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-第五話-【弟同盟】

ある日のこと。

クレールは生徒会室にも行かずフラフラと校内を回っていた。

女子生徒たちから遠巻きに「クレール殿下ー!」と黄色い声を浴びせられれば投げキスで返し、またすれ違いざま下級生たちが「クレール殿下だ……!」「初めて近くで見た……!」などといった新鮮な反応を楽しんでいた。

そんな中、教科書の束を持ち、とぼとぼといった様子で歩いているエミールの姿を見つけた。

いつも生徒会室から見ているせいか、つい知り合いのつもりでクレールは声をかけてしまった。


「よう! エミール!」

「えっ?! お、王子殿下?!」


驚いたエミールは慌てて身なりをササッと整え、兄がいつか高貴な身分の者にしていたようにお辞儀をしてみせた。


「お、お、王子殿下におかれましてはご機嫌麗しく……」

「あ、いーっていーって、そういう堅苦しいの苦手なんだよ」

「えっ、あの、でも」

「ほら、俺ヴィクターと生徒会で一緒だし。生徒会長と生徒会副会長の仲だし。クレール先輩って呼んでくれたら嬉しいなあ~?」


真面目なエミールを少しからかうように言うと、エミールは顔を真っ赤にしながら


「そ、そっか、ヴィクター兄様とはおともだちなんだ。えっと、それじゃ、クレール先輩……」


と言った。

そしてクレールは、「おともだち」と言われたことに若干の照れが出てしまい、


「あ、ああ、うん。そう。そう」


とぎこちない返事をしてしまった。

第一学年の頃から特待生のヴィクター、王族のクレール、そして公爵家――クレールとはいとこにあたる――のセシルは3人でつるむことが多かったが、改めて「おともだち」と言われると、「俺たちってそんな関係か?」と考えてしまうクレールだった。

あえて言うならば「腐れ縁」「悪友」といった方がしっくりくるだろう。

だが、エミールから見れば、この3人は「仲の良いおともだち」に見えるのだ。


「あっ、そ、それであの……クレール先輩。僕に何かご用ですか?」


くせっ毛の黒髪がさらりと流れ、ヴィクターと同じ金色だがくるんと丸い目がクレールを覗き込む。


「や、まあ……」


なぜかそのエミールにしどろもどろになるクレール。


(――いや、確かにヴィクターが溺愛するのもわかる。これは可愛いわ)


一向に体が成長せずぶかぶかのローブ。

愛くるしい顔に、挙動の一つ一つまでが愛らしい。

本人にそのつもりはないのだろうが、まるで「可愛がられるために生まれてきました」といったような雰囲気をクレールは感じ取っていた。


「そのー、あれだ、な」

「?」

「出来のいい兄を持つと大変だよな。お互い」

「!」


クレールの言葉に、エミールが何かに気付いたような顔をした。


「エリオス殿下のことですか?」

「あー、まあ、うん、そう。俺の兄上もさあ、すっげぇ優秀って評判じゃん?」

「クレール先輩だって優秀じゃないですか!」

「え? ん、ま、まぁーそれほどでも?」


まっすぐなエミールの言葉に、いつもはからかい上手のクレールも反応に困ってしまう。


「いや、だからさ。俺ダブってるじゃん?」

「だぶ?」

「留年してる、ってこと」

「ええ! そうだったんですか?! てっきりヴィクター兄様と同い年だと思ってました!」


(――おいおい、俺がダブりだって知らねえ奴がいたのかよ……)


『王族が留年』というのは前代未聞だったため、学園内でも相当話題になっていたはずだ。

それをエミールは初めて知ったという風に驚いた反応を見せる。


「なんかこー、さ。キミを見てるとシンパシーを覚えるわけ」

「殿下がですか?!」

「ク・レ・ー・ル・先・輩」

「あ、すみません。クレール先輩」

「兄様に追いつこう、頑張って隣に立とうって必死なんだろ?」

「はい……でも全然うまくいかなくって……」

「まぁ、なんだ。それも弟の宿命みたいなもんだよ。それでも頑張ってるキミは、俺はスゲーと思ってるぜ」

「そんな、恐れ多いです!」

「だから――……きっといつか兄様と並べる日が来るんじゃねえかな、って。俺は思うぜ」

「クレール先輩……」


そのクレールの言葉は、エミールに向けたようで、もしかしたら自分に向けたものだったのかもしれない。


「まぁ、なんだ。俺大体生徒会室にいるからよ、ヴィクターのことで困ったことがあったらいつでも相談に乗るぜ!」

「で、……クレール先輩が?」

「おう。弟同盟ってやつだ」


それを聞いた途端、エミールの表情がぱあっと明るくなった。


「嬉しいです!」


(っかー! 反則級だなこりゃ)


