閑話休題 ディアナック兄弟
ディナック侯爵家――。
まだ幼かったころのクラウスとリュカは仲の良い兄弟だった。
クラウスはどちらかと言えば物静かな性格で、本を読むのが好きだった。
対してリュカは活動的な性格で、庭を駆け回るのが大好きだった。
何不自由ない侯爵家の2人の息子たち――周囲にはそう見えていただろう。
ある日の事。
ディアナック夫人のヴァレンティナが兄弟2人をとある部屋へ呼び出した。
「かあさま、ここはなんのへやなの?」
「まほうのおへや?」
不思議そうに辺りを見回す兄弟に、ヴァレンティナは優しく、だがどこか冷たい感触で言った。
「ここはね、あなたたちの『固有魔法』を『書き換える』部屋なのよ」
「こゆーまほー?」
幼い兄弟は、魔法の存在を知っていてこそはすれどもまだ『固有魔法』の存在は知らなかった。
「おいでなさい、クラウス。あなたには王になってもらわねばなりません」
「おーさま? でもおーさまはもういるよ?」
「いいえ。本当の王になるのはあなたなのですよ」
「??」
「さあ、その魔方陣の中に立って……」
「なんだかこわいよ、かあさま……」
「大丈夫。痛くはないから……」
そういうとヴァレンティナは静かに魔方陣を起動させた。
続いてリュカも同じ場所に立たされ、同じように魔法をかけられた。
「これでクラウス、あなたの固有魔法は炎。リュカ、あなたの固有魔法は影になりましたよ」
どこか頭の中を焼き付けるような痛みを伴うその魔法に、その夜兄弟は同じ部屋で手を握ってベッドに入っていた。
「あにうえ……ぼくたちどうなっちゃうんだろう……」
「わからない……とうさまとかあさまは……ぼくたちにどうなってほしいんだろう……」
その日からディアナック夫妻の兄弟への接し方が変わってしまった。
「この腑抜けめ! そんなんで王の器が務まるか!!」
少しでも泣き言を言ったり涙を見せようものなら、父レオナールから鞭打ちが待っていた。
「ごめんなさいっ……ごめんなさいお父様っ……!」
しかし痛みに耐えられるほど強い子供ではなかったクラウスは、鞭で打たれるたびに大粒の涙を流してはまた鞭で打たれてしまうのだった。
そこに現れたのがリュカだった。
「お父様! 兄上をぶつなら代わりに僕をぶってください!!」
「ほう……ようやく兄を守る盾となり剣となる覚悟が出来たか。関心したぞリュカ」
「まあ、なんて可愛い坊やかしら……」
レオナールの隣でヴァレンティナが扇子を広げてクスクスと笑う。
そしてクラウスが鞭で打たれる代わりにリュカが何度も何度も鞭で打たれていた。
そんな様子に、クラウスは「僕のせいでリュカが……」と思い、その度にまた涙が溢れてしまう。
(泣いちゃダメ……泣いちゃダメだ……泣いたらリュカがもっとぶたれちゃう……)
リュカが何度も鞭で打たれた夜、クラウスはその血まみれの背中に塗り薬を塗ってやっていた。
「~~っっ……!」
「ごめんね、リュカ。ちょっとしみるよね……」
「大丈夫。僕は、兄上のためならこれぐらい何ともないから」
「ごめんねリュカ……僕が……僕がもっと強かったなら……」
「ううん。僕がもっと強くなればいいんだよ。兄上を助けられるくらい、もっともっと……!」
こうして2人は、両親から「王となれ」「王を守る盾となり剣となれ」と『教育』されてきたのだった。
救護室に運ばれ、深夜に目が覚めたクラウスの目に一筋の涙が伝う。
(――そうだ……僕は……僕たちは『ああ』なりたかったんだ……)
アレンフォード兄弟の姿が浮かぶ。
兄を支える弟と、その弟を全力で守る兄。
――そう、ありたかった。
(待っていよう……二度と帰っては来ないとリュカは言っていたけど……待っていよう……僕は……『兄』なんだから…………)
――その後、王家からディアナック侯爵家の取り潰しが言い渡され、クラウスだけが1人、『元』ディアナック領であった小さな村で弟の帰りを待つこととなった。
誰かが国王に告発したのかもしれない。
ディアナック夫妻が国家転覆を目論んでいたことを。
しかしそれを知るのは他でもないリュカとクラウスだけなのだ。
そして「固有魔法の書き換え」はセレスト王国では禁呪とされている魔法だった。
そのため、クラウスは「被害者」として情状酌量の余地ありとして刑には罰せられなかった。
――ディアナック兄弟もまた、ただ『愛』を求めていた幼い兄弟だったのだ。




