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-第一話- 【王立グリモワール・アカデミア魔法学園】

-序-


――これは、双星のように寄り添う兄弟の物語

片や、氷のように冷たくも、弟を誰よりも愛する兄。

片や、傷つきながらも光を抱いたまま、兄を信じる弟。


――その名は、ヴィクター・アレンフォードとエミール・アレンフォード。


精霊の加護が息づく王国で、二つの星の運命が今回り始める。

「お爺様、お話があります」

「発言を許可する」


ローゼンバウム伯爵家。

居候の身であるヴィクター・アレンフォードはこの家の主であるローゼンバウム伯爵に面と向かっていた。


「グリモワール・アカデミア魔法学園に入学を希望しています」

「ふん、そうか」


その反応に、ヴィクターは面食らった。

いつもであれば、「そんな贅沢、貴様らに許すと思うか」と手を挙げられていたことだろう。

しかし伯爵は立ち上がると、どこぞより札束を取り出し、ヴィクターの首根っこを掴んだ。


グリモワール・アカデミア魔法学園は14歳から入学できる。

ヴィクターはダメで元々、伯爵に言ったのだったが、伯爵の行動は違った。


首根っこを掴まれたまま玄関に行くと、勢いよく家の扉を開けた伯爵は、雪の積もる玄関先にヴィクターを放り出し、握った札束を乱暴に放り投げた。

ハラハラと舞う紙幣に、ヴィクターはただただ目を丸くする。


「ついでに弟も連れて行け」

「え、わっ!」


いつも兄の後ろに隠れていた弟、エミール・アレンフォードが続いてヴィクターの上に放り出される。


「いや、待ってくださいお爺様! エミールはまだ11歳で魔法学園に入学できる年齢では……」


2人の目を見るなり、忌々しそうに伯爵は2人を見据えて言った。


「忌々しいアレンフォードの血統め。貴様らのその金色の目が気に食わん。手切れ金だと思って入学費用だけは工面してやるが、あとは自分たちで何とかしろ」


そう言うと、伯爵は寒空の中に幼い兄弟を残し、バタンと扉を閉めた。


ヴィクターは弟をかばいながら、なるべく雪がかからないようにして、伯爵にばら撒かれた紙幣を集める。

雪で湿っていたものもあった。


「ヴィクター兄様……」


不安そうに見つめるエミールに、ヴィクターは集め終わった紙幣をポケットに捩じ込むと、


「大丈夫だ、エミール。兄様が守ってやるから」


そう言って優しく弟の肩を抱き寄せた。

そしてローゼンバウム家の門をくぐり、この意地悪な親戚の家の敷地を出たところで、ヴィクターは小さく唱えた。


「温もりよ、訪れよ――せめてエミールだけにでも」

「……ヴィクター兄様、あったかい」


初級中の初級の魔法であるが、今この状況で弟と自分を守るには十分過ぎる魔法だった。

そうして雪道の中、二人はグリモワール・アカデミア魔法学園へと足を運んだ。




――それから3年の月日が流れた。


「ヴィクター、この書類も頼む」

「俺の仕事が増えるばかりでお前の仕事が減ってるのはどういうことだ」

「頼むよ〜、俺がやるよりお前がやった方が早いんだから、ね? ね?」

「ね? じゃねえよダブり」

「ダブりって言うなぁ!」


グリモワール・アカデミア生徒会室。

入学してからというもの、ヴィクターはその魔法の才を認められ、特待生としての待遇を受けていた。

さらには生徒会に所属し、その手腕を如何なく発揮していた。


――そしてこのダブり……と言われた者こそがこの学園の生徒会長にして、このセレスト王国の第二王子、クレール・セレストだった。

彼の軽い調子にいつもヴィクターは振り回されていたが、それもいつものことだった。


「バカ殿下、生徒会室はお喋りをする場ではありませんよ」


凛とした声が響く。

生徒会の紅一点、書紀のクラリス・レクスフォードだった。

彼女の持つ『固有魔法』は『記録レコード』といったもので、自分が見聞きしたものは全て記憶してしまうという『常時発動型』という非常に珍しい魔法だった。


「私の記録によれば……本日の殿下の仕事は、お茶を飲んでお喋りをしているだけですね。それで留年して生徒会長2年目……」

「クラリスちゃんその辺でぇ……」


クレールの情けない声が響く。


そんな様子をクスクスと窓際で優雅に見守っていたのは、これまた生徒会に属しているセシル・ド・ベルフォールだった。


