ep12 第1章後日談(?)
フロア1のボスを倒し、次のフロアへの扉が開かれた俺たちは、足を踏み入れるその先に広がる景色に思わず息を呑んだ。
目の前に広がるのは、清らかな風とどこまでも続く青空、そしてその中に佇む美しい町だった。
「……綺麗」
麗華がぽつりと呟く。
その言葉に、俺も静かに頷いた。フロア1もゲーム中だとは思えないほど十分美しい場所だった。緑の草原が広がり、澄んだ空気に包まれた世界――だが、それでも、このフロア2が持つ壮大な景色には敵わない。
目の前には「オルフェリア」と呼ばれる町が広がっている。高原地帯の澄んだ空気の中に、木造の家々が整然と並び、石畳の道が町の中心へ向かって広がっている。家々の屋根には色とりどりの花が咲き誇り、風が吹くたびにその花の香りが漂ってきた。
町を流れる川にはいくつもの小さな橋が架けられており、その川の水は驚くほど透明で、橋の上から覗き込むと魚が泳ぐ姿まで見える。川の先には壮大な滝があり、昼間は日光を受けて虹が浮かび、まるで夢の中の景色のようだ。
「ここが……フロア2か」
俺はその幻想的な光景を見つめながら呟いた。
「あのフロア1の草原も美しかったけど、ここはそれ以上ね」
麗華が滝の方を眺めながら言う。
少し歩き進めると、町の高い位置から広がる雲海が見渡せる場所にたどり着いた。その景色は圧巻だった。空と大地の境界が薄く霞むような雲海の広がりに、俺はしばらく目を奪われていた。
遠くから聞こえる滝の音がどこか心を落ち着け、町全体が静かな癒しを与えてくれる。
「本当に……ここがゲームの中だなんて信じられないくらい綺麗ね」
麗華の目がきらきらと輝いていた。
彼女のその様子を見ていると、俺も自然と口元が緩む。あの日、フロア1で海里と桜を失い、ずっと心に重いものを抱えていた。だが、この場所に来て、少しだけ肩の力が抜けた気がする。
「とりあえず、この町で情報を集めるのが先だな。どんな敵がいるのか、どんな冒険が待ってるのかも全然わからないしな」
「ええ。準備を整えるのが最優先ね」
俺たちは町の中心に向かって歩き始めた。石畳の道を進みながら、時折通り過ぎるNPCがこちらに軽く会釈をする。NPCたちもどこか穏やかな雰囲気を纏い、この町の優雅さを象徴しているようだった。
道中、川沿いの橋の上で俺たちは一度足を止めた。橋の下を透き通った水が流れ、時折飛び跳ねる魚が水面を揺らしている。
「……何だか、ここにいると焦る気持ちが薄れるわね」
麗華が橋の手すりに手を置き、川を見下ろしながら言った。
「フロア1は確かに綺麗だったけど、常に戦いのことを考えなきゃいけなかったから、少しも落ち着けなかったわ」
「わかるよ。俺もずっと気を張り詰めっぱなしだったからな。こういう場所で少しだけ気を緩めるのも悪くないかもな」
俺は川を見ながら軽く息を吐く。この町に来たことで、ほんの少しだけゲームの過酷さを忘れられる気がした。
「でも、忘れちゃいけないわ」
麗華が俺を見上げながら言った。
「ここはただの通過点。私たちは……このゲームを終わらせなきゃいけないのよ」
「ああ、わかってる」
俺はその言葉に頷いた。
「でもせめて、今はこの景色を楽しませてくれよ。少しでもリラックスしておかないと、次に進む力も出ないだろ?」
麗華は小さく微笑んだ。
「そうね。次の戦いに備えるのも、こういう時間があってこそだもの」
俺たちは橋を渡り、オルフェリアの中心部へと向かっていた。町の石畳の道を歩きながら、俺はちらりと隣を歩く麗華を見た。彼女は先ほどから周囲の景色を眺めながら、小さな感嘆の声を漏らしている。
「この町、本当に素敵ね。あの家の屋根、花でいっぱいよ」
