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-十七話-【後夜祭】

陽が傾きかける頃、グリモワール・アカデミア魔法学園のホールでは舞台の装置は片付けられ、全生徒が入れるほどの広々としたホールになっていた。

それぞれがドレスや礼服で着飾り、後夜祭が始まろうとしていた。

ホールの奥にある『学園長席』にはマルグリット学園長が座し、生徒たちを見守る。


ヴィクターとエミールも着替え、ホールに向かっていた。

その途中で、クラリスと鉢合わせる。


「クラリス。見かけないと思ったら……」

「あ、ヴィクター先輩。星の欠片スター・シャドー争奪戦優勝、おめでとうございます」


相変わらず無表情で言うクラリスに、ヴィクターは内心(祝う気ねえだろ)と思いつつも、クラリスの記録レコードの『制限』――感情を表に出してはいけない――を知っていたため、言葉だけを素直に受け取った。


「クラリスは何やってたんだ?」

「私ですか? 学園祭中を記録レコードして回っていました」

「……ま、そりゃそうか。で、後夜祭には出るのか?」


ドレス姿でいたからには後夜祭には参加するのだろうとヴィクターが尋ねた。

しかしクラリスの答えは意外にも冷静なものだった。


「はい。後夜祭も記録レコードする必要がありますので」


(……どこまでも仕事一筋だな……)


関心を通り越して「呆れ」になってしまうほど、クラリスは冷静にその祭りをただひたすらにその目と耳に記録し続けているだけだった。


「クラリス……先輩?」

「ああ、紹介が遅れたな。生徒会の書記だ。第三学年で、記録レコードの固有魔法を持っている」

「わあ、あの文官のレクスフォード卿と一緒の?!」

「そうだ。レクスフォード卿の一人娘だぞ」

「い、いつも兄がお世話になっております」


エミールがぺこりとクラリスにお辞儀をすると、クラリスの中にヴィクターのあらゆる『記録』が鮮明に蘇ってきた。


エミールが間違えてヴィクターのローブを着たときなどは朝から撃沈して使い物にならなかったヴィクター。

エミールから幻の花をもらった時などは嬉しさのあまり机の上でとろけきっていたヴィクター。

エミールからクッキーをもらった時などはそれを横取りされまいと氷の魔法を発動させたヴィクター。


「……はあ。あなたが『あの』エミールですか。」

「『あの』……って?」

「……クラリス、今余計な事を思い出していただろう……」

「いいえ。では私は記録レコードの仕事が残っていますのでこれで」

「ああ」


しかし去り際に、エミールがクラリスにとととと駆け寄ってキラキラした目を見せてきた。


「僕の知らないヴィクター兄様を知ってるんですか?!」


(――おいやめろ、クラリス答えるな)


ヴィクターは生徒会でしか見せないとんでもなくとろけきった弟愛の強い弟バカっぷりをこれでもかと披露していたので、目くばせでクラリスに「言うな、言うな」と制する。


「そうですね……でも、知っていいことと知らなくていいことはあるかと思います」

「そ、そう……ですよね」


(――兄の面子は保たれた……)


淡々と語るクラリスに、エミールはしょんぼりとしてみせた。――ヴィクターは心の底から安堵していたが。

それが若干不憫に思えたのか、クラリスは少しだけ付け加えた。


「でも安心してください。ヴィクター先輩は誰よりもあなたのことを一番に思っていますよ」

「え、ほ、本当ですか?! クラリスお姉様!!」

「ぐばっ……!!」

「クラリス?!!」


突如聞いたことのない声を出しながら足元から崩れ、床と仲良くなったクラリスを心配してヴィクターが駆け寄った。


(――不覚。…………この私が…………)


