-第九話-【開幕!グリモワール・アカデミア魔法学園祭】
――魔法学園祭前日。第三学年女子寮。クラリスの部屋。
相部屋のミレイ・デュークスが張り切っていた。
「今年も司会、頑張りますね、クラリスさんっ!!」
「――そう。期待しているわ」
ミレイ・デュークス。デュークス伯爵家の令嬢であり、またグリモワール・アカデミア魔法学園の魔法学園祭には欠かせない『名司会者』だった。
固有魔法は『共鳴』。
彼女の魔法はその声を遠くの人まで鮮明に伝えるという魔法だった。
軽快な喋りにツッコミが映える。まさに『名司会者』であり、第一学年の頃から魔法学園祭の司会進行を執り行っていた。
お喋りなミレイと物静かなクラリス。一見相性が悪そうに見えるが、こう見えてクラリスはミレイのその実力を認めていたし、ミレイもまた、レクスフォード侯爵家の令嬢であるクラリスの『記録』の魔法に強く興味を持っていた。
「ああああ~~~っ! 滾るぅうぅ~~っ!! 今年はどんな戦いが見られるのかァ~~~ッ!!」
「ミレイ、まだ学園祭は始まっていないわよ」
「わかってます、わかってますってばぁ……えへへ……もう早く司会したくてうずうずしちゃって」
「フフ、まったく貴女ったら」
普段感情を押し殺して生きているクラリスが優しく微笑みを見せるのは、おそらくミレイの前だけかもしれない。
――そして、魔法学園祭当日がついに訪れる。
ポンポンと色とりどりの花火が上がり、その開幕を告げた。
ミレイ・デュークスは魔法石のはまったマイクにそっと「共鳴」と唱えると、パッと顔を上げて元気に開幕の挨拶を始めた。
「さぁ! やって参りました王立グリモワール・アカデミア魔法学園祭! 今年もバザーから屋台、スカイ・ランサー、演劇に『星の欠片』争奪戦と盛りだくさん! 皆さん、最後まで楽しんでいってくださーい!!」
ミレイの声は一般客や全ての生徒、先生たちにしっかりと届く。
それが彼女の固有魔法だ。
気球のような浮遊する乗り物――フロート・アイ――に乗りながら、高いところから実況するのがミレイは大好きだった。
(んん~~! 今年もこの季節がやってきました~っ! 感激に打ち震えちゃいますっ!!)
ミレイの開幕の合図に、どこからともなく歓声が響き渡る。
ミレイは生徒会から渡された進行プログラムを見ながら次のプログラムを発表する。
「最初は『スカイ・ランサー』! 今年はどのチームが優勝するのでしょうかぁ! 場所は学園外コロシアム『グリモワール・アカデミア大演習闘技場』にて9時より開催! 観戦したい人は急いでくださーい!」
ミレイの声が届いたエミールはヴィクターの方を見上げる。
「ヴィクター兄様! 僕スカイ・ランサー観に行きたい!」
「そうか。それじゃあ行こうか」
2人でプログラム表を手にしながらどこを回るか悩んでいたが、最初は『スカイ・ランサー』を観戦することに決めた。
『スカイ・ランサー』とは、飛行しながら行う魔法使いのスポーツである。
空中に浮遊する風船を飛行しながら的確に打ち抜くため、精密な飛行技術と精緻な魔法技術が必要とされる。
そして風船は小さければ小さいほど点数が高く、また壊れにくい。
風に吹かれてゆらゆらと揺れる風船に狙いを定めて、しかも飛行しながら魔法を打たなければならない。
そして大人気のエースはチーム『天翔の矢』のリアン・グレンヴィル。
観戦席からイザベラが
「ああ~リアン様ぁ~~!!」
と黄色い声援を送っていた。
取り巻き2人に、「ヴィクター様はどうなさったんですの?」と聞かれ、イザベラは「それとこれとは別ですわ!」と顔を赤くして返した。
初戦は『天翔の矢』vs『漆黒の翼』
俊敏性&正確さに特化した王道の実力派チームと夜間飛行訓練などで鍛えた精密さと隠密性が武器のチームの対決だ。
グリモワール・アカデミア大演習闘技場では魔法で天候や明るさも変えられることが出来るため、チームが登場するまではどんなステージでの対決になるかはわからない。
そして2チームがそれぞれ登場すると、対決の場は雷鳴とどろく雨の降るステージだった。
試合開始の笛が鳴ると、各チームの選手たちが一斉のそれぞれの乗り物に乗って空へと飛びあがる。
「さあ、始まりました『スカイ・ランサー』第一戦! 『天翔の矢』の絶対的エース、リアン・グレンヴィル、さっそく高得点の風船を狙いにいったぁー!」
「光矢連翔――飛べ、狙いを外すなよ!」
「おーっと、出ましたー! リアン選手得意の光魔法! 光りの弓矢を放って今、高得点風船が割れましたー!」
ミレイの実況に、観客から歓声が沸き上がる。
「わーっ、わーっ、カッコいい! カッコいいねヴィクター兄様っ!」
「そうだな」
エミールは前のめりになって初めて見るスカイ・ランサーに目を輝かせる。
その横で、(弟、可愛い)と思いながら両腕を組んでヴィクターは静かに観戦していた。
――いや、ヴィクターはスカイ・ランサーよりも『エミールを』観ていたかもしれない。
そして次の瞬間
「朧槍穿霧――貫け」
静かな声がどこかから聞こえてきた。
すると周囲に霧が立ち込め、辺りは視界が悪くなる。
しかしそれも一瞬、霧が一気に収束し、またも高得点の風船が射抜かれた。
「え? おやぁ?! いつの間にか高得点風船が割れて……これは『漆黒の翼』のリーダー、クロード・レイモンドの霧魔法かぁ?!」
「霧で何も見えなかったぞ」
「ただでさえ雨で視界が悪いってのに……」
そしてまた周囲が霧に包まれたかと思うと――
――ポン! ポポン! ポン!