麗華が指差した先には、色とりどりの花で飾られた木造の家が見える。その温かみのある雰囲気に、俺も思わず微笑んだ。
「確かにな。フロア1も悪くなかったけど、ここは……なんていうか、住んでみたくなるような町だよな」
「住む、ね……」
麗華が少し考え込むように呟く。
「どうかしたか?」
俺が尋ねると、彼女は少しだけ首を傾けた。
「……この場所が現実の世界だったら、なんて思っただけよ。こんなに綺麗な場所で暮らせたら、どんなに幸せかしらって」
その言葉に、俺はふと立ち止まった。確かに、こうして景色を眺めていると、ここがゲームの中だということを忘れそうになる。
だが、それでも――。
「でも……これはゲームなんだよな」
俺は思わず呟いていた。
「どれだけ綺麗でも、ここは俺たちが本当に帰れる場所じゃない」
麗華は静かに頷いた。
「ええ、そうよね。でも……だからこそ、私はこの景色が少しだけ愛おしく感じるの」
「愛おしい、か」
「だって、これもまた私たちが生きている間に見られるものだもの。現実じゃなくても、この瞬間だけは本物よ」
麗華のその言葉に、俺は何も言えなかった。彼女の言う通りだ。この景色も、俺たちが今ここにいることも、紛れもない現実なのだ。
やがて町の中央広場にたどり着くと、そこには大きな噴水があり、水がきらきらと輝いていた。
「少し休憩しようぜ」
俺は噴水の縁に腰を下ろし、隣に麗華も座った。
しばらく静かに水の音を聞いていると、ふと麗華が口を開いた。
「……ねえ、陽翔」
「ん?」
「前のフロアでは、ずっと一緒に戦ってきたけど……どうして私と組もうと思ったの?」
その質問に、俺は少しだけ戸惑った。どうして――と改めて聞かれると、なんて答えたらいいかわからない。
「どうして、って言われてもな……。お前が一緒にいてくれると、なんていうか……安心できるんだよ」
「安心?」
麗華が少し驚いたように目を丸くする。
「ああ。俺一人じゃ、たぶんここまで来れなかった。フロア1のボスだって、お前がいたから倒せたんだ。だから……お前といるのが自然だと思ったんだよ」
麗華はしばらく俺の顔を見つめていたが、やがて小さく微笑んだ。
「そう……ありがとう」
その笑顔に、俺は何か言葉を返そうとしたが、うまく言葉が出てこない。ただ、胸の奥が少しだけ温かくなった。
噴水を眺めながら、俺は少し迷っていた。だが、このタイミングを逃したら、きっと言えなくなる。だから――。
「なあ、麗華」
「なに?」
彼女がこちらを向く。
「正式に……パーティーを組まないか?」
その言葉を口にした瞬間、顔が熱くなるのがわかった。自分でも何をそんなに緊張しているのか――ただ、どうしても真剣に伝えたかった。
「今まではなんとなく一緒に動いてきたけどさ。これからは、ちゃんとしたパーティーとして一緒に進もうぜ」
麗華は一瞬驚いたようだったが、すぐに頬を赤く染めながら視線を逸らした。
「……急に、どうしたの?」
「いや、ほら、次のフロアはもっと厳しい戦いになるかもしれないだろ?だから、お互いにもっと頼れる関係になった方がいいと思ってさ」
麗華は少し考え込むように俯いていたが、やがて小さく頷いた。
「……わかったわ。よろしくね、陽翔」
「お、おう。よろしくな!」
その返事を聞いて、思わず胸を撫で下ろした。だが、次の瞬間、麗華が俺の顔をじっと見つめてきた。
「でも……それなら、もっとしっかり私を守ってよね?」
その言葉に含まれる軽いからかいに、俺は思わず苦笑した。
「まかせとけって。お前のことはちゃんと守るよ」
「ふふ、期待してるわ」
麗華が少しだけ楽しそうに笑う。その笑顔を見て、俺も自然と口元が緩んだ。




