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御魂の森  作者: 長峰永地
7/13

七・畑いじり

「おーい、マチー。いるのかー」

 竹藪の脇、マチの家の前で、大声でわめき散らしている石割。森の入る前の腹ごしらえにと立ち寄ってみたものの、なかなかマチが出てこない。行動はゆったりとしている石割だが、気はそれほど長くないようだ。

「マチー、いないのかー。いないなら、返事しろー」

 昔からよく使われる理不尽な要求を、素でするあたり、石割は焦れているようだった。というより、苛立っている様子だ。

 原因はもちろん、マチに対してではなく、弥生に対してであるのだが。

「しかし、草薙の野郎、散花と二人きりだと…。何か間違えがあったらどうするつもりだ。あの刀を使って、散花を良いように…駄目だ、今から散花を助けに…」

 石割が、今にも飛び出して行きかけた、ちょうどその時、家の中から、顔を赤く染めたマチが出てくる。

「おう、マチ。急いで握り飯でも拵えてくれ。今から散花を助けるために…」

 石割の言葉を聞かず、マチは手に持っているお盆を思い切り石割の頭に叩きつけた。

 幸いにして、お盆は割れることなくマチの手の中に納まっているものの、いきなり鈍器で殴られた石割はたまったものではない。

「痛ぇな、何しやがるんだ」

 当然の石割の抗議を、マチは笑顔で無視し、質問をする。

「石割、いきなり人に尋ねられて、一番困ることってなんだと思う?」

 石割は、その場で首をかしげた。マチは笑顔のまま、再びお盆を振り上げる。

「それはね。厠に行ってて出られないのに、相手が騒ぎ続けてる時よ」

 遠慮なく降り注ぐお盆の乱打に、さすがの石割も悲鳴を上げる。

「痛っ。悪かったって。今度来るときは厠にいない事確認するから」

「石割、最低」

 墓穴…というより火に油を注ぐ結果になった石割は、先ほどより激しいお盆の滅多打ちを味わうことになった。

「石割はっ、なんでっ、気遣いが出来ないのっ。そんなだからっ、散花に振り向いてもらえないのよっ。」

 最後の一撃は、身体ごと一回転したお盆が、顎にまともに入り、石割はその場に崩れ落ちた。マチは肩で息をしながら身なりを整える。その時、懐にしまい、首から下げていた小さな巾着が目に入る。マチは柔らかく握ると、目を閉じると、祈るように胸に捧げた。

「まだ持ってたのか」

 石割は、巾着を捧げ持つマチを見ながら眉をひそめた。先ほどまでのふざけた様子はまるで無く、本当にマチの事を案じているような声色だった。

「大きなお世話」

 拗ねるように聞こえるマチの言葉に、石割は上体だけ起こしてため息を吐く。

「そうかもしれないけどよ。いくら待ってもやつはここには来ない。そうだとしたら、待つだけ無駄じゃないのか」

「そうだよ。ここには来ない。だから待っちゃいけない、なんて事はないでしょ」

 マチの表情こそ笑顔だったが、悲しみは痛いほど石割には伝わる。人の色恋に疎い石割ではあったが、知人の色恋なら話は別だった。

「…ま、俺がとやかく言う事じゃなかったな」

 そんな事を言いながら、その場を立ち去ろうとする石割。

「石割、握り飯は?今から作るけど」

「いらねぇ。今のマチに作ってもらうと、しょっぱくなりそうだから」

 石割は、そのまま竹藪に進んで行く。一人取り残されたマチは、巾着を握りしめながらつぶやいた。

「来ない事なんて、分かってるよ…。寂しいなんて気持ちすら、持っちゃ駄目なこともさ…」

 マチのこぼす涙を受け、巾着が滲んでいく。そのことを見ている人間は誰もいなかった。



 散花に道案内された弥生は、畑にいた。正確に言うと畑と畑の間にある、荒れ果てた土地だったが。目の前にある土地は雑草が伸び放題。それどころか土は堅く、大小多くの石が転がっており、作物を育てられる場所には到底見えなかった。

