人の背中は死を誘う
ある日私は、目の前に立っていた男性を線路に突き落とした。
列車も来ていない、来る時刻なんて確かめていない。...いや、自分が乗る列車に遅れないように来ていたから、時刻は知ってはいる。しかし現時刻と列車到達時刻の間にどのくらいあるかは、確かめていなかった。周りに人はいたが、誰も彼もがピントのずれた人影に過ぎなかった。そして驚きも叫びも、落ちて行く男性から、周りからは聞こえなかった。
ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピ
頭上で電子音が鳴り響く。
駅のチャイムはこんなにけたたましかっただろうか。なぜ、なぜ、列車は来ないのだろうか。頭上に鳴り響く電子音がさっきよりも音量を増して...、
「あぁ、もう!うるさい!」
"いつも通り"勢いよく目覚ましを止め、その声と共に体を起こす。
スムーズ機能がついている、先程まで私を起こそうと奮起していたその時計は、昨夜私が設定した時刻を指していた。軽く身支度をし、母が用意してくれた朝ごはんを食べながら、おそらく父がつけたであろうラジオのニュースを聞き流す。
"昨日○○駅で人身事故が発生し遅延がありましたが..."
どこと知らぬその駅で誰と知り得ぬ人間が死に場所を求めたのか、はたまた不注意か。
「お前も登校には気を付けるんだぞ、車とか。」
「お父さんもね。」
短いが、それでもお互いの伝えんととすることは、まあ家族だから伝わっただろう。
先程の私がみた光景は、...まあ家から出てみれば分かることだ。それでも、今私がこうやって誰からも咎められることなく食事をとれている、それが全てだろう。