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第6話 逃亡者

 速記官に、俺は、ベーラとルッソを愛していると伝えた。

 ベーラはびっくりし、ルッソは慌ててお尻を隠した。


「私の拙い言葉ゆえに、ベーラに愛が伝わらなかったなら、それは一重に私の不徳と致すところです。ただ、ベーラ。俺はいつでも、君に健やかで、外見も内面からも、美しくいてほしい。」


 俺は、ベーラの元に体をかがめ、手を取り、立ち上がらせた。


「ベーラ。君は、野菜を食べているかい?」

「えっ、たまに…」

「ベーラ。君は、出かけるときに馬車ばかり使っていないかい?」

「それは、お父様が…」

「ベーラ。」

 俺は、ベーラの口元に指を当て、首を振った。


「ベーラ。君はろくに野菜も食べず、運動もせず、豪勢な肉料理ばかり食べている。それに、消化を悪くしそうなタイトなコルセットを着ている。それでは、便秘になるのは当然だ。」


 ベーラがコクコクと頷くのを確認してから、速記官に視線を移す。


「速記官殿。愛は、相手の事を思えば思うほど、時に辛辣な言葉に変わることもあるのです…」

 俺は言葉を続けた。


「愛ゆえに、美しい人の便秘を指摘して苦しまねばならぬ!愛ゆえに、厳しい運動療法を指示して悲しまねばならぬ!愛ゆえに!!」

 

 ドヤ顔で速記官を見た。

 

 速記官は困ったような顔で言った。

「…わかった。貴様は、愛ゆえに言葉が過ぎたということを言いたいのだな。」

「その通りです、速記官殿。私は、ルッソにも健やかであって欲しいという気持ちから、時に厳しい言葉をかけることがあるのです。それも愛です。汝、隣人を愛せ、です。」

「もういい!」

 呆れた様子で、速記官は記録台の方へ戻って行った。


 俺は、煙に巻けたことに安堵し、ベーラの肩を抱いて、面会者側の椅子に座らせた。


「ベーラ、お前が壊した物品は、弁償しとけよ。」

 聖帝口調から元の口調に戻した。


「えっ!?…分かったわよ。」

「それで、医者として雇ってくれるのか?」

「だめよ。あんたに、体の不調を見抜く力があっても、鑑定色は絶対だもの。」

「じゃ、医者を名乗らなかったらいいんじゃないか?例えば、ヤブ医者を名乗るとか。」

「逆に衛兵に捕まるわよ。」


 自分で言っておいてなんだが、ヤブ医者とは、まさに俺みたいな奴のことを指すのだろう。自分の病気さえ満足に見立てできない、藪睨みだ。


 患者の臨床経過に学び、患者の人生に学ぶ事を絶やさずやってきたつもりだが、このザマだ。

 医の道は長く遠い。


「分かった。まぁ、考えておいてくれ。」

「うん…多分難しいと思うけど。」


 ベーラは腕を組んで考えている。


「時間だ!退室しろ!」

 速記官が声を出す。


「あ、そうそう。最近、魔物がおかしいみたい。なんかいるはずの場所にいなかったり、いないはずの場所にいたりで。私の護衛の者が言っているだけだから、よく分からないけど。あんたたちも野外訓練では気を付けてね。」

 ベーラは手を振りながら、俺らを見送ってくれた。



 ベーラは、サーノとルッソを見送った後に、席を立ち、待たしている馬車に向かう途中で、妙な視線を感じ、振り返る。

「…」

 ベーラは足早に訓練所を後にした。


 物陰から、下卑た笑いを浮かべた男がヌゥと出てきた。

「ベーラ・ユドルスク。今に俺の女にしてやるからな…」



 ベーラと面会してから数日経った。

 基本的には身体訓練と、教会や王家への忠誠を固める講義の繰り返しである。

 この身体訓練は、主には筋トレと、木刀を使った剣術、打撃を中心とした体術で構成されている。

 俺とルッソは、最弱の第5組だが、こうしたトレーニングには打ち込んだ。その方が、訓練所の看守の目が甘くなると踏んでいるからだ。

 また、訓練所の最底辺ということで、食器をひっくり返されたり、練習用の木刀が隠されたりと、細々とした嫌がらせやイジメを受けるが、訓練で体を追い込むと、嫌な事を忘れさせてくれた。


