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三話

『大輪転暦』三百八十六年 三月某日。


 福岡県福岡市博タ区にある、おんぼろ共同住宅。


 そこの一〇三号室の住人である探窟家、椎葉高嶺の朝は早い。

 

 夜も明けきらぬ早朝に起床すると着替えを済ませ、しっかりと柔軟体操をした後に街を走る。

 最初はゆっくり。徐々に速度を上げていく。

 福岡の街を二時間みっちりと駆け回るのである。

 

 霊石灯(れいせきとう)に照らされる道。

 高嶺が走る視界には三階建てより高い建物は無い。

 人気のない建物も多く、いくつかは草木にのみ込まれている。

 大輪転以前の人類の業と罪。

 その爪痕。

 荒廃とまではいかないだろうが何処か閑散とした街並み。


 けれど高嶺は朝の静謐(せいひつ)なる街の凛と透った空気。そして瞬く星が霞み、藍から青へと徐々に空が(しら)むこの時間が大好きであった。

 

 六年以上ほぼ欠かさずに続く日課である。



 走り終わり、手早く朝食を食べると、前夜に整備した装備類を麻袋に入れて仕事に向かう。


 向かう先は天神区だ。

 目的は高嶺の眼前に威風堂々とそびえ立つ施設。

 福岡県どころか仇州内に存在する建物の中で最も巨大。堅牢にして頑強。何より最先端の『奇械(きかい)』と人と情報が集まる場所。


 それこそは、『福岡県探窟家協同組合本部』である。


 

 朝から沢山の探窟家で賑わい二十四時間休み無く営業している、福岡県探窟家協同組合本部は、一般には略して『探協』や『福探』と呼ばれている。



 探協内は奇械にて常に一定の温度に調整され塵ひとつ無い。


(やっぱり大っきいなぁ〜)


 通って一年になるが、高嶺はいつ来ても圧倒され、少々気後れしてしまう。


 とにかく広大な建物である。階は二十以上。ひとつひとつの階では端から端はまるで見えない。


 

 実際高嶺は建物内に何処に何の施設があるのか詳しくは把握していない。

 毎回利用するのは、限られた範囲の施設や設備ばかりだ。


 さて、先ず最初に向かう施設は『武器防具更衣室』である。

 使用するのは年間契約可能な有料の高級個室……では無く、無料の男性用共同更衣室になる。


 広い部屋にはいくつもの長椅子が整然と並び男性探窟家達が着替えをしている。


 緊張とまだ見ぬ稼ぎへの期待を胸に、これから探窟に向かう者。

 疲労の中に充実した表情を浮かべ、稼ぎの使い道を考える探窟から戻りし者。


 彼らの迸る熱気にて、本来であれば一定の気温、湿度に保たれているはずの室内も、蒸気風呂の様に蒸し返している。

 逞しく、むくつけき探窟家達に混ざり、着替えを済ます。衣服を着替え、防具を装着し、武器を携帯する。

 高嶺も彼等と同じく、昨晩整備し磨かれた鈍く光沢のある装備品を身に着けていく。


(よし!着替えは完了!頑張るぞ!)


 着替えが済むと、気持ちが切り替わり何処か気合が入るのだ。



 次に向かうは『総合物品管理窓口』である。

 ここでは正規の探窟家を証明する、腕輪型の『探窟家組合員証」を提示する事で、無料で荷物を預かってもらう事ができる。

 その他に、様々な物品を借りることができる。


「おまたせいたしました。組合員証をこちらにお願いいたします。…………確認いたしました。おはようございます。椎葉高嶺様。本日はどの様なご要件でしょうか?」


 窓口の女性職員に促され、腕輪の組合員証を奇械にかざす。

 職員との何時ものやり取りである。


「荷物の預かりをお願いします。あと肩掛け式で初級の短期物資を一式お願いします!あっ!甲種です!」

 「かしこまりました。お荷物を預からせて頂きます。それではこちらが短期初級用物資肩掛け型背嚢甲種になります」


 女性職員が長い名称を淀みなく言い、受付台の下から目もくれずに取り出した背嚢を受け取る。


「物資貸出ご利用に関してのご説明いたしましょうか?」

「い、 いえ。大丈夫です。ありがとうございました!」


 背嚢内には各種回復薬や緊急時の飲料水、携帯食料が入っている。

 初級、中級、上級と級が上がる事に、中身がより高価で高性能な物資になっていき、短、中、長期で、内容量が替わるる。探窟家として新人の高嶺は初級の物資と、基本日帰りなので短期用の内容量で選んでいる。

 また、甲種であれば、標準的な内容。乙種であれば、毒や麻痺など状態異常への対抗装備が多く、丙種であれば、力や体力への強化薬が主になってくる。


 ちなみにこれらは探窟から戻った際に使用した分のみを支払う仕組みとなっているのである。


「さてっと」


 準備万端、気合十分。

 いよいよ探窟家業の開始――とその前にひとつ。



 最後の最後に寄るのは『購買所』である。

 施設内には幾つかの購買所が存在するが、高嶺はお気に入りの購買所『鬼のにぎりめし』を毎回利用する。

「おはようございます!これをお願いします」

「あら、高嶺くん。おはよう。今日も頑張ってね」


 昼食用に日替わりにぎりめしと、自宅から持ってきた水筒二本分の特別製柑橘水を購入する。何時も元気な店員のおばさまとも既に顔馴染みである。

 

 これにて準備は完了となる。



 購買所を出ると、高嶺は人の流れに合わせて進む。

 慣れ親しんだ通路を歩いていくと先に外に続く巨大な出口が見えてきた。

 出口の前には改札の奇械が並び、探窟家達が組合員証をかざして通過していく。

 高嶺も同じように決まった改札を通過して出口から外にでる。



 空を見上げる。


 天気は快晴、色は浅縹あさはなだ


 視線を降ろす。


 遙か先、小さく建造物が見えた。


 高嶺は歩く。徐々に建造物が大きくなる。


 気がつけば、握る手には力が入り、額には一筋の汗が流れる。


 緊張するのはこれから始まる闘いへの興奮か恐れか、はたまた、近づく()()が影響か。



 異様で異彩。


 闇より深い漆黒。


 異常な特異点。

 

 見上げる程に巨大なそれは門。


 『大祓大門(おおはらえだいもん) 天津罪国津罪(あまつつみくにつつみ)



 高嶺の職場である。



今日のあすたん辞典

※霊石灯  霊石を使用し明かりを灯す街灯。


※博タ区 閑散としている。現代博多区より範囲は狭い。


※天神区 人やお店が集まっている。福岡の中心。現代福岡市の天神よりも範囲は広い。


※窓口の女性職員  年齢は25歳。黒髪ショートカットのクール系の美人さん。結構歳の離れた男性と遠距離恋愛中。現代でいう博多ラーメンが好き。最初はバリカタ。替え玉はかためで頼む。


※鬼のにぎりめし  にぎりめしは大野城妙子作。日替わりにぎりめしは百八十圓。各種惣菜も置いている。今はふきのとうとこんにゃくの甘辛煮が人気。



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