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-第二十一話-【選択】

それから数日が立ったある日、ヴィクターとエミールは再びフェリクスからの招集がかかった。

2人は王城へと登城する。


そして通されたのは大きな会議室。

いつかの日、ヴィクターが伯爵位を賜ったあの会議室であった。

中にはすでに国王、王妃、クレールにエリオス、そしてフェリクス、マルグリット学園長の姿があった。


「さあ、座るといい」


フェリクスの言葉に、アレンフォード兄弟は顔を見合わせ、それから開いている席に座した。


フェリクスは古い文献をテーブルいっぱいに広げ、セラフィーナ・エリスの伝説を話し始めた。


「これは数百年前の古い記録だが……確かに『セラフィーナ・エリス』という精霊は存在していたとある」


王族のみが知る精霊たちの一覧表、とでも言ったところだろうか。

そしてある年代から突然セラフィーナ・エリスについての記述が見られなくなっていた。

そしてその頃から、治癒の魔法が世界から消えていたことも記されていた。


「……つまり、セラフィーナ・エリスはエアリアルたちの言う通り、ノクティス・ヴェールによって隠され、魂を解放した、と」


マルグリット学園長が言う。

その言葉にフェリクスは頷いた。


「セラフィーナ・エリスは生きている、と?」


マルグリット学園長はフェリクスに尋ねると、それにはフェリクスは少し肯定とは違った答えを返した。


「正確には――……『再び現れようとしている』という方が近いのかもしれない」


そしてフェリクスは、エミールの方を向いた。


「セラフィーナ・エリスの魂は今、キミの中に宿っている。エミールくん」

「僕の……中に……ですか……」


エミールはその言葉に驚くでもない様子を見せる。

この数日の間、よく考えていたのだ。

治癒の魔法が使えたときのこと。

体の中で、何かの殻が割れたような感覚があったこと。

そしてその瞬間、今まで聞いたことすらなかった治癒の魔法の呪文が自然と頭の中に浮かんできたこと――……。


エミールは側にいたヴィクターの袖をつかんだ。

それに気付いたヴィクターも、エミールの肩を抱き寄せる。


――自分のことであるのに、どこか他人事のような――……自分が人間ではなくなってしまうかもしれない……そんな『非現実的なこと』がこれから起こってしまう予感がし、エミールは『自分の存在』を確かめるように、ヴィクターに縋ったのだった。


真正面から向き合うのはまだ『恐れ』が残る。

――しかし、何かが『変わってしまう』ことも、どこかで予感していた。


エミールはヴィクターの手の温もりをその肩に感じ、安心を得ようとしていた。


「――最終的に決めるのはあなたですよ、エミール」


優しく言ったのはマルグリット学園長だった。

そしてマルグリット学園長は続ける。


「エミール。あなたにはその体には見合わないほどの膨大な魔力を有しています。その魔力量は未知数……ほぼ無限と言っても過言ではありません」

「――僕が、ですか?」

「魔力の制御がうまく出来なかったことがあるでしょう?」

「――……それは……僕が劣等生だったから……」

「いいえ」


マルグリット学園長が真っ向から否定した。


「元々魔力量の膨大な者は、自身の魔力を制御できずに暴走させてしまうことが多いのです。あなたは魔力を制御できなかったのではなく、魔力が暴走しているだけだったのです」


その話を聞き、ヴィクターは初めて、自身の弟にそれほどの魔力量が宿っていることを知った。

いつかセシルに言われたことがある。


――弟クンの魔力量は?


計れるはずもないわけだ。


「それにエミール、あなたはなかなか身長が伸びない、と悩んだことはありませんか?」

「え? ――はい……」

「それも魔力に関係が?」


代わりにヴィクターが尋ねる。

それに対してマルグリット学園長は静かに頷いた。


「わたくしもそうでした。生まれつき魔力量が膨大な者は、その膨大な魔力によって成長を妨げられるのです。――わたくしは、自身の魔力を制御し、この姿を保っているに過ぎません」

「――つまり、マルグリット学園長も、ほぼ無限の魔力を持っていると?」

「ええ……」


マルグリット学園長はどこか寂し気に頷いた。


「年を取ることも出来なければ死ぬことも出来ない――……。今まで家族やたくさんの友人たちを見送ってきました……」


語られる、マルグリット学園長の孤独の事実。


「それでもわたくしは、グリモワール・アカデミア魔法学園の学園長として、生徒たちの『未来』を見ることが、自分の務めだと思っています」

「…………」


会議室が静寂に包まれる。


「いまだに夢を見るのです。友人たちと楽しくお茶会をした時のこと――……魔力研鑽に励んでわたくしだけが魔力制御をできなかった日の事……両親を見送った日の事…………夫や子供たちを見送った日のことを……」


悠久の時を生きる、ということは全ての者たちとの別れを経験していかなければならない、ということだ。


「エミール。あなたにはそのような人生を歩んで欲しくはありません。しかし、精霊になれとも、わたくしには言えません……」


エミールは考える。

もしマルグリット学園長のように悠久の時を生きるのであれば、自身の姿は変わらないまま、いつか年老いたヴィクターを見送らなければならない時が来るかもしれない。

しかし、精霊となってしまえば、もうヴィクターの隣にはいられないかもしれない。


そのどちらの選択も、――エミールにとっては酷なものだった。


そして静寂を破るようにフェリクスが静かに言う。


「――悩む気持ちはよくわかる。私も正直、キミにどうしろと言える立場ではない。――しかし……」


ふわりふわりとエアリアルたちがエミールの周りに集まってくる。


「おいでって言ってるよ」

「精霊の世界に帰っておいでって」

「みんな待ってるよ」

「セラフィーナ・エリス、一緒に行こうよ」


――精霊たちは、セラフィーナ・エリスの帰還を待っているのだ。


「――……少し、考える時間をください」

「もちろん。キミの答えが出るまで、いつまでも待つつもりだ。それはヴィクターくん、キミもだよ」

「……」


ヴィクターはただ黙って、弟の肩を抱く手に力を込めた。


魔法学園祭の後夜祭の後、


――ずっと……こうしていられるといいな。ヴィクター兄様と一緒に

――……ああ。俺も、そう思うよ


そう語り合ったのはそんなに前のことではない。


これ以上話しても埒が明かないと、その日の会議はお開きとなった。


エミールとヴィクターには考える時間と、どちらを選択するにしても『覚悟』が必要だった。



その夜、2人は久しぶりに同じベッドに入って寝ることにした。

お互いの存在を確かに確かめ合うように。

幼い頃からそうしてきたように。

正直なことを言えば、ヴィクターはエミールを手放したくはなかった。

しかしこれは、『そんな簡単な話』ではないのだ。


エミールも考える。

精霊になると言っても、それは別れじゃない。ただ姿が変わるだけ。

永遠の命を得ても悲しい結末を何度も見届けなければいけないというマルグリット学園長の言葉が刺さる。


ベッドの中で、エミールが決意を固めたようにヴィクターに向かって小さく呟く。


「ヴィクター兄様、僕決めたよ。僕は、治癒の精霊になる」

「…………そうか…………」


ヴィクターに言えるのは、その一言だけだった。


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