浮遊する風船があちこちで弾ける音が聞こえ、『漆黒の翼』の点数表にどんどん点数が加算されていく。
「おーっと、これはどういうことだぁーっ?!」
霧が晴れると、そこには静かに杖を構えたクロードの姿があった。
「――狙う必要などない。ただ、通すだけだ」
静かに呟くように言うクロードに、リアンはニッと笑って見せる。
「ならば、こちらも負けていられないな!」
「すごい、クロード・レイモンド、本当に存在したんだ……!」
「霧の固有魔法使い……普段は陰キャだって聞いたけど……」
「カッケェーッ!!」
観客の中にもクロードのファンが現れ始める。
「リーダー、大きい風船は我らにお任せを!」
「リーダーは小さな風船だけを狙ってください!」
「おおっとぉ! 『天翔の矢』、完璧なチームワーク! そしてリアン・グレンヴィル選手! あの技の構えはなんだぁーっ?!」
観客はミレイの実況にリアンの方に目を向ける。
「おいおい、どこを狙ってるんだ?」
「上空に向けて弓矢を構えているぞ?」
「それにしても上を向いているのに全くほうきがブレていない……なんて体幹だ」
「五連モード、展開――」
リアンは小さく言う。
――そして
「光矢連翔五連!!!」
上空に放った弓矢は花火のように弾け、五色の光の矢が続けざまに高得点の小さな風船を射抜いた。
ポン! ポンポン!! ポンポン!
「おおーっ! これはすごい! 魅せる見事な技だぁーっ!!」
『天翔の矢』にも点数が加算されていく。
「どっちも負けてない! どっちも強いぞ! 第一戦目からこれはアツい!!」
「キャアアアア!! リアン様あああ!!」
「イザベラ様、そんなに乗り出しては危ないですわ!」
「リアン様が素敵なのは認めますけれどっ!」
ともすれば観客席から転がり落ちそうになるイザベラを取り巻きたちが両側から抑え込んでいる姿もあった。
「すごいっ! すごいねヴィクター兄様っ!」
「ああ」
(目をそんなにキラキラ輝かせて……天使だな……)
ヴィクターは相変わらずだった。
そんな中、影でコソコソと動く者たちの姿があった。
「さーて、どっちが勝つと思う?」
「そりゃ『天翔の矢』だろ。リアンが在学中、負けたとこなんて見たことねーし」
「いや、クロードも結構やべぇぞ。俺は『漆黒の翼』に20000ガルド賭けるね」
「なら俺は『天翔の矢』に1000000ガルド賭けるわ」
「そこ! 何をしている!!」
「げっ! 見つかったっ!!」
「校内での違法賭博は厳罰対象! 直ちに確保!!」
「ぎゃあああ!!」
校内秩序維持委員会がスカイ・ランサーで賭けをしている生徒たちを見つけ、拘束していた。
「祭りを楽しむならまずルールを守ることだ」
校内秩序維持委員会の委員長、ユリナ・セシリエはその鮮やかな短い銀髪を風になびかせながら違法賭博を行った生徒たちを連行していった。
「決着――……!! 『天翔の矢』20000点!! 『漆黒の翼』19900点!! 大接戦の末、『天翔の矢』の勝利だーッッッ!!!」
「すげぇーっ!!」
「あのリアンがいる『天翔の矢』相手に100点差だぞ?!」
「下手したら決勝戦だったかもしれねえなこれ!!」
「リアン様ー!!」
観客たちがそれぞれ拍手や歓声を送る。
祭りを楽しむ者、祭りを取り締まる者、祭りを盛り上げる者それぞれがいて、魔法学園祭は大いに盛り上がりを見せていた。
スカイ・ランサーは最終的にリアン率いる『天翔の矢』が優勝し、競技が終了となった。
「今年も強い! 強かったぞ『天翔の矢』! やはり王道チームには勝てないのかッ!! 来年も楽しみだー!!」
試合が終わった後も、会場の熱気は冷めやらなかった。
「ヴィクター兄様っ、次はどこ回る?」
