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-第六話-【クッキー大事件】

10月にもなると、グリモワール・アカデミア魔法学園では『魔法学園祭』の開催のため生徒一同が一斉に慌ただしくなる。

王立、と付くだけあって、国全体のお祭りのようなものなのだ。

そして、学園の生徒たちの集大成とも呼べる一年の中で一番大きなイベントでもあった。

当然、生徒会でもプログラムや進行、出し物、および予算について、様々な資料が行き交う。

さすがのクレールもセシルもサボってはいられない状態になり、いつもとは違う生徒会の雰囲気が漂っていた。


「えーっと……カミラ・ノクターンは演劇の開催だけどホールの空いてる時間は?」

「そうですね……23日の土曜日10時頃からなら」


普段は軽口をたたいては窘められるクレールとクラリスも連携して作業を進めていく。


「カミラちゃんの衣装は決まってるのかしら?」

「ん、これ」


セシルの言葉にヴィクターが言葉少なに資料を手渡す。


「うーん、華やかさが足りないわね。アタシがもうちょっとちょちょっとデザインに修正入れちゃおうかしら」

「構いませんが、予算も考えてくださいねセシル先輩」

「大丈夫よぉ。なんだったらアタシのポケットマネーで何とかするわ」

「はあ……本当はそういうのあまりよろしくないんですけどね……」

「せっかくの学園祭なんだもの! 少しくらいいいじゃない」

「……仕方ありませんね。では予算追加の申請書にサインをお願いします」

「はいはーい」


クラリスは事務的に進めていく。

彼女の固有魔法、『記録レコード』は一度見聞きしたものは絶対に忘れない。

そのためにこういう時こそ非常に頼りになる存在だった。


スケジュールの空き、誰がどこで何をするか、予算、セシルやクレールが実費で出した分の費用、はたまたこの今のやり取りまですべて記録されている。


第一学年にとっては初めての魔法学園祭のため、何をしたらいいか困る者も多かった。

また、「基本的にはペアを組んで行動すること」と言われていたため、各々がペアの相手探しに奔走していた。

ある者は勇気をもって好きな子にアタックを仕掛けてみたり、イザベラなどはルームメイトでもあり取り巻きの1人であるシャルロット・オルネラ子爵令嬢とペアを組むなどしていた。

エミールは「ヴィクター兄様とペアを組みたいな……」と思いつつも、「きっと忙しいよね」と思ってしまい、クラスメイトで以前一緒に魔法制御の居残りで一緒になったモリー・ハーヴェイを誘った。