「さ、草薙。あんたの畑だ。ここを綺麗にするのがあんたの仕事」

「これは嫌がらせか何かか。周りの場所はあんなに綺麗なのに、なんでわざわざこんな荒れた場所を耕さなきゃならないんだよ」

 弥生の言葉に、散花は何やら納得したようにうなずいた。

「あんた、これまで大変な人生歩んできたんだね」

 いきなり脈絡のない感想を言われた弥生は、どう答えたらいいか分からず、首をかしげている。そんな弥生に、散花はしみじみと諭す。

「あんたも、そのうち分かるよ。この村に居れば嫌でも…ってどこ行くのさ」

 言葉の途中で帰ろうとする弥生を呼び止める。

「だから、村に居たくないんだっての。どうにか出る方法がわかるまで、家でのんびりしてるよ」

「食べ物もないのにどうやって過ごすんだい」

「ひと月くらい、ゆっくり過ごせる金は持ってる」

「それなら、結局ここに戻って来るねぇ」

 弥生はぴたりと足を止めた。散花は、言葉を続ける。

「この村じゃお金なんか欲しがる人間は誰もいない。物々交換で成り立ってるんでね。だから、自分の畑作らなきゃ、ひもじい思いをするだけだろうね」

 弥生は、くるりと振り向くと散花に詰め寄る。

「そんな冗談みたいなことがあるのか、今の時世に物々交換?」

 弥生の言葉に、散花はからからと笑う。

「今更この村でそんな事言いなさんな。常識が通用しない事なんて、もうわかってるだろう」

 弥生は、思い当たる節が有りすぎて、顔を引きつらせる。そんな中、目に映るのは自分に割り振られた土地と周りの土地との落差。

 見回すと花が咲いている畑、水を張った水田。薬草の生えた土地に、作物は植わっていないが、きちんと均してある畝など、様々だった。

 散花は畑を見回している弥生に追い打ちをかけるようにこう言った。

「森に入れるなら、話は別だけど…。あんた、確か森に入ると戻ってきちゃうんだよね」

 散花の言葉に、弥生は肩を震わせながら、がなり声を上げる。

「あー、もう。わかったよ。やりゃいいんだろ、やりゃ」

「初めから、そうしてればいいんだよ」

 弥生は言うが早い、荒れ地の整えにかかる。手近にあった石を投げ、草をむしる。土を触るのは後回しにして、とにかく、石ころと雑草を手際よく片づけていく。黙々と、淡々と。額の汗を拭い、引き抜いた草をまとめておく。ある程度雑草がたまったら今度は石をまとめる。

これだけ荒れているのであれば、焼いてしまった方が早い。その時、石ばかりあっては炎の勢いを弱めてしまう。なので、石を全部退けてから、先ほど集めた雑草を乾燥させ、火を放つ。今日中に形にする事は出来ないが、すぐにこの村から出る方法が見つかるわけでもないことは重々承知している。だとしたら、確実な方法を選んだ方がいい。

弥生が土地を均す手際の良さに舌を巻きながら、散花は声をかけた。

「ずいぶん手慣れてるじゃないか、そろそろ一休みしたらどうだい。ほれ、こっちに来な」

 散花は持っていた竹筒と、木の皮で包んだ握り飯を取り出すと、手招きをした。しかし弥生は、動かす手を止めることなく、散花に答えた。

「別にいいさ。それに持ち合わせがなくてね」

「良いんだよ。これはあたしの気持ち。あげる側が納得してるんだ、遠慮なく受け取りな」

 そう言うと、握り飯を一つ手に取り、弥生に向けて差し出す。弥生は散花の顔を見ると、手の汚れを服で拭い、握り飯を受け取る。そして、じっと見つめながら散花に問いかける。

「…嫌に気前が良いじゃないか。何か入ってるんじゃないのか」

 そう言うと、匂いを嗅いで露骨に疑ってかかる。そんな様子を見ると握り飯を奪った散花は、豪快にかぶりついた。

「これで安心かい。そうやって他人様を疑ってかかるのは良いけどさ、疲れないかい、そんな考え方」

 散花の指摘に、心が乱れるのを感じる弥生。「こんなのんびりした生き方してるやつらに何がわかる」喉元まで登ってきたが、口には出なかった。

「そうだな」

 軽く微笑みながら、散花の言葉にうなずく弥生。その反応に散花は目を白黒させた。今までのとげとげしい言動とはかけ離れていたためだった。

 弥生には黙っていたが、今弥生が均している土地、実は散花が用意したものではなく、昨晩突然現れた土地なのだ。

 土地だけじゃない。弥生が使っている家も、弥生がこの村に入った瞬間にいきなり現れたもので、それは、使う人間の心を表すものだった。

 畑を例にあげるなら、花畑は散花、水田はマチ。薬草畑が耳無で、畝のみの畑が石割の均した場所だった。育てている作物も、本人たちが決めたわけではない。それ以外の物が、その畑では育たないのだ。