公爵家に生まれながらも末っ子長男、2人の姉たちに散々可愛がられたセシルはいつの間にか女性言葉が自然と身に付いてしまい、それを異常と思う者もすでにいなかった。


「ほんっと、殿下ってばクラリスちゃんには弱いわよねえ」

「そうおっしゃるセシル先輩こそ、今日はずっとそうして窓際で座っていらっしゃるだけでは?」

「あぁら、これでもアタシは生徒たちの下校を見守っているのよぉ」


のらりくらりとかわすセシルに、クラリスはため息を吐きながらメガネを上げ下げした。


「あらっ、弟クン」

「なにっ?!」


セシルの一言で、ヴィクターが自席を立ち上がった。


「ああ、エミール……今日も可愛いな……」

「はあ……ヴィクター先輩もこれさえなければ……」

「仕方ないじゃない。ヴィクたんにとって、弟クンは唯一の肉親だもの。海よりも深ぁい愛情で見守っているのよ」

「その通りだ」


すかした顔で言いながらも、ヴィクターの頭の中では(俺の弟が可愛い。歩いてる。てくてく歩いてる。可愛い……可愛過ぎる……)とずっとリピートしていた。


「ん、あの、ヴィクターくん? キミの手が止まると俺の仕事がなぜかどんどん増えていくんだけど?」

「本来殿下がする仕事を戻しているだけです。……あ、失礼しました。バカ殿下」

「クラリスちゃぁん!」


ヴィクターが弟の下校を窓に張り付いて見守る中、クラリスはヴィクターに押し付けられた仕事を淡々と本来のやるべきクレールに戻していっていた。


なぜクラリスがここまで強気に出られるかというのかというのも、クラリスの父は現王オルフェウスの無二の親友である文官レクスフォード卿と旧知の仲なのだ。

クラリス自身も名門レクスフォード侯爵家の令嬢であり、ともすれば王族に引けを取らない。

さらに言えばクレールとは年齢は違えども幼馴染のため、ここまで冷徹に塩対応出来てしまうのだ。

――もちろん、彼女自身の性格であるところも強いが。



――セレスト王国。

精霊の加護を受けたこの王国の歴史は長く、貴族や、一部の平民が魔法を使えることが出来た。

そして、14歳になると皆この王立グリモワール・アカデミア魔法学園に入学することが義務付けられていた。

ヴィクターの弟エミールも、つい先日14歳となり、無事にグリモワール・アカデミアに入学することが出来たのだ。


「よし、弟が待っている。さっさと仕事を片付けてしまおう」


ヴィクターは席に座り直すと、『自分の分の書類仕事だけ』をさっさと片付け、「では帰る」といって生徒会室を後にした。


「ヴィクターあぁぁぁ助けてってばぁぁぁ!!」

「バカ殿下は早くヴィクター先輩を見習ってください。終わるまで監視いたしますから」

「ひいいいいい」


その様子をセシルは面白そうに眺めながらクスクスと笑っていた。



――さて、生徒会室を後にしたヴィクターだったが、廊下には女生徒たちが束になって彼を待っているようだった。


「あっ、あの、ヴィクター先輩、これ、あの、差し入れ、ですっ!」


差し出されたのはおそらく菓子だろう。

しかしヴィクターは一瞥もくれず、その場を早足で去っていってしまった。

彼に彼女らの言葉は届かなかった。

なぜならヴィクターの頭の中には「早く寮に戻ってエミールを可愛がる」しかなかったからである。


そんなヴィクターにすら、女子生徒たちは「ヴィクター先輩……クールで素敵……」とため息を漏らすのだった。


さらりと風になびく美しい銀色の髪に、アレンフォード家の血統であることを示す金色の瞳。

178cmの長身にがっしりとした体躯。

立ち振舞いは王子クレールをも凌ぐほどに凛として美しいものだった。

さらには、心の内をほとんど表に出さず、表情もあまり変わらない、さらには氷の魔法を固有魔法としているため、周囲からは『氷の貴公子』と呼称されていた。


学園長の計らいで、ヴィクターはエミールと寮で相部屋だった。

寮の部屋のドアを開けると、先に下校していたエミールが私服に着替え、愛らしく「お仕事お疲れ様! ヴィクター兄様!」とまばゆいばかりの笑顔を見せてくれた。


(ン゛゙ッ……俺の弟……可愛過ぎないか……)


「ああ、ただいまエミール」


心の中とは裏腹に、ヴィクターの表情筋は死んでいた。

いや、表情筋が死んでいたと言うよりは、そうでもしないと、とんでもなくとろけきった情けないにも程がある顔になってしまいそうで、ヴィクターはエミールが思う「カッコいい兄様像」を頑なに守っていたのだ。


