転生。とある天使と魂の一幕
天界。そこは魂となったものがたどり着く場所の一つ。
そこに一つの魂と一人の天使が漂っていた。
「おめでとうございます!貴方の魂は抽選で異世界に転生する権利を得ました!」
転生。魂の循環、輪廻の一環として行われている。それが今ここで行われるようだ。それに選ばれたという魂は、
「なお、記憶、人格等はそっくりそのままです!第2の人生を楽し...」
「あ、その権利破棄しますんで、眠らせてください。」
拒否した。それはもうキッパリと。なんとでもないただの返答のように、普段話しているような口調で。
「...はい?いやいや!生き返れないまでも、もう一度人生を歩めるんですよ?異世界ですよ?」
「もう疲れたんです。」
続いた声も、内容の割には軽かった。悲壮感も感じない、ただ淡々と。
「もう、人生に疲れたんです。生活するのにお金はいるし働かないとお金は入らないし。」
「いや、でも、原因は事故ですよ?しかも不意の。もっとこう、あれしたかった、これしたかったなぁとか、ないんですか?」
「あ、いいんです。確かにあれやこれやしたかったことはありますけど、終わってしまったのならまあ、いいかなぁと。実際、抽選に選ばれなかったらそんなこと、思うこともないでしょうし。」
意見を変えるつもりはないらしい。ただ享受すればいいものを、疲れたからという理由で拒否されては堪ったものではないのだろう。
「えっと、あっ、あの、と、特典があります!そういう大変だった人生が、今度は楽になるような!」
「へえ、特典ですか...。例えば?」
「た、例えですか?あっと、えっと、ま、魔法がある世界なのでうまく使えたりすごいのができたり!」
「...」
「あ、で、でも、そういうのは人それぞれなので、望むものを幾つか譲渡するって形になります!」
口調は変わらないが、反応を示したことに攻めるならここだと思った天使はまくしたてる。
「それは、食べなくても生きていけたり、怪我がすぐなおったり...?」
「たべ...えっと、不死の体ってことですか?それだと、種族が人間以外になりますけどそれでもよければ...。」
「あ、それだとちょっと困りますね...。」
そこまでのものを願ったわけではないようだ。その魂からして、楽をしたいという願いを形にしたものだったらしい。
少し考えた魂は願いを変えた。
「あ。じゃあ、やる気と元気をください。」
「は、はい?」
やる気と元気。その魂の望んだ特典は、
「まあまとめて向上心でもいいですけど。」
気力。欲望を元に肉体的な能力やスキルを与えることが多かっただけに、天使はただ困惑した。
「え、えーっとそれはつまり、人格に影響を与える...え、えっと、そ、それがあれば転生にご納得頂けるってことですか?」
「あー、まあいいや、そうですね。健やかな体とやる気のある精神をくださるなら転生しても。」
「で、では!よき第2の人生を~!」
やる気と元気を得た魂は、ひきつった笑みを浮かべる天使に見送られていったのであった。
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天界。とある空間に大勢の天使がいた。その中に先程の天使もいた。
「はぁ...。」
「おつかれー。」
溜め息をついていたところに、見知った天使が声をかけてきた。
「あ、お疲れ様です...。」
「なんか時間かかってたけど大丈夫?」
「ふぐぅっ。」
顔の部位を中央に寄せ、悲しみやら苦労やら悩みやらその他諸々を集めたような顔をした天使。
「え、本当に大丈夫?!気の強い人とか、いちゃもんつけられたりしたの?」
「違うんです、むしろ静かな方でした。」
「じゃあ無茶な要求を願われたり?」
「むしろその方が楽だったかもしれませんね、ははっ。」
割りとどんなことがあっても元気な、元気ゆえの真面目さがある知り合いが、乾いた笑みを浮かべる珍しさに興味が湧いたのか質問を重ねる。
「いや、本当にどうしたのよ!人格的には問題無さそうな魂なのに。」
「人間ってこう、欲があるじゃないですか...、あれこれしたい、まだ生きたかったって。」
天使たちは聞いてきた。それはもうたくさんの欲望や欲求を。軽いものから重いものまで。軽く受け流せる程度には。受け止めきれるかは別として。
「そうね、私の方は結構注文多かったわぁ。重複した内容が多かったお陰で、まとめたら早く済んだけど。」
「抽選だから魂もそれぞれじゃないですか。」
「そうね、前にすごく我の強い魂が選ばれたけど、大丈夫だったかしら、あれ。転生先に悪影響が出ない程度に内容にセーフティかけたけど。」
「疲れたって...。」
ボソリと、疲れた顔をした天使が呟く。
「へ?」
「人生に疲れたって、もうめんどくさいから転生したくないって!」
「えぇ...。そんな魂あるの。」
「もう願いが枯れているんです!受け答えはちゃんとできるから人格的には普通そうなのに、要求もなく、欲求も、第一の人生が終わったからいい?!まだ若い魂なのに枯れきってたんですよ?!ありえます?まだ強い要求をされた方がマシでしたよ!ふぎゅう!」
堰を切ったように、あの場で思ってはいても言えなかった言葉をぶつけ、再び、あのなんともいえない顔をする。
「あ、あー、よしよし大変だったなぁ。でも一応転生したんだよな?」
どんなに相手が悪かろうと、ここにいるということはやり終えたということだ。それゆえに気になることは、
「そんな疲れた魂は何を望んだんだ?」
「逆になんだと思います?」
「え?あーそうだな...。ずっと寝れたり、寝たら体力回復する的な、か?」
疲れた、枯れた。事前にどういう魂か知っていればある程度予想ができる願いだろうか。
「あ、初めは似たようなこと言っていました。」
「おー、...初めは?」
「はい...。食べなくても生きられるみたいな、不老不死のような。」
「ああいるな、そういうの望む魂。」
「でもそういうのは初めの意見と違うじゃないですか。その魂も違うと言いまして...。」
「えぇ...、まあそうか。」
「最終的に、」
「最終的に?」
「やる気と元気を...。」
「やる気と元気?!プッはははは!」
予想していなかった、それゆえだろう。聞き返した天使は人目をはばからない笑いをあげた。
「笑い事じゃないですよ!やる気ですよ?元気ですよ?本当に何言ってるんだこの魂って思いましたよ!」
「ははは!いや、ごめんて。」
非難を受け、盛大に笑っていた天使は、努めて笑いを収めようとするが、まだ笑いが抜けない様子で肩を震わせている。
「で、そのやる気元気根気を持って転生していったわけか、その魂は。」
「根気はないですけどね。正確には精神的なやる気と、健やかな体を望んで行きました...。」
「はあ。面白い魂がいたものだなぁ、珍しい。」
「困惑しかありませんでしたよ...。本当に、まだ色々要求された方が楽だった気がします...。」
転生。それを行う、とある天使たちの一日。




