カッコウ
「あ! 兄ちゃん!」
家への帰り道。僕は少し前を歩く、見慣れた後ろ姿を見かけると目を輝かせた。そしてランドセルのベルトを掴みながら、駆け寄ると声をかける。
「ん? 嗚呼、季利。今帰りか?」
灰色の髪を揺らし振り向くと、瞬きをした後に笑う。僕の名前は多良季利。そして優しくてカッコイイ彼が、僕の自慢の兄ちゃんである。
「うん! 兄ちゃんも? 今日は早いね?」
「テスト期間だからな……」
小学生である僕の帰宅時間は早い。だが僕の兄ちゃんは高校生だから、いつも帰りが遅いのだ。母さんが言うには、勉強を沢山しているから仕方ないそうだ。
疲れた様子の兄ちゃんは、溜息を吐きながら理由を口にした。
「僕もテスト嫌だけど、兄ちゃんも?」
「まあ、高校生になれば分かるさ。でも……季利と一緒に過ごせるのは嬉しいかな?」
優しくてカッコイイ兄ちゃんにも、苦手なものがあるのだろうか?兄ちゃんを見上げる。
「それは嬉しいけど……ちゃんと勉強しないと、母さんに怒られちゃうよ?」
「そこは……適当に上手くやるさ!」
僕も兄ちゃんと一緒に過ごすことが出来る時間があるのは嬉しい。だが勉強をしないと、母さんに怒られるのは兄ちゃんなのだ。兄ちゃんが怒られるのは嫌だ。
兄ちゃんは安心させるように明るく微笑むと、僕の茶色い髪を撫でた。
〇
「兄ちゃんを呼んでくるね!」
リビングから僕は階段を上り、二階へと向かう。今日は兄ちゃんの誕生日なのだ。母さんが沢山の料理を作ってくれて、父さんがケーキを買って来てくれた。僕は誕生日会の飾り付けと、二階に居る兄ちゃんを呼びに行く係である。
「兄ちゃん」
兄ちゃんの部屋のドアをノックする。
「……? 兄ちゃん? 入るよ?」
何時もなら、直ぐに返事が聞こえるが今日は返事がない。イヤホンで音楽を聴いているのかもしれない。僕は声をかけながら、ドアを開けた。
「兄ちゃん、母さんがご飯だって……」
「……声が……」
電気が点いていない薄暗い部屋に入ると兄ちゃんが、こちらに背を向けて部屋の中央で立っていた。僕は用件を伝えようとすると、兄ちゃんが掠れた声で呟く。
「? 兄ちゃん?」
「呼んでいる……行かないと」
何時もと違いこちらを見ない兄ちゃんに、僕は不安を覚え再度呼びかける。すると兄ちゃんは窓に向かって歩き出した。
「兄ちゃん!? 何も聞こえないよ! ねぇ! 待って!」
このまま窓に近付けさせてはいけない。僕は兄ちゃんへと駆け寄る。この部屋には僕と兄ちゃんしか居ない。声なんて聞こえない。
「迎えが来た」
「わっ!?」
あと少しで兄ちゃんに手が届くというところで、強い風に押されて僕は尻餅を着いた。
急いで顔を上げると、開け放たれた窓とカーテンだけが揺れている。
「……に、兄ちゃん?」
灰色の羽根だけが落ちていた。