 なので、弥生の畑を見た時、散花は納得していた。その土地の荒れ方が、本人の性格を物語ることを知っていたからだ。

 握り飯を食べると、弥生はすぐに畑に戻る。

「別にそんな急がなくて良いんじゃないの。もっとゆっくりしてもさ」

「土いじりをしてると昔を思い出して、気分がいいんだ」

 心の状態を表す畑、本人しか手入れが出来ないのだが、こんなにもすぐに効果が表れるとは、散花も考えてなかった。その様子をぼんやりと眺めていると、弥生の方から散花に話しかける。

「まだ、そこにいるのか」

「え?」

「監視、なんだろ。もう暴れるつもりないから、戻ってくれて構わないぞ」

 散花は弥生の言葉に、吹き出してしまう。そのことで弥生は気分を害したようで、また作業に戻る。ひとしきり笑ったところで、散花は弥生に詫びを入れた。

「ごめんごめん。でもそんな風に考えてるなんて可笑しくて」

「言ってろ。聞いていいか」

「なんだい、改まって」

 弥生は、手を止めると散花に向き直り、問いかける。

「この村…いや、違うな。ここは、村なのか」

 弥生の問いかけに、散花は目を細めた。

「どういう意味だい」

「どうもこうも、そのままの意味だよ。「力」の事は置いておくとして、ここに住んでる人間、何人だ…四人か」

 弥生は自分の会った人間を指折り数える。実際はマチもいるのだが、彼女を入れても、ここには五人しかいない。

「まして、標とか言ったか。あの餓鬼の親は?どう見てもあんたらの中には居そうにない」

 弥生の言葉を、散花は黙って聞いている。

「俺が出られないこともそうだ。なんて言うか、ここは、普通のところから切り離されている。そんな風に感じるんだが」

 弥生の言葉に、散花はあいまいにうなずくと答える。

「そうだね…。あんたがここに居れば嫌でもわかるさ。嫌でも、ね」

 その時の散花の顔は、隠し事をしている風ではなかった。それはとても言いにくいことを考えているような。もしくは散花自身も答えの知らない事を説明しようとしている風な、そんな感じだった。

 そして、弥生は覚悟していた「力」が飛んでこない事に安堵する。

「意外だな。こんなこと聞いたら無理矢理口を塞いでくると思ってた。例の「力」で」

 散花は、きょとんとした表情になる。まるで、弥生が何を言ったか理解していないように。数瞬考えるしぐさを見せると、納得したように手を打った。

「あぁ、そう言う事ね。使わないよ、あたし返り討ちにあいたくないもの」

「「力」の逆流…だっけか」

 散花の力は、相手の意思とそぐわない場合、「力」そのものが散花に返ってきてしまう。そんな説明を思い出しながら、指摘する。しかし散花は静かに首を横に振った。

「「力」とか、そんな話じゃなくてね。仮の話、あたしを仕留めようと思ったら、刀なんかいらない、そんな気がするんだけど」

 散花の言葉に、弥生は舌を巻く。別段隠そうと思っていたわけではないが、自分の力を見せびらかしたわけではない。石割との小競り合いだって、相手が圧倒的に弱かっただけの話だ。

 自分の実力を見抜かれた迂闊さからか、弥生は肯定も否定もせず、先ほどの行動を非難する。

「…そんな人間にかんざし突きたてるかね」

「どうせ、あの状態からでもなんてことはなかったんだろう。あたしから言わせれば、ここに、素直に付いてきている事が意外だよ」

「さぁな、なんでだろうな」

 これ以上、自分の内面を見透かされたくないからか、また作業に戻る弥生。事実、かんざしはおろか、小刀を突き付けられたところで何の影響もない。命に貰った「体を堅くする」事の効き目が、まだ続いているからだ。曲がりなりにも訓練を重ねていた人間の、急所を狙った一撃を受け、無傷だった弥生が、不意を突かれたとはいえ女の、しかもかんざしではいのちはおろか、かすり傷ひとつ弥生に負わせることなどできなかっただろう。

 そんな事を知らない散花は、弥生に向けて茶々を入れた。

「女も知らない子どもが、突っ張んないの」

 散花の言葉に、みるみる顔を赤く染める弥生。反射的に刀を抜こうと柄を引くも、刀は一本の棒のようにくっついており、無理に引き抜こうとした弥生の手を痺れさせるだけの結果になった。

「…何故、それを」

「なんだ、当たりなのかい。うぶだねぇ」

 弥生の反応に、散花はにやにやと笑っている。刀が抜けなくても、鞘で殴ることは出来る。そんな事を考えながら、無視を決めた。しかし、散花は、畑にいる弥生に後ろから近付くと、耳元に吐息交じりでこう言った。

