-第十九話-【決別~新たな道~】
ローゼンバウム伯爵の家を出たアレクシスは、社交界で友人関係となった者を頼りに隣国のアルフェリア王国を訪れていた。
ダリオ・グラッツィ伯爵子息。伯爵家の三男坊で、一見ちゃらんぽらんに見えるが「見る」ところはしっかり見ている男だった。
最初こそアレクシスの来訪を驚きはしていたが、その話を聞くなり情に篤いダリオは「落ち着くまでずーっとうちにいていいんだからな!」とアレクシスの代わりに泣いてくれるのだった。
そうして悠々自適に異国での暮らしを楽しんでいたある日のこと。
ダリオが妙に嬉しそうな顔をしてテラスで茶をすすっているアレクシスの元にやってきた。
「ア・レ・ク・シ・ス~」
「どうしたんだ? ダリオ」
「お前に縁談状が届いてるぜ」
「縁談状? 居候の身の私に?」
不思議そうにその手紙を手に取るアレクシス。
そして押された蝋封印には、アルフェリア王国の王族の印が押されていることに気が付いた。
「――これは……」
「王女様からだぜ」
「ぶっっっ――?!」
アレクシスは思わず飲んでいた紅茶を吹き出す。
その姿を見て、ダリオが腹を抱えて笑い出した。
「アッハハハハ!! どこで見初められたんだろうな! せっかくだ。行って来いよ。相手は王女様だぜ? 行かなければ不敬になるぜ?」
「し、しかし今の私は名もなきただの居候で――……」
「いいからいいから!」
ダリオは言うと、急いで馬車を用意し、アレクシスを着飾り、王城の前へポイと捨てて去って行ってしまった。
「ダリオ……強引が過ぎるぞ……」
しかし、王族からの縁談とあれば確かに「会わない」という選択は存在しないに等しい。
背筋を伸ばしたアレクシスは、門兵に縁談状の旨を説明すると、門兵たちは「お待ちしておりました!」と言い、あっさりと門を通してくれた。
(――本当にいいのだろうか……? 私なんかが……)
アルフェリア王国はセレスト王国とは違い、妖精が息づく国である。
そして国王オルフェウスの王妃エリオティアもまた、アルフェリア王国出身だった。
二国間は友好関係にあり、互いの国を行き来するのは容易なことだった。
そしてアレクシスは衛兵に導かれながら王女の待つ玉座の間へと通される。
恭しく跪くアレクシスに、王女カリステアは声をかけた。
「どうぞお顔をお上げになって?」
「は。この度はこのようなお話をいただき、光栄に存じます」
顔を上げて改めて王女の顔を見る。
それは確かにどこかエリオティア王妃に似ており、姉妹だと感じることが出来た。
そして次の瞬間、カリステアは試すようにアレクシスに尋ねた。
「あなたが、アレクシス・ローゼンバウムですね?」
しかしアレクシスは静かに首を横に振ると、
「――ただのアレクシスにございます」
と静かに答えた。
その瞬間、王女の目がふっと和らいだ。
「よろしい。ではその『ただの』あなたに……わたくしの未来を託したいと思います」
「……は。身に余る光栄に存じます」
そうして、あれよあれよという間にアレクシスとカリステア王女の婚姻が決まったのであった。
しばらく一緒に過ごすうちに、アレクシスはカリステアの王女たる気品や行動に惹かれていく自分に気が付いていた。
カリステアもまた、一度社交界で見たことのあるアレクシスがこれ以上ない優しい目をしていることをいち早く見抜いていたのだった。
(この目は――つらいことや苦しいことを乗り越え、それでもさらに強く生きようとしてきた証の目……それでもこんなに優しく、『未来』へと希望を持っている……)
「わたくしのアレクシス」
「はい、カリステア王女殿下」
「カリステアとお呼びになって」
「しかし……」
「いいのですよ。わたくしたちはもう夫婦なのですから」
その言葉に、アレクシスは顔を赤くする。
婚礼の儀の後での会食で、ダリオが寄ってきてアレクシスに声をかけた。
「あーあ。アレクシスが遠い存在になっちまったなあ」
「いいや。いつでも王城に来るといい。カリステアも待っていると言っている」
「なーに呼び捨てにしてんだよ。新婚め」
「か、からかうのはよせ」
厳しい伯爵家の教育を受けたアレクシスはその実、堅物であるところもあったが、からかわれると照れることもある人間味も持ち合わせていた。
――そしてある日のこと。
アルフェリア王宮の門前に、白髪で杖を突いた老人が1人訪れる。
「私はローゼンバウム伯爵だ! アレクシスの父だ!」
困った門兵たちは衛兵を通して女王となったカリステアと共に寛いでいるアレクシスの元を訪れた。
「――と言った老人が門の前で叫んでおりますが……いかがいたしましょう?」
不安そうにカリステアがアレクシスの顔を覗き込む。
が、アレクシスは不思議そうな顔をして言い放った。
「はて……? 私に父はいなかったはずだが……」
その言葉に安堵したように女王が笑い、
「丁重に追い返しなさい」
とだけ告げた。
「王配殿下は父などおらぬと仰せです」
「お引き取りを」
「待て! 私はローゼンバウム家の……!!」
しかし、その言葉はもう誰にも、何者にも力を持たぬものだった。
――荒れ果てたローゼンバウム家の屋敷の中。
使用人たちは全ていなくなり、様子を見に来る領民もいない。
そんな孤独の中、今まさに死を迎え入れんとしている老人が枯れ木のようにやせ細った手を空に伸ばす。
「エミールさえ……エミールさえいれば我が家は…………」
豪商の息子から伯爵家に婿入りし、権力に縋った男の末路だった。
そしてある日、ヴィクターとエミールの元にも一通の手紙が届く。
――親愛なる我が甥、ヴィクターとエミールへ
いきなりの知らせて驚かせてしまったらすまない。
少々立場が変わってしまった故、可愛い甥たちに報告をせねばと思い、今ペンを取った次第だ。
私はアルフェリア王国で王配となった。
あの寒い雪の日、助けられなかったことを心より悔やんでいる。
願わくば、どうか2人、幸せに過ごさんことを――
アレクシス・アルフェリア
「伯父様がアルフェリア王国の王配に?!」
「え、わー! 本当?!」
アレンフォード兄弟は、お互いの顔を見合わせて伯父の婚姻を心から祝福した。
ローゼンバウムという呪縛から解放されたのは、何もヴィクターとエミールだけではなかったことに、心から安堵したのだった。