 その日も何とか日課を終え、眠っていた夜のことである。

 鐘をけたたましく打つ音が響き渡った。

 訓練生はベッドから跳ね起き、所定の集合場所に集まっていく。


 集合場所に駆けながら、ルッソに聞く。

「今年に入って、これで何回目だ。」

「3回目だよ。」


 これは訓練所にとっては、一大事。

 そう、()()()()()の合図である。


 逃亡者は基本的には死刑。

 また、逃亡者の出た時間に所定の集合場所にいなかった者も、『手引きをした』として死刑だ。

 だから、教官の点呼が始まる前に、命がけで所定の集合場所に集まらなくてはならない。


 まったく、逃亡するなら見つかるなよ。みんなが夜中に叩き起こされるんだから。


 しばらくすると、

「逃亡者は捕まった。各自部屋に戻れ!」

 教官が叫び、俺たちは部屋に戻った。

 

 翌日の朝、野次馬がいるので、ちょっと視線の先を眺めると、件の逃亡者が野外競技場に縛られている。サーノの記憶も合わせると年間1、2人くらいは逃亡者が出る。大体は捕まっているので、この訓練所のセキュリティレベルは高い。


 実は、逃亡者は即刻死刑になるわけではない。

 

 訓練生から死刑執行人を選出し、逃亡者と戦う『執行式』を行う。逃亡者が勝てば、逃亡の罪を問われないし、今までと同じ生活が約束される。執行人が勝てば、第1組へ格上げになり、就職先が確定する。執行人が訓練生から選出されなかった場合は、教官と逃亡者が戦うことになるが、これも、逃亡者が勝てば、無罪放免である。

 当然、執行式ではスキルも使用される。鑑定色が黒のスキルは暗殺技などロクなスキルではないため、対人での使用は王令で禁止されている。もちろん攻撃魔法なども対人使用は許されない。王令を破れば死刑だが、この執行式は違う。逃亡者も執行人も、スキルを使って殺しあう事が許されている。


 もう一度逃亡者をまじまじと見てみると、女だ。いかつい。体格は2mくらいありそうだ。

 獣人のゴリラ?いや人間かな。


「ルッソ、あの女、やけに強そうだな。というか、前に見たことあるぞ。」

「あぁ、執行者殺しのノロスだね。」

「あのサイコキラーか。」


 ノロスは、既にその実力を示しており、就職先が決まっている。ただ、殺戮衝動に駆られた時に、わざと逃亡を試みて、合法的に執行人を殺害している。


 まさにサイコキラーだ。

 というか、何で訓練所にあのゴリラを置いてるんだよ。ヤバ過ぎだろ。


 その時である。


「「え?」」

 ルッソと顔を見合わせる。


 銀髪の女の子が、ノロスに向かって歩いていく。


 女子訓練所とこちらの男子訓練所は距離が離れているので、内部事情や序列は分からない。女子逃亡者が出れば、女子の執行人が決められる。男子の場合も同性の執行人になる。そして、執行人が決まれば、野外競技場を舞台に執行式が行われ、この観戦は訓練生であれば自由となっている。


 中には、賭博に興ずる者もいるが、教官たちも訓練生達のガス抜きの場として、黙認している。野外競技場は男子女子の合同使用なので、左翼に男子訓練生が、右翼に女子訓練生が陣取り、この執行式を見守る。


 舞台ではお互いの名乗りが始まっていた。

「あたいは、ノロス。随分と可愛いのが出てきたね。時間をかけてゆっくり息の根を止めてあげるよ!」

「…リサ。規定に従い脱走者を殺す。」


 リサという、たぶん身長150cmもないような女の子が、体長2mのゴリラに勝てるのかね。

 女子訓練生はワンピースというか、貫頭衣が制服になっているわけだが、ゴリラは、そのワンピースごしでも肩の筋肉とかいろいろ目の毒になるようなゴツさが透けて見える。

 対してリサの方は、子どもが着るワンピースという感じで良く似合っている。


 あぁ、ゴリラに可愛い女の子が殺されるのは、見てられない。


 無情にも時間は経過し、フードを被った教官が審判として、二人の間に立った。

 「はじめっ!」

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