-閑話休題- 【父の教え】
それはアレンフォード夫妻が事故で亡くなるほんの数日前のことだった。
ヴィクター8歳、エミールが5歳の頃のことだ。
父エドワードは幼い兄弟に向かって優しく語りかけていた。
「いいか、ヴィクターにエミール。我が家の家訓は『慈愛』だ。慈しみの愛をもって手を差し伸べる。それが貴族であろうが平民であろうが、野盗であろうが、だ」
「じあい……?」
幼いヴィクターは不思議そうに父の顔を覗き込む。
銀色の髪に金色の瞳。
そしてそれはとても優しさに満ちていた。
「そうだな……簡単に言えば、『自分より弱い者に手を差し伸べる』ということかな」
ヴィクターの顔がぱあっと明るくなった。
「それって、つまり、エミールをまもる、ってこと?」
「ははは。ヴィクターは本当にエミールが大好きだな。そうだな。そんな感じで大体合ってるよ」
当のエミールは、「にーさまととーさまがむずかしいおはなしをしてる」といった顔でぽかんとしているだけだった。
「わかった! ぼく、エミールを守れるようにやさしくなる! だれよりもやさしくなってみせる!」
「ははは、頼もしいな。でもエミールだけじゃなくて、他の弱い者にもちゃんと手を差し伸べるんだぞ? 出来るな?」
「うん!」
「よーし、それでこそアレンフォードの長男だ」
エドワードの大きくて温かい手がヴィクターの頭を撫でた。
これが、生涯最後の親子の触れ合いになるとはこの時のヴィクターは微塵も思っていなかったことだろう。
そして、ふとエドワードは真面目な表情になる。
「だがな、ヴィクター。人に手を差し伸べることは素晴らしい。だけど……本当に人を守ろうとするなら、優しさだけでは足りない時がある」
「やさしくするだけじゃ、だめなの?」
エドワードはゆっくりと頷く。
「優しさとは、強さを兼ね備えているものだ」
「つよさ?」
「そうだ」
「優しい者ほど傷付きやすい。だからこそ、大切なものを守り抜くためには強くならなければいけないんだ」
「ぼく……つよくなれるかな?」
「なれるさ。ヴィクターは優しい子だからこそ、本当に強くなれる。大事なのは、どんな時でも『慈愛』を忘れないことだ」
エドワードの瞳が遠くを見た。それはまるで、この先に何か困難が待ち受けていると知っているかのような目だった。
「ぼく、がんばる。ぜったいつよくなってみせる!」
ヴィクターは幼いながらも決意を込めた強い口調で言った。そんな兄を、小さなエミールは不思議そうに見上げていた。
「ああ、その言葉を忘れるな。いいね、ヴィクター」
「はい、とうさま!」
「『慈愛』を胸に抱き、力を持て。そうすれば、きっと守りたいものを守れるはずだ」
その直後、エドワード夫妻は村の土砂崩れ現場で魔法を使いながら人助けをしていたところ、他の土砂崩れが起きて巻き込まれて事故死してしまう。
幼き日、エドワードが残した言葉はヴィクターにとって遺言のようなものになっていた。
そして、ヴィクターは今でもそれを胸に「強くあらねば」と心に強く誓うようになっていたのだった。