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一話

頑張る稚女系少年の物語をお楽しみ頂ければ幸いです。



 地球は既に限界を迎え、生命が住めない死の星になろうしていました。


 収まらぬ自然の破壊。

 絞り尽くされる資源。

 汚染された大地に空と海。


 これら破滅へと向かう愚かしき行為は、とても哀しいことですが、その身の内に生み育んだ人類という愛しき子供の手によって引き起こされたものでした。


 また、人類自身も繰り返される世界中を巻き込んだ五度の大戦によって、築き上げた文明と社会は崩壊し絶滅の危機に瀕していたのです。


 けれど諦めることなく足掻きました。


 人類が――ではありません。


 母なる地球が諦めなかったのです。


 地球は宇宙に向って求めました。叫び、訴え、切望しました。


 どれほどの奇跡的な確率でしょうか。

 そんな悲壮な意思を受け取った存在がいたのです。


 遥か彼方、もしくは薄膜隔てた隣合う宇宙。

 それは()なる次元の高位存在。

 異界の超越者にして名無き異神。


 地球は願います。


 我が身の内で苦しむ数多の生命を助けて欲しいと。


 そこにはなんと人類も含まれていました。


 地球という母の愛心(あいしん)は破滅を運ぶ人類をも当然の如く包み込むのです。


 感銘を受けた外なる次元の高位存在、或いは名無き異神は地球の想いを叶えるべく、地球を巨大な触手で丸ごと包み込みました。


 そして七日後。


 触手を優しく解いた後には、生まれ変わった新たな地球が姿を現しました。


 これまでと常識も法則も何もかもが違う、「大いなる輪廻転生」を果たした新世界です。


 そして人類はその日の「大いなる輪廻転生」を『大輪転(だいりんてん)』と呼び、過ちを再び犯さない為の教訓とするのでした。


【新訂 小学五年生 楽しい歴史より冒頭抜粋】








 くるくるりと踊るように舞うように、薄闇に沈むは二つの影法師。


 ふらふらりと入れ替わり立ち替わり、蒼光(そうこう)に浮かぶは二つの糸人形。


 舞台はまるで殺風景な岩窟で。


 照明は如何(いか)にも儚げな蒼水晶(あおすいしょう)と。


 音響は正しく荒い呼吸と唸り声に。

 

 入場券は売り切れ御礼で無観客の。


 演目は人と人外の命を掛けた泥仕合。

 




 空気を裂くように振るわれた歪で鋭い爪を、左手の小盾で逸らし、右手の小剣で斬りつける。


 暗紫色(あんししょく)の血飛沫が空を舞い、塵となり消えてゆく。

 

 交差した二つの影の距離が空く。


 椎葉 高嶺(しいば たかみね)は痺れを堪えた左腕で小盾を構え、疲労で震える右手の小剣を握り直した。


 歳は15歳で既に成人している。

 特徴的なくせっ毛で長めのふわふわとした黒髪は、砂と土と汗で固まり、普段ならば優しく濡羽色(ぬればいろ)した黒い瞳は、今は鋭く少し充血したままに注意深く前を睨む。


 無駄な脂肪もなく、鍛え、(しな)やかに引き締められた闘う者の肉体をしているが、骨格はまだ年相応の域をでず、小柄な体躯に、元々の童顔と女性的な容貌と相まり、人からはかなり幼く見られる。


 そんな高嶺の眼前には、異形がひとつ。


 高嶺を睨む、らんらんと狂気に満ちた赤い瞳。

 (おぞ)ましい歯が並ぶ口腔内は腐臭漂う唾液で濡れている。


 明らかに、人類とは異なる姿。それは敵意と憎悪に塗れた人類の敵対者。


 魔物に化物、妖怪変化に魑魅魍魎と様々な呼び名はあれど、それらを(まと)めて人は『禍畏異(かいい)』呼ぶ。



 餓鬼(がき)と呼ばれるその禍畏異は耳まで裂けた口を大きく三日月形に広げ耳障りな声で笑っている。 


 長い戦闘の結果、餓鬼の暗い鈍色(にびいろ)の身体は既に傷だらけであるが、まだ致命傷と呼べる程ではなく、流れる暗紫色の血を気にした様子もない。


 

