形作る因果関係・構造を“俯瞰視”する魔法で、師匠と共に開発した。
情報処理能力を半端じゃなく必要とするうえ、自分の野心や願望や希望的観測を排除し、現実を現実として受け止める精神力も持ち合わせていないと使いこなせない。
だから普通は、そんな魔法を開発したところで使い手がいない。
だけど、そんなこと、前世でアホほどやってきた僕にはピッタリの魔法だった。
敵の大将レクス・ヴァルネオンは右翼か。こっちの攻撃の直撃を食らいたくない訳ね。
なんか、めちゃくちゃ慎重だな。このレクスとかいう奴は。もっと油断してくれたらやりやすいのに…………。
中央軍にはバルグ・オルステアが控えている。
この配置のしかたをするということは、バルグの戦闘力は相当ヤバそうだな。
左翼には、遠距離攻撃部隊。
一見、左翼から攻めるのが良さそうだが、バルグがすぐにカバーできる位置にいる。隙がないな…………。
そのうえ、上空に空軍と空挺部隊。
容赦が無さすぎだろ、おい。
こっちはたった8人なんだぞ。
さて…………どうしたものか。
最も厄介なのは、やはりレクスだ。
レクスの指示に従い、瞬時に陣形が動いていく。
まるで、魔族軍全体が1つの黒く巨大な生物であるかのようだ。
数が多いのも、バルグとかいうヤバそうな奴がいるのも、空軍や空挺部隊も問題だが、そいつらをどうにかしても、レクスがすぐに対応してくるだろう。
つまり、レクスをどうにかしなければ、この戦いは勝てない。
しかし、そのレクスは右翼後方で指揮を執っている。
引っ張り出すには遠すぎるし、防衛陣もガチガチ。
仮に右翼を集中砲火して突破を試みても、手薄の中央からバルグに突破されてジ・エンド。
今は夜ではないから、カサンドラの奇襲も使えない。
ん~~~。
そうこうしていると、敵が動いた。
中央軍を前に出してきたのだ。
ちょうど戦場のど真ん中に。
こちらに圧力をかけつつ、戦場の中心に拠点をつくることで戦場全体を支配しようって訳か。
何だよ。
涼しげな顔しといて、結構攻撃的じゃんか。レクス君よ。
…………この戦い、勝ったな。
勝利までの算段が立ったところで、7人とも帰ってきた。
「7人とも揃ったな。じゃあ、作戦を伝えるよ。」