「なんだったら、日が落ちてから相手をしてあげようか…?」

 背中に悪寒が走るのを感じる弥生は、散花を睨みつけながら言い返す。

「俺は、その手の冗談が一番嫌いなんだ」

「ごめんね。気に障ったなら謝るよ」

 全く悪びれる様子の無い散花に、弥生はため息を吐いた。

「なんでわかったんだ」

 女を経験していない事だけじゃなく、その他も含めての質問だった。その問いに散花は、笑いながら返す。

「なんてことはない。見慣れてるだけ。あたし、花を売っていたから」

 さばさばと言う事でもないだろうに、弥生は思わず口に出しそうになった。そんな弥生の表情を見て取ったのか、散花は手をひらひらと振りながら笑顔で言葉を続けた。

「別に気にしなくていいよ。隠してないし、みんな知ってる。で、その時あんたみたいなのが、たくさんいたのさ。口が達者な農民上がり。弱い自分を隠すことが精いっぱいの小物をね」

 散花が商売をしていた時には本当にいろんな人間に会った。無論、望んで始めたことではなく、幼いころ口減らしのために親から売られ、年齢が上がれば商品になった。


親を恨んでも仕方がなかった。恨まなかったか、と聞かれれば、当然恨み言が出てきた。しかし、周囲の人間はみな似たり寄ったりで、お互い励まし合っているところを見ると、どうせ会えない親の事を考えても仕方がなかった。簡単に言うと、割り切るしかないから、割り切った。ただ、それだけの事だった。

立場は無いに等しかったが、「大事な商品」を粗末に扱うことはしない宿だったことが幸いした。二度のご飯はちゃんと上がれる。乱暴を働く客はきちんと断る。給金は、少ないながらも支払われる。極楽とは言わないまでも、高望みをしなければ何の不都合もなかった。

無論、最初から受け入れていた訳ではない。「商品」になることは拒んだし、抵抗もした。だが、物心つくころからその宿に居て、年を重ねるにつれ、自分の人生の落ち処は、半分理解していた。好きな人間に抱いてもらえない、という悲しみはなかった。何故なら好きな人間が居たことが無かったからだ。


「弱い犬ほどよく吠えるって、本当だね。大物ほど、物静かだった」

 今となっては懐かしい思い出に浸りながら、何の気なしに口にした言葉だったが、弥生は自分に向けられたと思ったのだろう。仏頂面になるとそのまま背を向けた。

「悪かったな、弱い犬で」

 弥生が文句を言ったが、意識はまだ昔に居た。そのせいだろうか。言葉に反応して本音をこぼしてしまう。

「自覚があるなら、直せばいい。そうじゃなきゃ誰からも相手にされなくなるよ」

 「あたしみたいにさ」そう続く言葉は口の中で転がした。そこで弥生に目を向けると、真剣な眼差しでこちらを見つめている。

「まさか、土いじりしながら説教されると思わなかった」

 弥生の言葉から嫌がっている様子はない。笑いながら言葉を続ける。

「説教が、坊主の特権って訳じゃないし。ここには仏もいないし」

 散花の言葉の途中、弥生は隣に腰を下ろした。同じ目線。同じ方向を眺めながら散花に尋ねる。

「なぁ、なんでここに居るんだ」

「さぁ、みんなそれぞれの理由でいるんだろうね。…あんたはなんでここに居るんだい」

 散花の問いかけに、弥生は即答する。

「なんでって。あの餓鬼が怪我してる俺を拾って来ただけだろう。それ以外の理由なんて」

 散花は眉間を押さえるように考え込んでいる。言葉を選んでいるように、どんな質問をすれば正しい答えが返って来るのか考えているようだった。意を決したように、改めて弥生に尋ねる。

「ここに来る前、後悔とかしてなかったかい。あるいは、生き方に迷ってたりとか」

 核心、と言えば核心なのだろうが、その質問のおかげでさらに真意が分からなくなる。後悔しない人間などいるのだろうか。自分の生き方を一心不乱に貫ける人間も。弥生は遠くの空を眺める。そう言えば、なんでここに居るんだっけ。

「信じていたかった、からかな」

「え?」

「ここに居る理由」

 思えば、上役を斬り、身内に追われ、いのちからがら逃げたことが、ここに居る理由なのだとしたら、それは「信じていたかった」以外の理由はなかった。

 村を襲われ、凪と二人で彷徨い、二人とも人を殺めてしまってから、二人は自らの意思で手を汚す事を決めた。どちらから言い出したことでは無い。二人とも、自然と足が動いていたのだ。

