-閑話休題-【優しいブラウンの瞳の思い出】
それはまだ、ヴィクターとエミールが幼い日、ローゼンバウム伯爵家に預けられて間もない日のことだった。
両親の葬儀を終え、誰がヴィクターとエミールを引き取るか一族間で揉め事があった。
「平民に魔法で支援する」アレンフォード子爵は貴族間ではかなりの変わり者だった故、その息子たちも「厄介者」という扱いになっていたのだ。
そうして、結局母方の祖父であるローゼンバウム伯爵の家で引き取られることになったが、養子縁組などはせず、「ただの居候」という形になっていたのだった。
食べ物も衣服もろくに与えられず、兄弟は身を寄せ合いながら寒い夜を過ごす。
伯爵家でありながら、冷たい祖父に、ただ見ているだけの伯父。
本当に母の父と兄なのだろうかとヴィクターは何度も疑いの目を向けていた。
そんなある日のこと。
寒さの中でも眠気には抗えず、ヴィクターがエミールを抱いてうとうとし始めたときに、確かに誰かの温かい手が触れた気がした。
「……かあ……さま……?」
薄く目を開くが、眠くてよく見えない。
しかし覗き込んでいたのは母セシリアに似た優しいブラウンの瞳だったことだけはとても印象に残っていた。
朝起きると、2人には毛布がかけられていることに気が付いた。
(――昨日の……あれは夢じゃなかったんだ……)
ヴィクターはその優しいブラウンの瞳の人物を自然と探すようになっていた。
その後も、朝起きると枕元にパンが置かれていたり、おそらく余り物であろうが温かいスープが置かれていることもあった。
魔法の研鑽に励んでいるときも、どこかで優しい眼差しを感じたこともあった。
ある日なども、ヴィクターたちは屋根裏の部屋に押し込まれるようにして過ごしていたが、深夜を過ぎた頃に屋根裏部屋を開ける音でヴィクターは目が覚めた。
「……アレクシス伯父様……?」
そこにいたのは、いつもローゼンバウム伯爵が兄弟を虐げている場面をただ悲しそうな目で見つめているだけの伯父、アレクシスだった。
そして慌てたようにアレクシスは辺りを見回して、口元に人差し指を当て、「しーっ」と言った。
「今までのは全部、伯父様が……?」
「……表立って助けてやることが出来なくてすまない……今はこれくらいしかできないが……」
そう言ってパンを渡し、ランタンに照らされたアレクシスの瞳は優しいブラウンの色をしていた。
「……父上には絶対内緒にしてくれるね?」
屋根裏部屋を去っていくアレクシスに、ヴィクターはこくこくと大きく頷いた。
(――そうか。今までのパンやスープはアレクシス伯父様が……)
ヴィクターの隣では毛布にくるまり、すやすやと眠る幼いエミールの姿があった。




