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食後 生首

少女が目を覚ますと、首から下が無かった。


「……あ」


 思わず声が漏れる。それは同時に発声の確認であり、生存の実感であった。

頭皮を引っ張る感覚。場所は先ほどと同じ作業場であり、視点からして肉を掛けていたフックに髪の毛を結んで吊るしているのだろう。


「あ、起きたのか」


井久田が話しかけてきた。刃物を研いでいるところだったようだ。


「あの……私の胴体がないのですが……」


「喰った」


「……そうですか」


まあ、食べられるかもしれないな、とは思っていた。

あまりにも疲れていたし、食べられたところで問題は無いので眠ってしまった。

寝起きのせいか、首だけで吊られているせいか、ふわふわとぼんやりしている。

首を斬られるの久しぶりだなー、何度目だったかなー、などと考えていると、


「なあ、なんで死んでいないんだ?」


男が尋ねる。


「不死身だからです」


「……へえ、首斬ってもスヤスヤ寝てるからそんなもんだろうとはおもったが」


「驚きませんね?」


「似たようなのに前出くわしたことがあるからな」


「いたんですね」


「ペットボトルを腋から生やした馬面のナースみたいな奴だった」


「はぁ」


ぺっとぼとるだとかなーすとか、よくわからない単語が出てきた。


「まあ、喰ったが」


悪食にも程がある。


「あー、そういえば、不死身ってことは、再生とかもするのか?」


「しますよ。数日あれば元通りです」



「ふーん。いい事聞いたな」


何がいいことなのだろうか。


「私からも質問いいですか?」


「なんだ?」


「あなたは何故、私を殺そうとしたのですか?」


「俺の中のルールを破ったからだ」


「るーる?」


「山に入ってきたからだ。立て札立てて、柵で囲っているのに、侵入する奴は殺して喰う」


「迷い込んだ子供とかもいるんじゃありませんか?それも殺すんですか?」


「勿論、例外はある。ただお前は立て札を読んで意味を理解した上で入ってきた。そんな奴は問答無

用で殺しているとも」


「へぇ、少し、似てますね」


「何がだ」


「私も問答無用で殺すんです。私の肉を食べたものを」


「どういうことだ?」


「さっき、魔王を殺したと言ったじゃないですか」


「そんな事言ってたな。誇大妄想だと思ってた」


「……私の肉を食べたから、死んだんです」


「ん?」


男は眉を顰める。


「私の肉、猛毒なんです」


「ほお」


死ぬというのに、無感動な呟き。


「家族も友達も、皆んな私を食べて、殺してしまいました」


殺した者たちの顔が次々と浮かび上がる。


「私の意思に関係なく、死んでしまうんです。ルールなんです」


「……うん、まあ確かに似ているところはあるが、なんか違うだろ」


「何処がですか?」


「わからん。自分で考えろ」


無責任だなぁ、と思いつつ、考えてみる。

入ったら殺す。食べたら殺す。

持っているものを侵されたら、殺す。

同じじゃないか?

よくわからない。

入れば死ぬ。食べれば死ぬ。

食べれば死ぬ?

問いに対する違いはわからないが、代わりに別の違和感を得た。

目の前の男だ。

彼は、私の肉を喰ったと言った。

頭が急に青く冷えていく。


「すみません、先ほど、私の肉を食べたと言っていましたが、いつ食べたんですか?」


「いつって、今9時だから、2時間くらい前」


「2ジカン……」

あれ、2ジカンってどの位だっけ……?


