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-第二十話-【変人公爵】

「――で、あるからして、空気の精霊は1人ではないと」


とある精霊学研究学術発表会の日。

くたびれた白衣にぼさぼさのアッシュラベンダーの頭、しかしどこか理知的に見える霧がかった銀灰色の目を持った学者が『空気の精霊の存在について』を発表していた。


「しかし空気の精霊など……」

「我らが呼吸出来るのは全て空気の精霊の加護があればこそ……」


他の学者の質問にも淡々と答えていく男。

そして


「いろんな精霊の存在は確かに認めているが、一つの属性の精霊が多数いるなんて前代未聞過ぎる」


という言葉に対しては、


「ならば実証してみせよう」


と言い、学者はワンドを振りかざした。


「エレオス・アルカナ『エアリアル』――さあ、出ておいでエアリアル『たち』……」


その詠唱が使えるのは王族に他ならなかった。

そう、彼こそが巷で『変人公爵』と呼ばれている王弟殿下、フェリクス・セレストその人だった。


フェリクスの詠唱によって現れたのは無数のエアリアルと呼ばれる半透明の空気の精霊たちだった。

皆気ままに

「やっほー」

「元気ー?」

「なになに? なんか変な空気」

「空気変えちゃお」

と口々に言っている。


学者たちは皆開いた口が塞がらないと言った風にぽかんとその様子を見ることしかできなかった。

こうして『空気の精霊は多数存在する』ことが目の前で証明されたのだった。


学会が終わった後も、エアリアルたちはずっとフェリクスの周りをふよふよと浮遊していた。

「フェリクス好き~」

「フェリクスの髪もくしゃくしゃ~」

「フェリクスーねえねえフェリクスー」

「こらこら、いたずらをするんじゃないよ……」


空気の精霊たちは皆自由気ままだ。

そんな精霊たちを身にまとわせながら歩くフェリクスは、まさに変わり者と言っても過言ではなかった。


普段こそ王宮の隅にある自身の研究室で精霊研究を行っているが、こうして学会がある日などはまれに外に出る。

そしておそらく、整えれば美男であるだろうにいつもくたびれた白衣にぼさぼさの頭をしていた。


「ん、あれ。叔父上じゃん。ちっす」

「お久しぶりでございます。叔父上」


王宮に戻ると、クレールとエリオスがフェリクスにそれぞれ挨拶をした。


「おお、可愛い甥っ子たちよ。元気にしていたかな」

「や、まあ元気なんだけど……それ何?」

「ん? これらは我らが呼吸をするために必要な空気を加護する空気の精霊『たち』だ」


何でもなく言ってのけるフェリクスに、クレールが「え、精霊って1人じゃないの」と他の学者と同じようなことを尋ねる。


「空気はあちこちにある。故にエアリアルたちもあちこちにいる。ここにいるエアリアルたちもその数多いるエアリアルたちの一部でしかない。エアリアルたち全てが揃って『エアリアル』という一つの精霊なのだ……」

「は、はあ……」

「ご高説、痛み入ります」


エリオスだけはフェリクスの解説に素直に感謝を述べた。

もしかしたら、エリオスにもフェリクスのような『素質』があるのかもしれなかった。


「ところでクレールよ」

「なんスか叔父上」

「治癒の魔法使いが現れたというのは本当か?」

「ん? ああ、エミールのことか」

「ほう。エミールというのか……今度会うことは出来るかな?」

「……過保護な兄貴付きでよければ呼ぶことは出来ると思うけど……」

「そうか。では詳しい日時は後程伝えよう……さあおいでエアリアルたち……研究室に戻るぞ」

「はぁーい」

「待って待って~」


空気の精霊たちを周囲に纏わせながら、フェリクスが王宮奥の研究室へとまたこもってしまった。


「叔父上……つかみどころねーよな……」

「昔から風変りだったけど、あれでいて精霊研究の第一人者だからね。何と言っても王族の血が通っているから実際に精霊と交信が出来てしまう。これ以上ない逸材だと私は思うけれどね」