「モリーくん、魔法学園祭のペア、組んでくれない?」

「うん~? いいよぉ。でもお兄さんと組みたいんじゃないの?」

「あ、ううん……それなんだけど……」

「?」


エミールは内緒話をするように校庭のベンチへとモリーを誘った。


「忙しそうで誘えない~~?」

「……うん。それに、僕なんかが一緒にペアを組んだら足手まといなんじゃないかって……」

「んー。そうは見えないけどなあ。でも、本当に僕でいいなら、いいよぉ。劣等生同士、よろしくねぇ」

「えへへ……そう言ってもらえると心強いや」


照れたようにエミールは言った。


「そうだ、それじゃあさあ、お兄さんに差し入れあげるのはどうだろう~?」

「差し入れ?」

「うん~。僕の領地ではね、『疲れた時には甘いもの』~。あとはよく寝て~、よく食べる~っていうのが信条だから~」

「そうなんだ」


ゆるゆるっと話すモリーに、次第にエミールも気持ちが安らいでいくことに気付いていた。


「うん……それじゃあ、クッキー……とか、作ってみようかな……」

「クッキー! 僕大好き~! 一緒に作ろう~?」

「一緒に作ってくれるの? いいの?」

「あはは~~エミールくんってばいっつも遠慮がちだよねぇ~。友達なんだから当たり前でしょ~」

「……そっか。ありがとう」


同世代の友達が少ないエミールにとって、モリーは気が休まる存在になっていた。



早速エミールとモリーは学園の許可をもらい、調理室を借りていた。

そしてそこになぜか現れたのは……


「オーッホッホッホッホッ! 劣等生2人で何をしていますの?」

「あ、イザベラさん。こんにちは」

「イザベラさん~今日も髪の毛ふわふわで可愛いねえ~」

「ぐぬ……」


調理室に入っていく2人が気になって後を追ってみたものの、マイペースな2人に調子が乱されてしまう。


「うん、あのね、ヴィクター兄様が忙しいだろうから、差し入れにクッキー作ってあげようと思って」

「うん、クッキー」

「へ、へえ? あなたたち2人で出来ますの?」

「ううん。初めてだから本を見てしっかり作るつもり」


エミールの言葉に、またイザベラが高笑いをした。


「オーッホッホッホッホッ! そんなんじゃいけませんわね! 仕方がありませんわ! ここはわたくしが手伝ってあげてもよろしくてよ!」

「え、イザベラさん、成績が優秀なだけじゃなくてお菓子も作れちゃうの?!」

「す~ご~い~。こういう時はぁ、やっぱり女の子って頼りになるよねえ」

「え、ええ……まあ伯爵令嬢たるもの……っていいですわ、始めますわよ!」


照れくささを隠すように、イザベラはエプロンを身に着け、三角巾をしっかりと巻いた。


「いいですこと? バターは室温で柔らかくなるまで待つのですわ」

「待つのは得意~」

「誰が待ってるだけでいいと言いましたの! やることは山積みでしてよ!」

「ええ~」

「小麦粉はしっかりとふるうこと! そうしてダマがなくなってサクサクの仕上がりになるのですわ」

「ダマってこういうやつ?」


小麦粉をふるいにかけながらエミールが小麦粉の塊を指さす。


「あら、エミールにしては察しがよろしいですわね」

「でも、もったいなくない? 捨てちゃうの」


「劣等生」のレッテルを張られているエミールは、小麦粉のダマにすら共感を覚えてしまったらしい。


「アナタ……おいしいクッキーをお兄様に差し上げたいんじゃなくて?! そんなことを言っている場合じゃありませんことよ!」

「うう、ごめんねダマさん……」

「まったく……」


しぶしぶ小麦粉のダマを捨てるエミールをイザベラが仕方なさそうな目で見ていた。


「バターがいい感じに柔らかくなりましたわね。そうしましたらここに砂糖を入れてよく混ぜるのですわ」

「えっ、そんなにドバっと入れちゃうの?!」

「? そうですわよ? クッキーやお菓子って、砂糖とバターの塊のようなものですのよ?」

「わあ、し、知らなかった……」


いつも何気なく食べているお菓子に、こんなにも大量の砂糖が使われていることにエミールは驚きを隠せなかった。


「いい具合にクリーム状になりましたら卵黄だけを入れるのですわ」


器用に卵を割り、白身と黄身に分けていくイザベラ。

エミールとモリーも挑戦するが、イザベラのようにうまくいかない。


「コツとかあったら教えて~~」

「もう、これだから男子は!」


エミールは慎重すぎるがあまり、卵を割ることすら出来ず、モリーは思いの外思い切りがよく、卵を割ろうとして叩き割ってしまっていた。


結局工程のほとんどをイザベラに手伝ってもらいながら、ようやく『焼き』の段階に入る。


