-第七話-【すれ違い】
魔法学園祭の準備で忙しい中、ヴィクターはふと思い出した。
「そうだ、エミールをペアに誘わなければ。『星の欠片争奪戦』に今年は一緒に出場するって去年約束してたんだった」
「ヤダ、ちょっとまだ誘ってなかったの? ヴィクたんってそういうところニブいわよね。もしかして、弟クンの方から誘われるものだとでも思ってたのかしら?」
「そういうわけではないが……忙しくてすっかり忘れていた……」
「そういうの、『蔑ろにしてる』っていうのよ」
「ぐ……」
セシルの言葉に、ヴィクターは返す言葉がなかった。
「わかったらさっさと行ってきなさい。特別に今日はヴィクたんの仕事、アタシがやってあげるから」
「すまない、後で埋め合わせを」
「その代わり、後で弟クンを撫でさせて」
「断る」
ヴィクターは言うと同時に生徒会室の扉を閉めた。
セシルはクレールとクラリスの方を見て、肩をすくめてみせた。
――しかし、これがとんでもない事件になるとは、この時の誰もが想像していなかった。
(エミール……どこだ……)
学園内をくまなく探してみたが、エミールの姿は見つからない。
そういえば最近「モリー」とかいう生徒と仲が良い雰囲気を出していたことはエミールの話の端々からは感じ取っていた。
第一学年の教室、ホール、調理室、テラス、食堂、あらゆるところを回ってみたが、エミールが見つからない。
授業が終わり、寮へ先に帰ったものかと動こうとしたとき、ヴィクターは後ろから呼び止められた。
「ヴィクター兄様?」
「エミール! 探したんだぞ!」
「え? 僕を?」
ヴィクターは早足でエミールに駆け寄ると、その薄い肩に両手を置いた。
「エミール、去年、『来年の星の欠片争奪戦は2人で出場したい』って言ってたよな? だから兄様と一緒にペアを――」
組まないか、と誘おうとしたときに、エミールは申し訳なさそうに後じさった。
「あ、ごめんなさいヴィクター兄様……。その、今年は……モリーくんとペアを組むことにしちゃってて……」
「え……」
「その、ヴィクター兄様は生徒会で忙しいし、それに、実際に考えてみたんだ。『星の欠片争奪戦』って、戦いが起こったりもする結構危険な競技じゃない? だから、僕、ヴィクター兄様の足を引っ張っちゃうんじゃないかって……」
「そんなことは……俺はお前と組んだ方が一番やりやすい」
「でもそれは、僕に合わせてくれてるからでしょ?」
「……そうかもしれない」
「……だから、僕は……ヴィクター兄様のお荷物になりたくないんだ」
「違う、違うぞエミール」
「ヴィクター兄様は優しすぎるよ。本当は僕がどうしようもなく劣等生だってわかってるくせに」
「そんなこと…………」
「ごめん、でも、もう決めたことだから。ごめんね、ヴィクター兄様」
言うと、エミールはヴィクターに背を向けて走り去っていってしまった。
ヴィクターはエミールを追いかけようとしたが、足が何かに縛り付けられたようにその場から動けなくなってしまっていた。
――その後、生徒会室。
「…………」
「…………ヴィクたん」
「失敗したのね」という言葉をセシルが飲み込む。
「俺は……何を間違えたんだろうか…………」
「そうねえ…………」
セシルは精一杯言葉を選ぶ。
「ヴィクたん、アナタ、ただ弟クンの言葉を『肯定』しただけだと思ってる?」
「……」
ヴィクターはエミールとの会話を思い出す。
――僕に合わせてくれてるからでしょ?
――そうかもしれない
それに畳みかけるようにセシルが言った。
「弟クンはね、アナタの『役に立ちたい』って思ってるのよ」
「……どうすれば、よかったんだ…………」
「だからいつも言ってるじゃないの。そんなんだから弟クンに伝わらないのよ。大事なことはちゃんと言葉で伝えないと伝わらないの。まったく、どうしてそんな簡単なことが出来ないの?」
「あーあ。まーた出たよ。愛が重いくせに不器用ムーヴ。いい加減にしろよなー。仕事に支障を来すだろ」
「それ、バカ殿下がおっしゃいますか」
「く、クラリスちゃん、今真剣な話……」
あくまで事務的に処理するクラリスに、クレールはがっくりと項垂れた。
「あーらら。2人も使い物にならなくなっちゃったわ。ちょっと、魔法学園祭まで残り少ないのよ。生徒会が頑張らないで誰が頑張るっていうのよ。ヴィクたんも切り替えて! ほら作業!」
「モリー……一体どこのどいつなんだ……」
ヴィクターの静かな呟きに、一瞬セシルの背筋に悪寒が走った。
――その夜、遅くになって寮に戻ったヴィクターはエミールが起きてるか不安になりながら部屋のドアを開けた。
するとすでにエミールは寝入っており、安堵したような、残念なような気持になった。
そしてセシルの言葉が重くのしかかる。
――大事なことはちゃんと言葉で伝えないと伝わらないの。
――大事なこと……俺はただ……エミールと一緒に……
どうしたいのだろう、とヴィクターは考えた。
実際、魔法学園祭のメインと言ってもいい星の欠片争奪戦には危険も伴う。
一緒に出場できたらいいね、と入学前のエミールはわくわくしたようにヴィクターに話していた。
そしてヴィクターも「来年、お前が入学したら一緒に出ような」と約束を交わしたことも記憶に新しい。
――確かに星の欠片争奪戦には戦闘はつきものだ。しかしエミールにはまだ固有魔法どころか基礎魔法もまともに制御出来ないことがある……誘っても……いいのだろうか……
しかし、聞こえないはずのセシルが言いそうな声が頭の中に響いてくる。
――問題は、アナタがどうしたいか、よ
――そんなの、わかってる。
エミールと一緒にいたい。
自分が誘えば、エミールは満面の笑みで嬉しそうに「うん!」と言ってくれるものだと信じ切っていた。
しかしエミールも少しずつ自立し始めていることに、ヴィクターはようやく気が付いたのだ。
――エミールの成長を邪魔していたのは……俺の方だったのか…………?
そしてまた、ある時のセシルの言葉が思い出さされる。
――アナタ、今まで弟クンに向き合ったことはある? 固有魔法は知ってる? 魔力量は? 守る、って言って、アナタのそれは見捨ててるようにしか見えないわよ。
ヴィクターはエミールの寝顔を見ながら拳を握る。
――エミールを守れるなら俺は、俺だけが頑張ればいいと思っていた。でも、もっともっと、エミールと並んで、エミールと同じ目線でものを見なければならなかったんだ…………。
しかし、不器用なヴィクターはそれをどうエミールに伝えたらいいかがわからない。
ベッドにぼすんと横たわると、自然と口から「どうしたらいいんだ……」と言葉が漏れる。
その声は、完璧で優秀な氷の貴公子からは程遠い、泣きそうなほどにか細い声だった。
ヴィクターの呟きに、ベッドにうずくまっていたエミールはそっと目を開けた。
――僕だってずっとヴィクター兄様の隣にいたいよ。いたいけど……いつもヴィクター兄様に守られてばかりで、不器用で、何も出来なくて……だから僕、……ヴィクター兄様にひどいこと言っちゃったかもしれない……もっと、もっとヴィクター兄様みたいに強くなりたいのに…………
そのシーツは涙で濡れていた。