しかし、クラリスの常時発動型の『記録レコード』の魔法は確かにエミールの「クラリスお姉様」と言った言葉とキラキラと輝いた目を記録してしまった後だった。


「心配はご無用です。優勝者が遅れては皆ががっかりしますよ。それでは私はこれで」


スッと立ち上がったクラリスは、まるで何ともないといった風を装って早足でその場を去っていったが、その後ろ姿からでもわかるくらいに、耳まで真っ赤になっていた。


「『クラリスお姉様』にやられたか……エミール。お前って本当に天然の人たらしだな」

「??」


何か変なこと言っちゃったかな? といったようなエミールの目を見て、ヴィクターも「まあ可愛いからな!」と切り替えてエミールの髪をわしゃわしゃと撫でた。


ホールへ入るなり、パン、パパン! とクラッカーが2人を出迎える。


「ようこそ今年の星の欠片スター・シャドー争奪戦の優勝者ペア! アレンフォード兄弟!」


相変わらず実況席に座っているミレイが2人の入場を歓迎する。

そして生徒たちも盛大な拍手で2人を出迎えた。


「これより星の欠片スター・シャドー争奪戦の勝者を祝う祝賀祭『星の夜の舞踏ステラ・ナクス』開催を宣言いたしまーす!」


ミレイの開始の言葉に、再び会場は大きな歓声と拍手に包まれた。

おそらく去年はこのように華やかではなかったであろう。

なぜなら勝者があのディアナック兄弟だったからだ。


「優勝者ペア2人はホールの真ん中に来てください! ファーストダンスを踊っていただきます!」


「え、ええ? ダンス? 僕、踊ったことないよ」

「大丈夫だ。兄様がリードしてやる」


優雅な音楽が鳴り始め、ヴィクターがエミールに手を差し出す。

それをエミールがぎこちなく握り返すと、ヴィクターは『氷の貴公子』と呼ばれるままに華麗にエミールをリードしながら踊った。


周囲の女子たちからはため息が漏れる。


「ヴィクター様ステキ……」

「ちょっとブラコンなところが見えたけど……あの弟君なら仕方ないわよね……」

「弟君も可愛らしいわ……」


ぎこちない足取りでステップを踏むエミールと、優雅に踊るヴィクター。


「はーん。今年の花だなー」


壁に寄りかかり、飲み物のグラスを手に持ちながらクレールが隣にいるセシルに言った。


「ぜーんぶ持っていかれちゃったわね。今日の主役だわ」


しかしセシルは心の中で


(よかったわね、2人とも)


と最大の賛辞を贈るのだった。


そしてファーストダンスが終わると、次は生徒たちが自由にダンスを踊るターンに入る。


ある者はお気に入りの女子に声をかけ、またある者は決まった婚約者と踊り、またある者は友人同士で気軽に何のステップというわけでもない体を揺らすだけの踊りを楽しんだりしていた。


「さあ、毎年恒例ラストダンスの時間となりました!」


いつの間にか空は暗くなり、夜が訪れていた。


「ラストダンスはクレール・セレスト王子に踊っていただきます! 二年連続!」


周囲からププっと吹き出す声が聞こえる。


「去年もラストダンス踊ってたよな」

「ダブってるんだもん。二年連続なんて前代未聞だぜ」


「うるせーなーオイ!!」


言いながら、クレールは背筋をしゃんと伸ばして、壁の花に徹して記録レコードしていたクラリスに近付いて行った。


「お嬢さん、よければわたくしと一緒に踊っていただけませんか?」


「おっとー! クレール王子、生徒会書記の鉄の女、クラリス・レクスフォード嬢を誘ったぞー!」


セシルは「ピュウ」と口笛を吹き、「やるじゃない」と呟いた。

クレールの淡い想いを知っていたのはセシルだけだったからだ。

しかし、予想に反してクラリスの反応は冷たいものだった。


「大変ありがたい申し出ですが、私には記録レコードの仕事がありますので」


「おおーっとフラれちゃった~!! クレール王子、がっくし~!」


ミレイの実況に、クレールも「だよなあ……」と言って項垂れる。

だが本気だったのは確かだった。


(――私だって出来ることなら殿下の手を取りたい。……だけど、記録レコードに私情を乗せてはいけないの……ごめんなさい、クレール殿下)


しかしそれは、誰とも知れないクラリスだけの心の内だった。


「ンもう、しょうがないわねえ。それじゃあアタシが一緒に踊ってあげるわ!」


突如前にずいと現れたセシルが、その差し出されたまま止まっていたクレールの手を取ってホールの真ん中へと歩き出す。


「おお、決勝戦のペア!」

「セシルお姐様ー!!」


セシルは性別に頓着がない。

服装も、ドレスとも礼服とも取れない派手な格好をしていた。

長い裾がさらりと床を撫で、クレールと共に踊りだす。

幼い頃より2人の姉たちから可愛がられ、社交デビューを迎える時に「セシルはどっちのダンスパートを踊るべきか」となった際、「どっちを踊れるようになってもいいんじゃないか」という家庭の方針から、女性パートも見事に踊りきってみせるのだった。


(クラリスにフラれちまったのはさすがにちょっと堪えたけど……セシルとは何かやりやすいな……ダンスもうまいし)

(困ったらいつでもアタシに頼っていいんだからね。いとこでしょ)


2人のダンスが終わると、会場の熱気は最高潮に達していた。



――そんな中、ヴィクターとエミールは風通しの良いテラスで2人で夜空を見上げていた。


「最初のダンス、緊張したけど……兄様と踊れて、嬉しかった。僕、頑張ったよね……?」

「……ああ。とてもよくやった」

「じゃあ、褒めて?」


可愛らしく言うエミールに、ヴィクターは顔をほころばせながらその愛しい黒髪を優しく撫でる。


「……えらいぞ。エミール」

「えへへ……ありがと、ヴィクター兄様」


夜空を見上げるふたりの間に、そっと風が吹いたあと、ヴィクターが横にいたエミールをそっと片腕で引き寄せる。

少し強く、でも優しく。

エミールの頭を、ぽん、と自分の肩に。


「お前が一等賞だ」

「ふふっ、何の一等賞なの?」

「全部だ」

「ずっと……こうしていられるといいな。ヴィクター兄様と一緒に」

「……ああ。俺も、そう思うよ」


2人を照らしていたのは2つの星だった。


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