-十八話-【招かれざる客】
-十八話-【招かれざる客】
王立グリモワール・アカデミア魔法学園祭が終わってしばらくたったある日のこと。
学園の前に派手な馬車が止まり、中からは杖を突いた白髪の老人が姿を現した。
そしてホールに入るなり、マルグリット学園長の姿を認める。
「おお、マルグリット学園長殿。この度は我が孫たちを育て上げてくれたこと、誠に感謝いたします」
「……ええと……あなたは?」
「申し遅れました。わたくし、ローゼンバウムの家の者でございます」
「……そう、あなたがローゼンバウム伯爵ね……」
「つきましては学園長殿……我が孫、エミールについてですが……」
ピクリとマルグリット学園長の眉間にしわが寄る。
「エミール・アレンフォードを我がローゼンバウム家の養子に迎え入れ、正式な後継者としたく……」
ローゼンバウム伯爵の思惑など、マルグリット学園長には全て『視え』ていた。
浅い欲のためにエミールを自分のものとしようとしていることに。
「あのエメラルド色の瞳。わが娘、セシリアの生き写しと言っても過言ではない」
どうやら、ローゼンバウム伯爵も魔法学園祭に訪れ、エミールの覚醒を目の当たりにしていたのだろう。
「それでは……本人たちを呼びましょう」
「たち……とは……?」
「もちろん、兄であるヴィクター・アレンフォードもです」
「ヴィクターは関係ありません。エミールだけで結構です」
「いいえ。大事なことですので『家族で』話し合って決めなければなりません」
ローゼンバウム伯爵は「面倒なことを……」と呟きながら、それでもその場にエミールが来ることを心待ちにしていた。
そしてアレンフォード兄弟がホールに呼び出される。
ヴィクターはエミールを守るように後ろに隠しながら、いつもよりさらに冷たい氷の目で伯爵を見た。
「今さら何のご用ですか、お爺様」
「貴様に用はないヴィクター。用があるのはエミールだけだ」
「エミールはアレンフォード家の次男で俺の弟です。あんたは俺たちを5年前雪の中に捨てたじゃないか。今さら何のために連れ戻す?」
「治癒の力、そのエメラルド色の瞳はセシリアから受け継いだものだ。つまり治癒の力は我がローゼンバウム家のものだ。さあエミール。こっちにおいで。母様の過ごした家に帰りたくはないか? ん?」
ローゼンバウム伯爵は猫なで声でエミールに声をかける。
しかしエミールの意志は固かった。
「僕はヴィクター兄様と離れる気はありません。覚えてますか? ヴィクター兄様が風邪をひいた時のこと。あなたは、『死ぬならそれまでのこと』と言って見捨てましたよね。僕は覚えてます。絶対に許してなんていません。だから、絶対にローゼンバウムの名を名乗ることはありません。帰ってください」
毅然と言われたことに驚く伯爵。
そしてマルグリット学園長が出る。
「この件は国王陛下に通しておきます。国王陛下の返事をお待ちいただければと思いますので本日のところはお引き取りを」
マルグリット学園長に言われ、ローゼンバウム伯爵はいったんは帰る素振りを見せた。
そして捨て台詞のように
「セシリアに似て強情なやつめ」
とだけ言い残してその場を後にした。
伯爵が帰った後、
「よく頑張ったな、エミール」
とヴィクターが言うと、エミールはヴィクターに兄に抱き着き、
「お爺様なんか、だいきらい!!!」
と言った。
ここまで他人に嫌悪感を示すエミールは相当に珍しいことだった。
大好きなヴィクターを放っておかれたことが相当なトラウマになっているようだった。
――その数日後、国の中枢を担う貴族たち、アレンフォード兄弟にクレール、エリオス、マルグリット学園長にローゼンバウム伯爵も揃った中での会議が開かれることとなった。
治癒の魔法自体がすでに失われた魔法であるため非常に貴重なものであること。
そしてエミールはまだグリモワール・アカデミア魔法学園に在学中であること。
アレンフォード子爵家はすでに爵位を継ぐ者がいなく、取り潰しになっていること。
「治癒の力は誰のものか?」
国王オルフェウスの問いに、
「それこそ我がローゼンバウム伯爵家の物でございます」
と間髪を入れずにローゼンバウム伯爵が答えた。
そこでクレールが、「ヴィクターに爵位を戻すって話、あれどうなった?」と父である国王に言う。
爵位を継げるのは15歳から。ヴィクターはすでに第四学年で17歳に達していた。
その言葉に驚くローゼンバウム伯爵。
「アレンフォード家再興の話か」
「まさか!」
焦りが見え始めるローゼンバウム伯爵。
しかしすぐに落ち着きを取り戻す。
(爵位を取り戻したところで所詮は子爵。伯爵家からの圧力に敵うはずも――……)