 対する高嶺には目立った怪我はないが疲労の色が濃い。


 姿勢を低く、左肩を前面に。口から首元を覆うように小盾を構え、小剣は身体の線に隠し、呼吸を整える。


 額から頬を伝い、顎先で雫となった汗が地面を濡らす。


 じりじりとお互いに距離を詰める。


 少しの動きも見逃さないとばかりに高嶺は餓鬼の挙動に集中していく。


 一瞬の静寂。


 笑い声とも唸り声ともつかない雄叫びと共に餓鬼が硬い岩盤の地面を蹴った。


 乾いた土が僅かに舞う。


 高嶺よりも更に低い幼子程の身長であるが、その体躯には不釣り合いなほどに細く長い腕を振り上げる。歪ながらも鋭い爪が、高嶺を襲う。


(落ち着いて。冷静に)


 間合いを測り、振り下ろされた右手の一撃目は危なげなく躱す。横薙ぎ左手の二撃目は盾で押し出すように弾く。


(重たい!けど――)


 攻撃を押し返された餓鬼は、仰け反り態勢を崩した。


(ここだ!!)


  好機である。

 がら空きになったのは、異様に醜く膨らんている腹部。それは餓鬼の特徴であり、弱点だ。

 既に何度か斬りつけた傷口に合わせて小剣を突く。


(硬い。けど……行ける!)


 一瞬刃先に重い抵抗があるが、身体全体で押し込むように体重を乗せると、肉厚な刃は根元近くまで突き刺さる。

 高嶺は勢いそのままに最後の力を振り絞り、小剣で餓鬼の腹を何とか切り裂いた。



 断末魔の声も無く、塵となり崩れ消える餓鬼。

 そして餓鬼の消えた場所には小さな黄土色の結晶と灰色の爪がひとつ落ちていた。


 大きく肩を揺らす荒い呼吸をどうにか整える。

 けれどすぐに構えは解かない。

 残心。

 戦闘終了直後の周囲への警戒は怠らないのは既に癖になっている。


 身体中を伝う汗にうんざりしながら、安全を確認して、一時間に及ぶ長く厳しい死闘の末の戦利品をどうにかこうにか拾い得る事ができた。






「それでは、微十五等級の霊石が四、餓鬼の爪が二。合計で二千八百(えん)となります。全て換金でよろしいでしょうか」

「……はい。お願いします」


 高嶺は飾り気のない椅子に座っていた。

 目の前には受付台があり、左右は薄い壁で仕切られている。


 周囲を見渡せば、全く同じ薄い壁で区切られた、いくつもの受付台が一列に整然と並び、高嶺と同じように多くの人々が座っている。

 

 彼ら彼女らは、時に目を輝かせ、時に溢れる笑顔を隠し、そして時時に悲しみと絶望に肩を落とすのであった。


「かしこまりました。こちら明細書と換金額の二千八百圓となりますのでご確認下さい。それでは、またのご利用お待ちしております」


 高嶺の前方。

 いくつもの小さな穴が空いた強化硝子の向こう側に座り対応するのは、一部の隙もない笑顔と笑声が素敵な美人女性組合職員。


「……はい。ありがとうございます」

「ご利用ありがとう御座いました。…………お待たせいたしました。それではお次、番号百八十五番でお待ちのお客様、お席にどうぞ」


 淀みなく流れるような接客対応が素晴らしい。


 順番はあれよあれよと次の探窟家に。


 余韻もなく、結果はあっという間。高嶺は今日一日、七時間に及ぶ、激闘の報酬を力強く握りしめ……そして小さく肩を落としたのであった。







 

  

今日のあすたん辞典


※大いなる輪廻転生  別名、大輪転。または結婚


※蒼水晶  蒼く光り輝く水晶で、岩盤のあちらこちらから顔を覗かせ、周囲を照らす。岩盤から引き抜くと光らなくなるので注意。


※残心 武道などで技を掛け終えた後も、反撃に備え油断無く対応出来る様にする心構え


※美人女性組合職員  年齢26歳。明るいセミロングの素敵なお姉さん。趣味は自宅での水耕栽培。そして水耕栽培で育てた野菜を使った料理で芋焼酎を飲むのがマイブーム。休肝日は日、水曜日。


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