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-第二十二話-【決断】

会議の日から数日と経たないうちに、エミールからフェリクスに謁見の申し出があった。


「――僕は、治癒の精霊になります」


強い決意を固めたそのエメラルド色の瞳に、逆に驚いたのはフェリクスの方だった。


「――本当に、いいのかね?」

「はい!」


ヴィクターはただ後ろについている。

弟の決断を邪魔したくはなかったのだ。

そして何より――ベッドの中でエミールがそのあと語ったことが忘れられなかった。


「治癒の精霊になるってことは、ヴィクター兄様を含んだみんなを癒せるってことだよね。そしてそれは、僕にしか出来ないことなんだよね」


エミールの優しさはどこまでも深いものだった。

ヴィクターが思っていた物よりも、ずっと。

アレンフォード家の家訓である『慈愛』の精神も、エミールにはしっかりと受け継がれていたのだ。

そして決断したのが、「精霊になって、世界の全てを癒したい」というエミールの強い思いだった。


エミールの決意はもう揺らがなかった。

これからは精霊として生きる。

――それがどんなことを意味するのかはわからない。

それでも、世界の全てを癒す存在になれるなら。


エミールはフェリクスとオルフェウス王に連れられて、普段ならば王族しか入ることの出来ない『祈りの間』へと通された。

そこは、代々国王が万物の根源の精霊オリジンと交信をする非常に神聖で重要な場所だった。


初代のセレスト国王がオリジンと邂逅した時、その加護を受け、セレスト王国が立ち上がったのだ。


『祈りの間』の中央にエミールが立ち、両手を組んで目を閉じる。


そしてオルフェウス国王がワンドを掲げた。


「エレオス・アルカナ――『オリジン』――」


オリジンは国王にしか召喚出来ない精霊たちの長のような存在だった。

そしてその姿を見れるのもまた、国王1人に許されたものだったのだ。

しかし、重要な場面に、――いや、重要な場面だからこそヴィクターも立ち会うことを許されたのだった。


空気が震え、天井の星のレリーフがゆっくりと光を放ち始める。

光、風、祈り――全てが一つに溶け合い、中空に浮かぶ光の粒子がひとつの姿へと収束していく。

召喚に応じ、現れたのは万物の根源、精霊たちを束ねるとされるオリジンだった。


「――わたしは『はじまり』。全ての精霊の記憶。すべての命の根源。わたしを召喚したということは……オルフェウスよ、治癒の精霊となる人間が現れたという事か?」


その姿はまるで7~8歳の幼子のような出で立ちでありながら、どこか神聖みを帯び、中性的な見た目と声を持っていた。

――完全にして不完全。それこそが、万物の根源である精霊、オリジンという存在だった。


「万物の根源オリジンよ……この者がセラフィーナ・エリスの魂を宿した少年でございます」


オルフェウスすら敬意を示す存在である、それこそが精霊たちを束ねる存在であるオリジンだった。


しばしの沈黙が流れ、オリジンはその幼くもどこか大人びたような声を発する。


「キミが癒すものは、この世界全て。キミが歩む道は、いずれ『彼』すらも癒すだろう。それを望むなら、精霊として目覚めるといい。――何を願う?」


エミールは目を閉じたままゆっくりと口にした。


「僕は、治癒の精霊になります」


その心に一片の揺らぎも感じないことを察したオリジンは「わかった」といい、その瞬間辺りに光の粒子が舞い始めた。


エアリアルたちがセラフィーナ・エリスのかぶっていたという白百合の冠をエミールの頭に乗せると、つま先から光の粒子が待っていき、エミールの姿を変えていく。


白い衣装を纏い、新緑色の光が包み込む。


「新たなる治癒の精霊『エミール・エリス』よ……よくぞ精霊の世界へ戻ってきた……。ここに祝福を……」


エミールは『治癒の精霊エミール・エリス』となり、人間という器を捨て、高次元の存在へと姿を変えた。

――しかし、精霊の姿になっても左手の中指にはめられた魔法石の指輪だけはそのままだった。

そしてそっと目を開くと、そのエメラルド色の瞳は何よりも慈愛に満ちた色をしていた。

その目をヴィクターに向けると、エミール・エリスは言葉を紡いだ。


「さよならは言わないよ。だってまた、いつでもどこでもヴィクター兄様に会えるから。たとえ精霊になったって、僕はヴィクター兄様の弟であることに変わりはないんだから」


その微笑は、まさに癒しの精霊そのものだった。

そしてオリジンもヴィクターの方を見る。


「キミの心に痛みを感じる。でも、二度とキミ一人で歩くことはない。どこにいても、わたしたちはお前を見守っている。そう、――いつまでも」


そう言い残すと、オリジンと共に精霊界に旅立って行ってしまったエミール・エリスの残した光の粒子を名残惜しそうにヴィクターが手に取り、そっと口付けた。


「……兄として誇りに思うよ、エミール」


それは誰に言うでもなく言ったヴィクターの言葉だった。



その日の夕方、ヴィクターはグリモワール・アカデミア魔法学園に戻ってきていた。


「よーっ、アレンフォード伯爵様!」


声をかけてきたのはクレールだった。


「お前……いい加減その呼び方はやめろよな」

「いいじゃねえか。これからも呼ばせてもらうぜ、伯・爵・様」


肩を組みながらクレールがウィンクをする。


「ウフフ、殿下ったらヴィクたんが寂しがってるんじゃないかってみんなで迎えに行こうって言い出したのよ」

「バッ……セシル言うなよお前!」

「ウフフフ。もう、ツンデレさんなんだから」

「うるせーよ」

「……はあ……」


何でこんなところに来てしまったんだろうというクラリスのため息が風に溶けていく。


「寂しくねえっつったらまあ、噓になるけどな。でもまあ、エミールは……『どこにでもいる』から。俺は大丈夫」

「なーに強がっちゃって」

「強がってねえよ!」

「まあさ、いざとなったら俺が精霊魔法でエミール・エリスを召喚してやってもいいんだぜ?」

「余計なことはするな」

「あーあ。これからヴィクたんの弟バカが見れなくなるのはちょっと寂しいわ」

「話がすんだら生徒会室に戻りますよ。まだ仕事が残ってるんですから」

「わかった、わ―かったってクラリスちゃん」


生徒会の4人は学園の中に入っていった。


暗くなりかけた空には双星が輝いていた。

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