-第十五話-【覚醒 vsディアナック兄弟Ⅲ】
「何だ……?」
クラウスが一瞬怯み、一歩後退る。
その瞬間、エミールは駆け出し、呪火の玉座に強制的に座らされているヴィクターに抱き着いた。
「帰ってきて、ヴィクター兄様!! ――祝福の契約!」
「何だその魔法は……?!」
「え、え、ええぇぇぇーっっっ?!! まさかの第一学年エミール選手が固有魔法発動ーっ?!! 試合中にお兄さんが支配されそうになっているのを見てたまらなくなって限界突破かぁーッ?!!」
困惑するクラウスにミレイ、観客たち。
そしてヴィクターは強制的に支配されかけていた精神の中に温かい光を見つける。
それは優しくこちらに手を差し伸べて微笑んでいた。
――ヴィクター兄様。一緒に帰ろう。
――エミール……
(……流れてくる……エミールの魔力が……温かい魔力が……)
「……エミール?」
「ヴィクター兄様ッ! よかったぁ!!」
エミールが抱き着くと、呪火の玉座が消え、その拍子に2人で地面にばたんと倒れてしまう。
「あっ、あっ、ごめんね、急に抱き着いちゃってっ」
「エミール……お前……目の色が……」
「目?」
不思議そうに首を傾げるエミール。
そう、先ほどまで金色だったエミールの目の色は、懐かしい母を思い起こさせるような鮮やかなエメラルド色をしていた。
「母様の色に似て……それにさっきの魔法……」
「ヴィクター兄様を助けたいって思ったら、自然に頭の中に浮かんできたの。待ってて……」
言うと、エミールはヴィクターの手を握って静かに詠唱する。
「完全治癒」
「ッ――バカな?!!」
エミールの詠唱に、クラウスが冷や汗をかいてよろける。
そしてその呪文に、思わずマルグリット学園長に続けて国王が席から立ち上がった。
「――治癒魔法……?!」
――そう、セレスト王国には治癒魔法がない。
なぜなら治癒の精霊が存在しないからだ。
「ままままま、まさかまさかまさかまさかのーっ!! エミール選手が治癒魔法を使ったァーッッッ?!!」
ミレイの絶叫に近い実況に、会場中がざわつき始める。
「治癒魔法って存在しないんじゃ……」
「エミールってあの劣等生の……?」
「ウソだろ……?!」
マルグリット学園長は思わず目隠しを外し、魔識眼を全開にする。
(――間違いないわ。やはり文献の通り……あれは古代に失われたとされる治癒の魔法……! やはり間違っていなかった……! エミールの固有魔法は『治癒魔法』だったのよ……!)
そしてヴィクターはエミールの治癒魔法により、傷や精神支配はおろか、体力や魔力までが完全に回復していくことに気が付いた。
「エミール……お前……」
「もう誰にもヴィクター兄様は触れさせない。ヴィクター兄様は僕が守るから!」
「……エミール……」
ヴィクターはエミールの小さな体をぎゅっと抱きしめた。
「バ、……バカなバカなバカなッ……弟が兄を守るだと? 何をふざけたことを言っている! 弟は黙って兄の指示を聞いていればいいんだ! リュカ!」
クラウスが叫ぶと、リュカは「(影縫い)シャドウ・コントロール」と呟き、あろうことか兄であるクラウスの影を地面に縫い付けた。
「何を考えているリュカ!! 敵はあっちだぞ!!」
「兄弟ごっこにはもううんざりなんだよ」
そういうとリュカは足のポケットに隠していた暗器を兄の首に突き付けた。
「――死ね、兄貴」
「――ッッ……!!」
クラウスの目が見開かれる。
目の前にいるリュカはクラウスを完全に『獲物』として捕らえている。
そしてその瞬間、魔法鏡からディアナック兄弟の父親であるディアナック侯爵の声が聞こえて来た。
「このバカ者が!! リュカ!! 帰ったら仕置き部屋で鍛え直してくれる!!」
その言葉にまた会場がざわつき始める。
「今の声って……ディアナック侯爵……?」
「仕置き部屋って……?」
「え、え、ええええええ~~?! 本日二回目! 何とリュカ選手、突然の裏切りだぁぁぁ~~っ?!!」