エミールに調子を狂わされっぱなしながら、クレールはその無造作に束ねた髪をくしゃくしゃとかき回した。


「ヴィクター兄様の困るところ……過保護すぎるところですかね……」

「アッハハハ!!」


クレールは笑うと、エミールの薄い肩をバシバシと叩いた。


「わかった、ヴィクターに伝えとくよ」

「あっ、い、いいですよ! ヴィクター兄様にとっては僕を過保護にすることは大事なことだと思っているので……」

「っかー!!」


寒い雪の日、2人で訪れたグリモワール・アカデミア魔法学園。

ヴィクターはずっとエミールを守ってきた。

エミールはそれを知っている。

だから、過保護すぎるとはエミール本人でも感じてはいたが、「そうせざるを得ない背景」を2人で共有してきたからこそ、許容することが出来るのだった。


それ以上は何も言えないな、と感じたクレールは、


「まあ、とにかく何でも困ったことがあったら相談してくれや。俺、こんなだけど一応金と権力だけはあっからよ!」

「えへへ……心強いです」


エミールの笑顔に、クレールもまたその頭をくしゃくしゃに撫で回したくなる衝動に駆られていた。



そんな様子を、廊下の隅で見ていた者がいた。

――イザベラ・ローザリンドだ。


(――は? え? あのエミールが……王子殿下と親しくお話をして……???)


次の瞬間、イザベラの足は2人の元へ向かっていた。


「エミール・アレンフォード! あなた、王子殿下に対して不敬でしてよ!!」

「わっ、イザベラさん!?」

「ん? エミールの友達か?」

「はい!」

「ととと友達なんかじゃありませんわ! ただのクラスメイトですわ!! はっ、お、王子殿下におかれましてはご機嫌麗しく……わたくし、ローザリンド伯爵家が長女、イザベラ・ローザリンドと申しますわ」

「ぶっは、何それ。定型文なの?」


カーテシーをしながらイザベラが自己紹介するのを見て、クレールは思わず吹き出した。


「ともかくですわね、エミール」


慌ててイザベラはエミールに向き直った。


「あなたがいくら元貴族とはいえ子爵家ですのよ?! わたくしだって伯爵家で王家の方とはそうそう気軽にお声をかけること自体がおこがましいことですのに!」

「え? でもクレール先輩はヴィクター兄様のおともだちだから……」

「おともだち……」


再び気恥ずかしくなるクレール。


「ま、またそうやってお兄様の威を借りるんですから!」

「そ、そういうわけじゃ……」

「まあまあ、イザベラちゃん」

「イザッ……ちゃ…………?!!」


クレールの一言で一瞬にしてイザベラの思考が真っ白になった。

王族が、第二王子が、ただの一伯爵令嬢を、「ちゃん」付けで呼んだ。


「ん? イザベラちゃんどしたの? おーい」


フリーズするイザベラの前で手を振ってみせるクレール。


「わ、わ、わ、訳が分かりませんわ~~!! エミール・アレンフォード!! 覚えてらっしゃーい!!!」

「うん、またねー」


いつもの去り際のセリフを残すと、イザベラはクレールとエミールをその場に残して走り去っていってしまった。


「変わった子だなあ……」


(ていうかエミールもだいぶ変わってるけど……『覚えてらっしゃい』が普通の挨拶だと思ってやがる)


そして、クレールの口の端がにやりと意味ありげに持ち上がった。


「ふぅーん。イザベラ・ローザリンドちゃんね……おもしれー女」

「??」


エミールは含み笑いをするクレールをただ不思議そうに見つめていた。


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