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故郷とは言えないが

作者: かねこふみよ

 生まれは地方都市だ。雑多な音は早朝から深夜まで途切れない。マンションに両親とともに住んでいたのは大学を卒業するまでだった。社会人になって一人暮らしをするようになった。それから五年。料理はごくたまに簡単なものを。米は休みの日に大目に炊いてから小分けにして冷凍庫に入れておく。市販の弁当は避けようとするものの、仕事帰りにはどうしても料理をする意欲はなく、惣菜類の出来あいを購入する。取り立てて趣味もない。気の向いたときに本を読む。ゲームはやらない。アニメも漫画もそれほど熱中しているわけではない。スポーツはやらない。散歩をするくらいだ。

 その夜も帰宅したのは22時過ぎだった。飲んでいたのではない。ただの残業だ。ネクタイを解きながら冷蔵庫を開けた。ビールを取ろうとして扉を閉めた。思い直してシャワーを浴びた。湯船に湯をためる時間が惜しい。ささっと全身を洗って出た。再び冷蔵庫を開け、ビールを取り出した。飲みながらデスクのノートパソコンを立ち上げた。メールを確認してから、ネットサーフィンをするためだ。数十秒の待ち時間、視線の先に郵便物。何通かたまっていたのは目を通してなかったからだ。郵送元をちらと見るだけだった。一通だけ手を止めた。一年前に一人旅で泊まったオーベルジュからだった。DMだろうとは思ったのだが、なんとなく開封したのだ。手書きのあいさつと一枚のポストカード。新しく印刷したそうだ。オーベルジュ近くの海浜。巨岩がカードの右側で存在感を放っている。朝と夕方にその辺りを散歩したことを思い出した。なぜかそのポストカードをじっくりと見入っていた。すでにパソコンはスクリーンセーバーが動いていた。ふと視線が焦点した。巨岩と水面だった。正確に言えば、海面下の巨岩だった。そこを見た記憶がなかった。そういえば、と言ってしまえばそれまでだが、巨岩は海面から生えているわけではない。海面下には巨岩を支える足がある。ただそんな当たり前のことを見ていなかったのだ。今はそこにいるわけではないが、それを見えている。

 ――そうか

 思った瞬間だった。全身が瑞々しさを感じた。同時に、自分は乾いていたのだと気付いた。ビールを一口飲んだ。飽満感があった。まだ缶には半分以上残っている。

 故郷という場所はそういうところなのかもしれないと思った。少なくともこれまでの住居の辺りにはそう呼べる場所も時間もないのは間違いない。だからと言って、そういう場所へ引っ越すのかというのとは違う。つまりはこの日常生活の一時逃避を願っているのだ。



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