「オーブンの予熱は重要でしてよ。それと焼き時間。間違えると黒焦げになってしまいますわ。しっかりと時間を図りつつ、オーブンの窓から焼き具合を見るのですわ」

「はーい」

「わ、わかりました!」


エミールは緊張の面持ちでクッキーが焼きあがるのをオーブンの窓から見つめる。

モリーに至っては飽きてしまったのか、ふわあと一つ大きなあくびをした。


「さ、もうよろしいんじゃなくて?」


時計を見ながら時間を図っていたイザベラが2人に指示を出す。


「熱いからお気をつけあそばせ」


そうしてオーブンを開けると、ふわりとバニラの香るバタークッキーが綺麗に焼きあがった姿を現した。


「わあ……すごい! お店で売ってるクッキーみたい……!」

「ま、わたくしが手伝いましたもの。当然ですわ!」


喜ぶエミールに、まんざらでもなさそうにイザベラが自慢の盾ロールを靡かせる。


「味見なさってはいかが?」

「よかったらイザベラさんも!」

「あら、わたくしもよろしいんですの?」

「もちろん!! 一緒に作ってくれてありがとう!」

「べ、別に……男子2人だけでクッキーなんか作れるはずがないから手伝って差し上げただけですわ!」


言いながら、イザベラはエミールからクッキーを受け取るとサクッと一口口に入れた。


「……ふふ、まあ、及第点といったところですわね」


バターの香りに、バニラエッセンスのほのかな香り。

さっくりとした歯ごたえのクッキーが焼き上がり、イザベラも満足そうな笑みを浮かべた。


「よーし、それじゃあこれをラッピングして、ヴィクター兄様にあげに行く!」

「頑張れぇ、エミールくん!」

「まあ、せいぜい頑張ることですわね」


半透明の紙袋に入れ、不器用にリボンを結ぶ。

そして小さなメッセージカードに『ヴィクター兄様へ 生徒会のお仕事お疲れ様』と書いてリボンに挟み込んだ。


「ありがとう! それじゃ、焼きたて渡してくる!!」

「あとは僕が食べちゃっていい~?」

「どこまで食い意地が張っていますの……」

「ごめん~。イザベラさんも一緒に食べる~?」

「……ま、まあどうしてもと言うなら……そうですわね。紅茶を持ってきますから待っていてくださる?」

「待ってる~!」


そうして三者三様、それぞれの場所へと向かった。



慌ただしく早足で移動するヴィクターを見つけたエミールは、ぱあっと顔を明るくさせて「ヴィクター兄様~!」と呼んだ。

ヴィクターは愛する弟の声に忙しさも忘れすぐに立ち止まる。


「どうした? エミール……だから走るな、危ないっ……て!」


またローブに突っかかって転ぶ寸前のところを、今度こそヴィクターは受け止めることに成功した。


「どうかしたか?」

「うん。ヴィクター兄様、最近生徒会で忙しいでしょ? だからね、友達のモリーくんが『疲れたときは甘いものだよ』って言ってくれたから、作ってみたんだ、クッキー! はい! いつも生徒会お疲れ様、ヴィクター兄様!」

「――ッッ……」


手渡された紙袋は、まだほんのりと温かかった。


「それじゃあ、お仕事の邪魔しちゃいけないから、僕もう行くね!」

「あ、――」


「ありがとう」を言い忘れたが、エミールは満足そうに去って行ってしまった。



――そして生徒会室。


バァンとドアを開けるなり、ヴィクターが自席に着く。


「やだ、どうしたのよヴィクたん」

「え? 不機嫌?」


しかしヴィクターはエミールからもらったクッキーの袋をそっと自席の机の上に置いた。

そして机の上でとろけ始める。


「アラ、弟クンからもらったのかしら」


察しのいいセシルが言う。


「ふ……ふふふ……いつも生徒会お疲れ様、だとさ…………」

「あーあーあー……ヴィクたん、嬉しいのはわかるけど今は学園祭の準備中で忙しいのよ?」

「え、うまそうじゃん。俺にも一つ――」

「――『アイス・レイヴ』!」

「ぎゃーっ!! 冷たっ! あ、ちょ、手凍らせないで!! 冷たいし動けねえ! ちょっ、ヴィクターくーん!!」


クレールがエミール特製のクッキーを一つ奪おうとした瞬間、ヴィクターの氷魔法が発動してクレールの手を凍らせて止めてしまった。


「これじゃ仕事出来ねえって! ヴィクター!! 悪かったって~~!!」

「…………はぁぁ…………」


その様子を見ながら(余計なものを記録してしまった)と言わんばかりにクラリスが大きくため息を吐く。


「このクッキーに……永久保存魔法をかけて……俺が死ぬときは俺の棺に入れてくれ…………」

「……ヴィクたん……アナタいちいち愛が重いのよ…………」


しかしセシルの言葉が通じないほどに、ヴィクターは本気の目をしていた。


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