第7話 黒魔導士、爆誕!
逃亡者ノロスと執行人リサの死闘が、教官の合図で始まった。
「その可愛い顔を、ミンチにしてやるよ!」
ノロスが怪獣のようなスピードで、リサに突っ込んでいく。
リサは動かない。
ノロスが人外の力で、右ストレートをリサに打ち込んだ。
ところが、いつものような骨を砕いたインパクトがなく、訝しんだノロスはあたりを見回す。
「上よ。」
リサは、ワンピースのスカート部分をたくし上げて、艶かしい下着とスラッとした太腿をあらわにして、ノロスの頭上に舞い降り、ノロスの頭をその膝でロックした。
「「おお!」」
俺とルッソは、突如訪れたサービスタイムに歓喜の声を上げる。
そのままリサは、スカート部分でノロスの頭から首まで覆った。
一見すると、ゴリラに肩車してもらう幼女のような構図で、何とも微笑ましい。
ところが、リサは、ノロスの肩の上で、トリプルアクセルかと言わんばかりの物凄い勢いで回転した。
「「え?」」
ぴょんとノロスの肩からリサが地面に飛び降りた。
またもやワンピースが捲れ上がったが、今度は俺たちから歓喜の声は上がらなかった。
リサは、自分の膝の間に挟んだものをゴトリと地面に落とした。
「!!」
ノロスの首がゴロゴロと転がる。
首を失った体は、そのまま立った状態で、頸動脈からピューピューと血を噴いていた。
「オエエ…」
ルッソが隣で盛大に朝食を吐いている。
首をねじ切られた体は、心臓が活動を停止し、頸動脈から血を噴かなくなったところで、ドーンと倒れた。
リサは、首を失ったノロスの体を一瞥すると、またスカートを捲り上げ、太腿に付着した血液を手で拭き取り、その長い舌で舐めとった。
その姿に目を離せないでいると、リサと目が合う。
血塗れた口元がニターと歪んだ。
(ヤバいよヤバいよヤバいよ…)
頭の中で、俺の生命警戒音(通称デガワ)が鳴り響いた。
慌てて目を逸らして、隣のルッソの背中をさする。
誰だよ、ゴリラに可愛い女の子が殺されるのは見てられないとか、言った奴は。
モノホンのイカれた女だ。ヤバすぎる。
リサは何もなかったように、舞台を降り、女子訓練所の方へ戻っていった。
サーノの記憶を辿っても、こんな猟奇的な殺人はなかったし、そもそもスキルが発動されたのかも分からない。ガチ殺しの現場に、俺の気持ちは沈んだ。
ふと舞台をみやると、執行式の審判をした教官が、ノロスの遺体に近づき、おもむろに詠唱しはじめた。
「アンダンテの名において。火の刃となり焦がせ。ファイア。」
ノロスの首と体が炎に抱かれ灰となった。
(このフード教官、魔法使えたんかい!)
不謹慎だが、俺のテンションはガッと上がった。
サーノの記憶によると、攻撃魔法は、貴族しか使えないらしい。いや、攻撃魔法を使えるから貴族になれるのかもしれない。それくらい、レアなスキルである。
もちろん一般人でも訓練すれば、灯りをつけるみたいな生活魔法を使えるらしいが、俺には、この生活魔法も使える兆候が全くなかった。訓練所最底辺の落ちこぼれの名は伊達じゃない。
「さぁ、日課に戻れ!」
フード教官は訓練生に指示した。
俺たち訓練生は、何とも言えない後味の悪さを抱えたまま競技場を後にした。
*
就寝の時間になっても、今日の執行式が思い出されて眠れなかった。
(本当に簡単に命が刈り取られた。)
サーノは殺人現場をこれまで見てきているから、免疫がついているだろうと思ったが、いざ目の前で見ると話が違う。
「怖えぇ。」
人を殺すことに何のためらいもない連中が、この訓練所にいる。その事実が、金玉蹴られた時みたいな、腹に鉛を載せられる感覚を引き起こす。
「とはいえ…」
俺は、右手を天井にかかげて、小さくつぶやく。
「アンダンテの名において。」
すると、俺の指先にビリっと、冬の金属ドアノブに触れたような静電気の感覚が走る。