エリオスは叔父を誇らしく思っている節があった。


そして数日ののち、フェリクスの元にエミールとヴィクターが招待された。


「王弟殿下におかれましてはご機嫌麗しく存じます。ヴィクター・アレンフォードにございます。こちらは弟のエミール。治癒の魔法を先日発現いたしました」


ヴィクターが王族に対するように恭しくお辞儀をする。

もはやアレンフォード伯爵なのだ。

それを真似して、エミールも「は、はじめまして……」と小さくお辞儀をした。


「治癒の精霊が遥か昔に潰えて以降存在しない治癒の魔法を発現した、ということは治癒の精霊が復活したということの証明に繋がるかもしれない」


フェリクスは挨拶もさることながら早速エミールに食いついた。

全てを見透かすような霧がかった銀灰色の瞳に、エミールはごくりと唾を飲み込む。


「――いや。治癒の精霊はそもそも……ふぅむ……」


考え込むフェリクスに、エアリアルたちがまた姿を現す。


「わたしたち、しってるよー」

「セラフィーナ・エリスはねー」

「ノクティス・ヴェールに隠されちゃったのー」

「何?! 詳しく教えてくれるか?」


どこにでもいて、何でも共有出来て、何でも知っているエアリアルたちは語りだした。


要約するとこうだ。


――その昔、セラフィーナ・エリスという治癒の精霊がいた。

彼女は日々「癒しの歌」を歌い、人間や精霊たちを癒していた。

透き通るような黄緑色の光をまとい、白百合の冠をかぶっていたと言われる。

しかしある日、夜と闇の精霊、ノクティス・ヴェールが彼女を深く愛してしまい、夜の帳の中に閉じ込めてしまったのである。


基本的に、精霊たちは高次元の存在で、『理性』というものが存在しない。

感情そのままに動いてしまうのだ。

そして閉じ込められてしまったセラフィーナ・エリスは嘆き悲しみ、自身の魂を開放し、いつか自身の魂と共鳴する『器』を探して悠久に近い時間をさまよい続けているのだ。


――というようなことをエアリアルたちが話してくれた。


精霊のことは精霊に聞くのが一番であるが、まさかここまで精霊と通じ合える王族もそうはいないだろう。


その言葉に、エミールはふと精霊学を勉強していた時のことを思い出した。


「――そういえば……」

「どうした?」

「いろんな精霊の名前があって混乱したことがあるんだけど……ノクティス・ヴェールっていう精霊の名前だけは妙に強く印象に残ってた記憶がある……それと同時に、なんか『怖いな』って気持ちがあった気がする……」

「つまり……」


ずい、とフェリクスがエミールに顔を近付けた。


「セラフィーナ・エリスの魂自体がキミの中に宿っている可能性がある、と」

「え、えええ? そんなまさか。僕はいたって普通の……アレンフォード家に生まれた人間ですよ?」

「しかし、治癒の力が使えるのだろう?」

「え、はい。まあ。そう、です」

「どんな感じだった? 力が発現するときは」

「え……と……覚えてないです……ヴィクター兄様を助けたいって気持ちが強かったから……」

「ふむ……そうか…………」


フェリクスは机の上に乗り出した状態から椅子に深く座り直した。


「ああ、そういえば」


ヴィクターも声を上げる。


「治癒の力が発現してから一つだけ変わったことがあります」

「ほう、それは?」

「今までエミールはアレンフォード家特有の金色の目をしていました。しかし今はエメラルド色の目をしています。これは力が発現してから変わったものだと思われます」

「ほう。瞳の色の変化……か……」


フェリクスは考え込むように顎に手を添えた。


「セラフィーナ・エリスと同じ色の目!」

「セラフィーナ・エリスのにおいがするー」

「あなたの中に、セラフィーナ・エリスがいるの?」


「あ、……えっと……わからないや……」


エアリアルたちが自由気ままに話しかけるも、エミールは精霊と話したことがないためたじたじになってしまっていた。

高次元の存在であるから敬語を使えばいいのか、それともエアリアルたちに合わせた言葉を使えばいいのか。


「もう少しセラフィーナ・エリスについて調べてみよう。もしかしたらまた話を聞くかもしれない。その時はまた力を貸してくれるかね、エミールくん」

「あ、はい。僕でよければ……」

「……私も付き添ってよろしいでしょうか?」


ヴィクターがそっとエミールの肩を抱き寄せる。

そしてそんなヴィクターをフェリクスは甥っ子たちと重ねて見てしまった。


「ふぅむ。兄弟というのはどこも似たようなものなのか。まあいいだろう。兄弟2人で来るといい。また会おう」


そう言うと、フェリクスは2人を顧みずエアリアルたちを纏わせたまま再び王宮奥の研究室へとこもりに行ってしまった。


「……なんだか不思議な人だったね、ヴィクター兄様」

「ああ……変わり者の公爵とは聞いたことがあったが……」


しかし実際に会って話してみると、想像していた「変人」とは違ったタイプの「変人」だった。

もっと「精霊ばんざーい! ウヒョー!」といった感じで周りが見えなくなるタイプだと勝手に思っていたのだが、物腰は柔らかでどこか気品すら感じさせた。

話し方も落ち着いていて理知的だった。

変わっていることと言えば常に――召喚してもいないのに――空気の精霊エアリアルたちが彼に懐いてあたりを浮遊しているといったところぐらいだろう。


「――僕の力……セラフィーナ・エリス……何だろう……懐かしい名前を聞いた気がする……」


エミールはそっと目を伏せて、「セラフィーナ・エリス」の名を呼んだ。


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