ほどけた紐は両手を得る
「ねえ、ゴムとか、..持ってるわけないよね?」
家庭科の授業中、同じクラスの違う班にいる女子の横田から、男子の僕にゴムをご所望と来た。
班編成は大抵男女2人ずつ。横田の相棒はショートカット。そしてうちの班は、
「ごめん、予備ないわ」
とスカートのポケットを漁る岩永。
「教室だ~」
とちょっと申し訳なさそうに言う冨田。
言うまでもない相方は野球部男子。小学校から野球を続けおり、万年3mmヘアの藤森。
「だ、そうだ。」
前の時間までまとめられていた髪を保っていたものは耐久力が0になったようだ。横田の髪はそこまで長くないとはいえ、今日はミシンを使うので長い人は必ず縛るように、とお達しがあった。ないと、体制的に困るのだろう。
「そうだよねぇ、ありがと。」
そういって去ろうとする横田に待ったをかける。
「代用品でもいいか?」
ここまで会話しながらゴソゴソと作っていたモノを渡す。
「三田、なんでゴムもってんの?」
渡されたモノを受け取ってはたと気づく。
「なにこれ、ミシン糸?」
「そうだ。それをまあ、ただ巻いただけなんだが。どうだ」
使えそうか?とまで言い終わる前に髪をまとめ始める横田を見て、髪ってそうやってまとめるのかーと勝手に感動していた。
「んー、ないよりはましって感じ。ありがとー。」
「いいえー。」
去る横田を後にして自分の机に向き直ると、
「ゴムでなくてもしばれるもんだな」
と藤森。
「後で貸してあげないとねぇ」
と作業しながら話す冨田。
「ミシン糸大活躍じゃん。もう一個つくってよ。」
とご所望の岩永。
...とりあえず、なぜ男子の僕に初めに聞いたのか誰も突っ込まないので、岩永ご所望の代用品2号をいそいそと作るのであった。
岩永ご所望の二号は、
「へえ、こうなってたんだ...。ん、やっぱいらね。」
制作1分、返却10秒。短い人生だった...。そこそこな長さがあるのであやとりと化かした。
それはそれとして、僕はゴムを持っていた。正確には輪ゴムだが。持っていたのをどこかで見られたのだろう。しかし輪ゴムで縛るとわりと痛いのだそうだ。姉から以前そんなことを聞いた。
まあ即興で作った割には代用品として活躍できているみたいだから、申し分ないだろう。
横田視点
髪を縛っていたヘアゴムが解けた。頭髪検査でギリギリ引っ掛からない長さを保っていたが、ミシンに巻き込まれる可能性を危惧して、今日は縛っていたのだ。普通に正面を向く分には問題はないが、うつむくと、少し怪しいところがあった。
まず、一応念のため、同じ班のマキには尋ねた。ショートだけど、同じ女子だし。返答は思った通り、
「うん、持ってないね。」
髪を見せつけるように言ってきた。うん、分かったから。
マキの次に頼ったのはすぐ後ろの班だ。この班には、三田がいる。
本人はもしかしたら知っているかもしれないが、一部では何でも屋と呼ばれていた。頭は普通、運動は得意ではないが、ウンチではない。グループにいるけど、別にどことも敵対していないし、誰とでもまあ話せる、普通と形容されるタイプ。しかし、彼はいつも何かしらを持っていた。代用できるものを。借りたことがなかったので、知り合いから聞いたものになるが、
「自転車に部品の隙間に挟まったイヤホンのコードを取ってくれた。」
「掃除の時、取れなかったテープのノリ部分を定規で取った。」
「文化祭の時、生徒会に出入りしているのを見かけた」
...掃除屋かな?最後のはよくわからなかったが、まあそんな話を聞いていたので、もしかしたら、輪ゴムくらいは持っているんじゃないかと思った。
三田に尋ねると、三田は岩永と冨田にも聞いてくれた。藤森は言わずもがな。他に聞くと言うことは、彼もヘアゴムに近いものは持っていないようだ。まあ全体で言われているならまだしも、一部なら、そんなものかとさして気落ちもせず、他の班に行こうとしたところで、
「代用品でもいいか?」
と呼び止められた。興味本意で聞いといてあれだが、考えてみれば男子の私物を借りるのは、なんというかちょっとあれだなーとちょっと思いつつ、差し出されたものを受けとる。黒いわっかはいつも使っているものより違和感があった。それよりも、
「三田、なんでゴムもってんの?」
それはそれでちょっと...。
つまんでみると気づく。ミシン糸だ。基本白を使う予定だったと思うが、三田は両方持ってきていたらしい。とりあえず縛ってみる。ゴムのように伸縮性はないが、これでもないよりは、ましだろう。
代用品への感謝に、軽い返事を受けながら、たった一回のことではあるが、確かに便利だとそんなことを思いながら、私は席へと戻った。