14歳の頃にローゼンバウム家を放り出されたことも、今では感謝してるほどだった。



その幼い2人が何とか学園の門の前にたどり着いたときにはすでに深夜となっていたが、2人の訪れと共にその重い門が開いたのだ。

まるで2人を招き入れるかのように。

そのまま歩みを進めていくと、案内するように照明ランタンが灯っていき、たどり着いた先で待っていたのは、この学園の学園長を務めるマルグリット・エヴァラードだった。


「あなた達が来ることはわかっていましたよ」


マルグリットが優しい声で言う。

だがその姿は、足首まである長い銀髪に黒のドレス。さらには黒い布で目隠しをしているというどこか人間離れした異様な美しさがあり、また妙な威圧感があった。


「あの……」


一瞬怖気づいたヴィクターだったが、マルグリットに祖父から渡された紙束を差し出し、「この学園に入学させてください!」と頼み込んだ。


マルグリットはクスクスと笑うと、その黒の目隠しをするりと外した。

すると現れたのは、まるでアメジストのような鮮やかで妖艶な紫色の瞳だった。


「ヴィクター・アレンフォードに、エミール・アレンフォード」

「どうして俺たちの名を……?」

「あら、失礼。わたくしの目は全てを『視る』事が出来るのです。ヴィクター、あなた、随分と魔力の研鑽をしてらしたのね。第一学年で習う魔法はすべて習得済み、といったところかしら」


全てを見透かすマルグリットに、ヴィクターは息を呑む。


「それにエミール・アレンフォード……あなたは……」


訝しげにマルグリットは首を傾げた。


「あなたのような魔力の『色』は視たことがないわ」

「いろ……?」


ヴィクターの後ろに隠れていたエミールだったが、不思議そうにマルグリットを覗き込む。


「わたくしには魔力の『色』が視えるのです。ヴィクター、あなたは氷の固有魔法を持っていますね? 氷魔法特有のアイスブルーが視えます」

「え……はい」


的確なマルグリットの言葉に、ヴィクターは恐れすら抱いた。


「アレンフォード……アレンフォード子爵の忘れ形見ね。彼らもわたくしの教え子でした」

「父様の?!」

「平民を救うために魔法を使っている最中の事故で夫婦揃って亡くなってしまったこと、とても残念に思っています。でも、こんなに素敵な子供たちが残っていたことを精霊たちに感謝いたします」

「っ……はぁ」


本当に『全て』を見透かすマルグリットを多少恐れながらも、ヴィクターは次第に敬意のようなものを抱いている自分に気が付いた。


「入学金は要らなくてよ。2人の当面の生活費にお使いなさい。寮の部屋も用意しましょう。兄弟2人の部屋が安心出来るわよね?」


小さい子供――当時11歳だったエミール――に話すように、マルグリットは微笑んで言った。


「いいんですか? その、入学金は……」

「あなたが相当な研鑽を積んできたこと、魔力制御が14歳にしては異常に高いこと、またすでに固有魔法を使用出来ることを鑑みるに、特待生として入学を許可します。学費は全免除です」

「か、寛大な措置に感謝いたします」


ヴィクターが恭しくお辞儀をすると、後ろに隠れていたエミールも兄を真似してぺこり、と頭を下げた。


「ふふ、将来が楽しみね……」


これが、ヴィクターとエミールが学園に『保護』された経緯だった。


「ねー、ヴィクター兄様聞いてる?」

「ん、ああ。悪い。何の話だったか」


ふと思い出に耽っていると、拗ねたようにエミールがヴィクターを呼びかける。


(うん。可愛い。文句無し)


「だから……あの、ね? その……僕、ワンドより魔法石を使った方が魔法は使いやすいかなって……でも魔法石って高価じゃない? だから……どうしようかなっ――」

「兄様が買ってやるぞ?」

「えっ?」


エミールが言い終わるか終わらないうちにヴィクターがサラリと返した。

特待生という身分から、学費を払うどころか定期的に生活費が振り込まれる。

そのため、2人は生活に苦労することがなかったのだ。


この世界の魔法には様々な使い方がある。

最もポピュラーなものがワンドを媒体とした魔法。

グリモワール・アカデミアへ入学したものにまず最初に全員に配られるものだ。

しかし中には、『魔法石』と呼ばれる特殊な魔力を帯びた鉱石を媒体として使った方が魔法を使いやすいという者もいた。

また、媒体など必要なしに手からそのまま魔法を放つ事が出来る者もいたし、マルグリット学園長のように、『常時開放型』の魔法使いも稀に見られた。

先に言ったように、クラリスの『記録レコード』も、常時開放型の魔法だ。


常時開放型の魔法使いは基本その魔力を垂れ流し状態となってしまっているため、例えばマルグリット学園長であれば目隠しをして必要以上に『視て』しまわないように、クラリスであれば『感情的にならないように』して、その力を制御する必要があった。


「学園長先生が言った、僕の視たことのない魔力の色……まだ固有魔法がわからない僕にどんな可能性があるのか、試したいんだ」

「……そういうことなら、兄様は全力で応援するぞ」

「……でも魔法石は……」

「心配するな。明日にでも一緒に選びに行こう」

「本当にいいの?」

「当たり前だろ」


(俺の可愛いエミール。お前が欲するというなら王位継承権だって何とかしてやろう。世界が欲しいと言うなら世界だって与えてやろう)


ヴィクターの弟愛ブラコンっぷりは、学園――いや、この王国内で見ても異常なほどだった。


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