たぶんこれが、魔法のトリガーだ。
ここにさらに呪文を重ねれば、朝の教官みたいに火の魔法が出せると思う。ただ…
「俺の属性は何だ?」
これまでのRPGを思い出しながら、『天の怒りを知れ、サンダー』だの『イケメンを凍てつかせ、アイス』だの『傷ついたハートを癒せ、ヒール』だの『聖水飲みたい、ウォーター』だの、典型的な厨二のセリフを、講義の時間や訓練の時間の合間を縫って、こっそり唱えてきたが何も起こらなかった。
皆が寝静まってからも俺は、厨二病を最大限こじらせるような様々な呪文を唱え続け、
「…サーノ、うるさい、恥ずかしい。」
と二段ベッドの上で寝る、ルッソに怒られた。
俺34歳、お前16歳。死にたい。
*
もやもやした気持ちのまま朝を迎えた。
ただ、昨日のような興奮は醒めていて、訓練所の日常に俺は戻っていった。
夕方の身体訓練を終えて、俺とルッソは、定期的にある野外訓練の準備に向かった。
訓練所の正門に近いこのスペースで、武器のレンタルをしたり、遠征の準備をする。
第1組のような、就職の決まった連中なら給付金がもらえるので、それを元手に高級な武器をレンタルしたりするわけだが、俺らのような第5組は金がない。なので、刃こぼれしているような低級な武器を使うことになる。
明日の野外訓練準備をブツブツ言いながらやっていた時である。
「早く回復薬を!」
大声を出しながら、第3組の男子訓練生が命からがら野外訓練から帰ってきた。
もう時刻は夕刻だ。本来なら、野外訓練は昼過ぎには終了しているはずだ。
「シルバーウルフだ!この近くでは、ありえない魔物がいた!」
命からがらこの時間まで逃げ回って、訓練所の捜索部が発見して連れてきたということだ。
俺とルッソは、急いで医務室にある回復薬を取りに走った。
訓練生が野外で襲撃を受け、危険な状態にある時は、まずは救命を優先する。
回復薬は高価なため、医務室で厳重に管理されている。
かなり距離があるが、ダッシュで走り帰り、汗をダラダラかきながら、ケガした者たちに回復薬を手渡した。
実際に回復薬の効果はすさまじい。
切り傷に回復薬を浴びせると、フッと光って浅い傷であればたちまち治るのである。こんなもの救急外来にあれば、面倒な縫合など要らないし、診療時間を減らせるよな。
「あっ!」
俺は叫んだ。
試してない魔法に気付いたからだ。回復魔法の反対、デバフ。
俺はRPGをする際、ダンジョン内で魔力が枯渇することを一番に恐れ、敵と遭遇した時に魔法は全く使わなかった。
ついでにボス戦も、変身とかの連戦を恐れて、魔力を温存し、魔法で攻撃することはなかった。つまり完全な肉弾戦でRPGをクリアするのが俺の常であった。
そんな俺にもっとも縁遠い魔法が、敵のステータスを悪化させる黒魔法だ。
しかしどんな魔法があるのか、全く覚えてないぞ…
タラリ…
目に汗が入った。
「痛っ…そうか!」
目つぶしの魔法があった。
「ダーク。」
そうつぶやくと、おしっこが出る前みたいな感覚になった。
これは、イケる気がする。
「ルッソ。」
呼びかけると、ルッソがこちらを振り向いた。
「アンダンテの名において。その瞳に暗き影を落とせ。ダーク!」
「うわっ!目の前が真っ暗になった!」
「フフフ…ハーハハッ!」
俺の厨二呪文がついに火を吹いたぜ。
黒魔法の完成だ!
「ねぇ…サーノ、何したの?」
「ヒヒヒヒヒ。」
その時、回復薬で復活した訓練生が立ち上がり、
「お前、こんな場面で何笑ってんだ!ゴミが!」
思い切りぶん殴られた。
それでも俺は、笑いをこらえることができなかった。
「ぶひひ、ぶべべ。」
「…気持ち悪いな。」
訓練生は、眉をひそめた。
伝説の黒魔導士、爆誕の瞬間であった。
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