「ん? お前の行きたいところならどこでもいいぞ」
「もーっ、僕はヴィクター兄様の行きたいところに行きたいの!」
(膨れてるエミール……控えめに言って天使……)
「いや……それなら兄様はエミールの行きたいところに行きたいな」
「その言い方はずるいよー!」
しかし言いながらも、エミールはプログラム表を見てどこに行こうかと考える。
メインの星の欠片争奪戦はまだまだ先だ。
まずは祭りを楽しまなければ損というものだ。
「えーっ、それじゃあねえ」
エミールはプログラム表を見ながら星の欠片争奪戦までの時間をどう使うか考えつつ回る順番を考える。
「屋台ブース行ってみようよっ! モリーくんがわたあめ屋さんやるっていってたし!」
「モリー……か」
一瞬ヒクッとなったヴィクターだったが、弟が行きたいというのであれば行かないわけにはいかない。
そして――バレるわけにはいかない。
モリーの事故は『事故ではなかった』ことを――……。
「あー、エミールくんにお兄さん~~いらっしゃい~~」
屋台ブースに行くと、小さな子供たちが楽しそうにわたあめを頬張っている姿が多数目撃された。
そしてその中心にはモリーがいた。
「えへへ~、このわたあめはね~、持ってる魔力によって色が変わる魔法のわたあめなんだよ~」
「えーっ、すごい! 僕にも一つくーださいっ!」
「はーあい! 400ガルドになりまぁす」
エミールとモリーのやり取りを見て、ヴィクターは少しの嫉妬を覚えたりもしたが、「エミールにもしっかり友達が出来たんだな」と安堵する気持ちもどこかにあった。
「お兄さんもいかがです~?」
「俺もか? そうだな……それじゃあもらおう」
「まいどぉ」
そうして400ガルドを払い、モリーから渡されたのは真っ白なわたあめ。
ヴィクターがそのわたあめの棒を持つと、わたあめがふわっとアイスブルーの色に変わった。
「――俺の固有魔法の色……」
どういう仕組みなのかはわからないが、確かにモリーは『魔力によって色が変わる魔法のわたあめ』を売っていた。
そしてエミールの方を見る。
「見て見てー、ヴィクター兄様。僕のは緑だよ!」
「そうだな」
(――……緑の固有魔法は風のはずだが……風の固有魔法の緑はこんな色ではなかったはず……)
ヴィクターはエミールのわたあめの色を見て思わず考え込んでしまう。
(緑色――というよりは新緑の色に近いような……黄緑……でもない……青緑……でもない……エミールの固有魔法は一体何なんだ?)
そしていつかのセシルの言葉がふと脳裏に蘇る。
――弟クンの固有魔法は?
(――俺はエミールのことを全て知っているようで、全く知らないのかもしれないな……)
「どうしたの? ヴィクター兄様。おいしいよ?」
「ん、そうか」
口の周りにわたあめの砂糖を付けたエミールが不思議そうにヴィクターを覗き込む。
(――……うん。わざとかな? エミール。後で兄様が拭いてやるからな?)
「あれぇ? 甘すぎましたかぁ?」
「いいや、大丈夫だ。ただの致命傷だ」
「それって大丈夫なんですかあ……?」
わたあめのせい、ということにしてヴィクターはそっと鼻血を袖で拭った。
「さあ! 10時からはグリモワール・アカデミア魔法学園が誇る最強の演劇部の舞台『星の巫女と星降る夜の誓い』が始まります! 主演は我が校が誇る最高の女優、カミラ・ノクターン! 観覧希望の方はエントランスホールへ集合ッ!」
ミレイの声が聞こえ、エミールはヴィクターの袖を引っ張った。
「演劇! 僕演劇って観たことない!」
「ああ、それじゃあ行こうか」
(エミールぅ……袖をつかむのは反則だぞぉ……)
再び致命傷を負いながら、ヴィクターはエミールに引っ張られるがまま、エントランスホールへと向かっていった。