「すみません、クウェンヴ語の単位使ってください……」


「いや、知らんがな」


「そう言わずに……」


「ハァ……1日はどれだけだ?」


「えっ……、あぁ!10ズウェです」


「じゃあ1ズエ?より少し短いくらいだ」


「え……、た、体調は?」


「少し喰いすぎた」


「えぇ……」


それはおかしい。私の毒は血の一滴でも口に入れば巨人も一瞬で死に至る代物だ。

それなのに眼前のこの男は平然としている。

いや、もしかしたらごく少量だったのかもしれない。そうだとしても私の血の香りに耐えられるわけだから普通ではないが。


「ど、どれだけ食べたんですか?」


「全部丸ごと」


「……え?」


あの魔王でさえ、肉を一口食べただけで一分のうちに異常をきたし始めた。いくら毒に強くとも、それだけ食べれば死んでいても良い。


「嘘です!私の毒が人間如きに耐えられる筈が……」


「でも喰えたし、死んでないぞ」


確かに、死んでいない。しかし、だからと言って、認められない。

認めることは、これまでの私の、悲嘆の、苦痛の、人生の否定だ。


「いえ、嘘です。嘘に決まっています!どうせ、食べていないんです!」


そうだ、本当は食べていないのだ。胴体は何処かに隠しているのだ。

そうに違いない。


「私は胴体を見ていません!だから食べていないんです!」


「おい、落ち着けよ」


うるさい。


「それに、私を殺して食べると言っていたのに、殺せていないし、首から上も食べていないじゃない

ですか!」


「あ?」


声に怒気が籠った。図星だ!


「ほら!怒った!やっぱり、私を食べたらみんな死ぬんだ!」


「……そんなに言うなら、喰ってやろうか?今ここで」


「え……」


男は立ち上がり、近づいてくる。


「ち、ちょ」


射貫くような目線。捕食者の、冷徹な目だ。

手。分厚く、ごつごつした手。頬と耳の後ろに触れる。

両手で固定された。


「ヒッ」


顔がどんどん近づく。

ピタリと止まる。

凝視されている。その表情からは、「喰う」という純粋で強烈な感情しか読めとれない。

喰われる。ああ、喰われるのだ。跡形もなく、悉く。

死。死ぬ。死ぬとはどんな感じなのだろう。死んだことがないからわからない。

くるり、と向きが変わる。天井が見える。

切断面を向ける格好だ。

首筋に当たる、生温かい感触と硬さ。

ガリッ。


「っ~~~……!!!?」


電撃のような、鋭利な衝撃。首筋から頭に走って、中でバチン、と弾ける。

弾けたそれは、火花のようで、脳内を瞬時に沸かせる。

頭蓋骨という鍋からの吹き零れは、よだれ、涙、そして声ならぬ喘ぎの形で表れた。

これは、痛み。

脊髄を齧り取られたことによる刺激。

もとより首から下に痛覚を持たない彼女にとって、あまりにも鮮烈な感覚であった。

ぐわんぐわんする視界で、男が手を放す。

振り子になって余計にぐらぐら。

男は咀嚼している。

咀嚼している。

飲み込んだ。

一息つく。

さらに息を吸い、そして、


「まっずぅうううう……!!!!」


叫んだ。絶叫だ。皮膚が震えるほどの。

おかげで少し、気付けになった。


「やっぱり、まずっ!世界中の老廃物を地獄の釜で5億年煮詰めたうえで人口過密地帯の道路で熟成

させ続けたような風味!嚙み切れるかと思ったらゴムみたいに固く、かと思えば液状、ゲル状、鉄の千変万化する不愉快な歯ごたえ!なんだこれ!生まれてこの方吐き気を感じたことないってのに、胃酸が逆流しそうだぞ!吐き気を催す邪悪ってこのことか!?」


……要約すると、この世のものではないほど不味いらしい。


「首から下は、あらゆる山海の幸の旨味成分徹底的に解析したうえで作り上げたエキスを注入したかのような、ケミカルでムカつくけれど、濃厚で中毒性のある、逆に言えばくどくて週一で少し喰うくらいがちょうどいいくらいの美味だったっていうのに!」


「……長いですね、感想」


「食レポはするだろ!」


「はあ……」


食事のことになると、興奮する様だ。そして、まずくて吐きそう、と言っていた以外は、すこぶる元気そうである。

普通は、こうならない。私の肉を食べたものは、いつも苦痛に顔を歪める。こんな風に味の感想を述べたりしない。


「俺に殺して喰えないものがあるなんて、思いもしなかった……!」


ああ、なんだ、同じじゃないか。

こちらは、殺して喰えない。あちらは、食べても殺せない。

例外だ。例外同士だ。


「ははっ」


「おい、何が可笑しい」


「いえ、つい。何が可笑しいでしょうね?考えてください」

つい、なぜか、笑みがこぼれた。


「……?よくわからんが、いつか絶対喰うから」


「ええ、是非何度も挑戦してください。そのうち、毒がたまって殺せるでしょうから」


「……!なるほど、闘争か、悪くない!」


男は心底嬉しそうに、ニィッと笑みを浮かべた。

少女はクスクス笑っている。

生涯の敵を得たような、はたまた、分かり合えるかもしれぬ同志を得たような、不可思議な可笑しさだった。


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