国王はゆっくりと口を開いた。
「ヴィクター・アレンフォードよ。そなたの活躍、聞き及んでおる。将来への期待を込め、子爵ではなく伯爵位を授けようと思うがどう考える?」
「は。この上なく光栄の極みでございます」
「それではこれより、ヴィクター・アレンフォードに伯爵位を授ける!」
「お、お待ちくださいオルフェウス王! ……いきなりの伯爵位など……」
「では問おう、ローゼンバウム伯爵。貴殿は、伯爵として今までローゼンバウム領で何をしてきた?」
「――それは……」
答えられようはずもない。
権力こそが全て。
自身に従わぬものは罰すべき。
かつてのアレンフォード子爵領を取り込んだローゼンバウム領は領地こそ広くなったものの、その重すぎる重税に苦しむ民の声が王宮に多数寄せられてきていた。
「それではエミールは……!」
同爵位となっては爵位によっての圧がかけられない。
慌てたローゼンバウム伯爵が国王に問うが、オルフェウス国王はさも当然といったような顔で言い放った。
「もちろん、アレンフォード伯爵家の時期伯爵継承権第一位ということになるな」
「そんな……」
崩れ落ちるローゼンバウム伯爵。
そしてヴィクターは「アレンフォード伯爵」となったのだった。
国家の中枢を担う貴族たちを交えた大きな会議の後に、クレールは
「よう、アレンフォード伯爵様」
とヴィクターに声をかけるが、ヴィクターはそのからかいに反応するどころか安堵の表情を浮かべ、
「これでエミールを守れる。どこにも連れてなんて行かせない」
と言った。
「弟バカが極まって伯爵位まで取っちまうはな。とんでもねえやつだよ」
「僕、ヴィクター兄様とずっと一緒にいていいんだね!」
「ああ、そうだ」
歓喜に沸くアレンフォード兄弟だった。
そしてその会議が終わったのち、ローゼンバウム伯爵は自身の領地に帰り、帰宅すると部屋中で杖を振り回し、辺りの物を手当たり次第に壊し始める。
まるで子供が欲しいものが手に入らなかったときに駄々をこねるように。
「なぜだ! エミールがいれば……エミールさえいれば我がローゼンバウム伯爵家はより高みへと……」
そこに現れたのはアレンフォード兄弟の母であるセシリアの兄であり、ローゼンバウム家の時期伯爵であるはずの長兄のアレクシスだった。
「父上には私が必要ない、と?」
これまで厳しい教育に耐えてきたアレクシス。
伯爵たれ、紳士たれと言われて育ってきたが、帰ってきたローゼンバウム伯爵は口を開けば「エミール、エミール」と、まるでアレクシスなど最初からいなかったかのように言うのだった。
そして決定的な一言を伯爵が告げる。
「お前など治癒の力もなければ伯爵位を継ぐ権利もない!!」
その言葉に、ついにアレクシスも何かの糸が切れてしまったように不意に冷静になった。
「私はこの家に長男として生まれ、いずれ伯爵家を継ごうと努力して参りました。しかし父上が私を必要ないというのであれば、そのようにいたしましょう」
「ああ、どこにでも行ってしまえ!! エミールさえ、エミールさえ手に入れば……!!」
そうしてローゼンバウム伯爵は誰もいなくなった部屋でただ1人、エミールの名を呼び続けるのだった。
アレクシスは自身の少ない荷物をまとめると、着の身着のまま、隣国アルフェリア王国の友人の家へと向かっていった。
もうここに自分の居場所はない、と悟ったのだろう。
――そしてそれは、のちに賢明な判断だったと知ることとなる。
元々のアレンフォード領の者たちも取り込まれているローゼンバウム領内でも、「とても今の伯爵についていく気にはなれない」「せめてアレクシス様が継いだのならまだしも」と「アレンフォード伯爵領」へ移動するものが多くなり、あっという間に立場は逆転していった。
若きアレンフォード領主、ヴィクターに皆「まるでエドワード様が帰ってきたようだ……」と歓喜に溢れた。
そうして、ローゼンバウム伯爵領はアレンフォード伯爵領へと取り込まれてしまう事態にまで陥ってしまった。
「帰ってきたんだね、僕たち」
「ああ。そうだな」
かつて父と母と暮らした懐かしい土地。
大地は肥沃で作物が良く採れる。
そして『慈愛』の精神で、魔法で人々を救ってきた父エドワード。
ヴィクターも、その精神を継いで再びその領地に足を踏み入れたのだった。
「卒業したら……ヴィクター兄様は領主様になるの?」
「……そのつもりだ。本当は騎士科に進もうと思っていたが……領民たちが待っているここに……帰るべきだろう」
「……うん。僕も、卒業したらここに帰ってきていいんだね……」
「もちろんだ……」
そうしてアレンフォード兄弟は、『あの日』失くした全てを取り戻したのだった。