 手を汚すと言っても、罪のない人間を殺すつもりは無かった。それでは自分たちの村を襲った連中と同じ身分に堕ちる事になる。それだけは避けたかった。となると、道は一つ。人を襲う悪辣な輩を殺す側に回ること。そう決意したのだった。

 身分の差はあるにしろ時世が時世、雑草を抜く手は多い方がよく、腕さえ立てばいくらでも招き入れてくれた。ろくに素性も調べずに招き入れるものだから、野党などが動きを探るためにわざと志願する、いわゆる密偵のようなものも多くいた。当然、二人も疑われた。女連れで、しかも女も志願者だと来れば、疑わない方がどうかしている。あわや拷問…という流れになったが、二人が持っていた脇差が疑いを解いた。

 二人を襲い、返り討ちにした野党、彼らはここを逃げ出し賞金のかけられた者たちだった。幸運にも弥生は彼らの脇差を奪い、護身用として持ち歩いていたのだったが、その脇差が、この場所から持ちだしたものと判明すると身内の恥を討伐してくれたという事で、すんなりと部隊に加わることを許された。

 部隊に入ってからの日々は、語ることは多くない。血で血を洗うとはよく言ったもので、本当に毎日血にまみれて過ごす事になった。近くに賞金首が居ると分かれば討って出る。もし何も話が無ければ訓練する。最初は二人とも夜は泣いていた。一人一人に部屋などあるわけもなく、大人数での雑魚寝だったため、二人で、静かに。

 そして、凪は夜すらゆっくり休むことは出来なかったはずだ。男しかいないところだ。当然、凪は性の対象として見られた。が、そんな事に首を縦に振る凪ではない。夜伽相手に言い寄った男たちは、ことごとく陰部を切り取られる騒ぎになったため、言い寄るものは減ったが、その度に弥生と寝られぬ夜を過ごした。

 お互い、才覚が有ったのだろう。訓練と実践を重ねれば重ねるほど、腕が磨かれていった。実際、毎日のように味方も死んでいく中、生き残れているだけで幸運なことなのだと考えていた。

 背中を預けられるのは弥生にとって凪だけだった。それは凪も同じだったと思っていた。いつの時からか、凪は変わった。人殺しの業を背負いながら、よく笑い、よく話した。夜、泣いている時もあったが、そばにいる時もあれば、そっとしておく時もあった。

 しかし、凪は変わった。表情は消え、目はぼんやりと周囲を見るのみ。特に弥生を見る目が、友人に対するそれではなくなった。

「親友がいるんだ。同じ村で生まれて、ずっと一緒に育った。何にもない村だったけど、あいつといると、楽しかった。でも、そんな幸せも長くは続かない。村は野党に襲われて、いのちからがら逃げ出した」

 長く考え込んでいて突然話し出した弥生に、散花は何も言わずにうなずく。

「戻ったら、みんな死んでいた。二日がかりで埋めたよ。二人で、泣きながらね。その時、二人で誓ったんだ。何があっても生きようって。どんなことしてでも生きようって。…でも、どこかで狂っちまった。それでも俺はあいつを信じたかった。だから、目をつぶった。自分の都合の悪いものを見なければ、まだ繋がっていると思ったから。結果、俺はあいつにいのちを狙われてる。奴の嘘を信じてな」

 弥生は、将軍を斬る時、本当は知っていた。将軍を斬ることで、自分が追われることを。それでも、自分と凪は付いて来てくれると、一緒に居てくれると思い、斬り伏せた。その事を笑う人間はいると思う。むしろ笑う人間が大多数だろう。でも、それでも弥生は信じたかったのだ。たった一人の親友を。

「それ、信じてるんじゃなくて、見てないだけだよ。友達、なんだろ。殴ってやれるの、あんただけなんじゃないのかい」

 散花は、静かに言った。弥生は振り向きながら散花を見る。その顔は、笑顔だった。

「そうだよな。殴ってやらないとな」

 その時、竹藪の近くから、爆音が響く。明らかに火薬がさく裂した時の轟音。二人は目を見合わせると、竹藪方向に目をやった。次第と黒煙が上がる。その事を見て真っ先に飛び出す散花。

「おい、どうした」

 弥生の言葉に足を止め、振り返りながら叫ぶ。

「この村に火薬は無い。だとしたら、考えたくはないけど…侵入者だよ」

 それだけ言うと返事も待たずに走り出す。弥生も後を追いかける。

 水田が急速に乾いていく事に、二人は気付いていなかった。


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