ミレイも困惑の声を観客に届ける。
しかし隣に座っていたエリオスだけは、笑顔のまま静かに頷いていた。
「ヴィクター兄様、今だよっ!」
「ああ。これで最後だ!! フロスト・エクスプロージョン!!」
完全に油断しきっていたディアナック兄弟は、ヴィクターの放った氷の爆発魔法に吹き飛ばされた。
――いや、リュカだけはすんでのところで爆発を回避し、クラウスだけが影縫い(シャドウ・コントロール)で動けないまま直撃を食らってしまった。
その場にへたり込むクラウスに、リュカは小さくため息をついたのち、暗器をしまい込んだ。
「死ね」とは言ったものの、止めは刺さなかった。いや、刺せなかったのかもしれない。
最後にクラウスと目が合った瞬間、その奥にあった目の奥の揺らぎを見てしまったからだ。
「あ、え、ええーっ? リュカ選手、どこへ行くんですかぁーっ?!」
ミレイがその場を去ろうとするリュカに声をかける。
「やってられん。棄権だ棄権」
「おおっとおぉー! ここで棄権発言! 対してクラウス選手はぁーっ?!」
しかし座り込んだままのクラウスは何も言葉が出せずにいた。
「はいっ、何も言えないということで棄権ということでー! これにて昨年の王者、ディアナック兄弟、ここで敗退となりま―――す!!!」
ミレイの言葉に、観客たちが一斉に歓声を送る。
「アレンフォード兄弟すげぇー!」
「エミールくん見直したよーっ!!」
「ヴィクターよく耐えたーっ!!」
「待て……」
視線を宙に泳がせながら、クラウスはリュカを引き留める。
「どこに行くというんだい、リュカ……」
「俺は旅に出る。あばよ、兄貴。二度と会うこともないだろうな」
そういうと、リュカは亜空間フィールドから姿を消した。
「……僕たち……勝った……の?」
「ああ、そうだ。お前の治癒魔法のおかげだ」
「僕、何だか必死で……」
「ありがとう、俺の天使」
「わっ、恥ずかしいよヴィクター兄様」
リュカが去ったのを見届けたエミールがヴィクターに尋ねると、ヴィクターは嬉しさのあまり、魔法カメラに映されていることも忘れ、エミールの額にキスをした。
「甘ぁぁぁぁい!!!! 最高でしたアレンフォード兄弟ッ!!!」
「あ」
ヴィクターはようやく魔法カメラで撮られていたことに気が付く。
「あーらあらあらあら。ヴィクたんったら公衆の面前で」
「弟バカ丸出しにしちまったな。氷の貴公子様よ」
観客席にいたセシルとクレールもその様子をバッチリと観覧していた。
魔法鏡に映し出されたアレンフォード兄弟に、観客席から盛大な拍手が送られる。
そして虚ろな目をしたままのクラウスはそんな2人をどこか遠い存在のような目でぼんやりと見ているのだった。
(――僕は……リュカは……本当は…………)
そこにヴィクターがゆっくりと近づいていく。
「さあ、星の欠片をもらおうか」
ヴィクターの言葉に、クラウスはポーチを開き、今まで奪ってきた分の星の欠片をぽとりぽとりと落としていく。
それを一個ずつ、丁寧にエミールが拾っていった。
「……お前も『兄』なんだろ」
「あの……ごめんなさい。僕、心の傷までは癒せなくて……」
「いいんだ、エミール。行くぞ」
「う、うん……」
エミールは申し訳なさそうに茫然と虚空を見つめるクラウスを背にした。
「だがしかぁーしッ!! これで星の欠片争奪戦は終わりではありませんッ!!」
「え?」
「え、これで終わりじゃないのか?」
ミレイの実況がアレンフォード兄弟にも届く。
「さぁてと」
「そろそろ俺らの出番ってわけですか」
セシルとクレールが観客席から立ち上がった。
「最終決戦はコロシアム内で行われます! 対戦相手は『強すぎるペアのためシードになっちゃったクレール殿下&セシル・ド・ベルフォール』ペアとの対決となりまーす!!」
「げぇ……あいつらかよ……」
「クレール殿下たちと戦うの?!」
星の欠片争奪戦はまだ終わってはいなかった。




