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最終話 月下朋酌

 右腎臓を、魔物に刺し抜かれたパイヤ。腎臓だけでなく腎臓を栄養する腎動脈まで牙が突き刺さっていた。すでにパイヤの体は、腎動脈の裂け目から流れ出た血液が充満している危険な状態だった。


「パイヤ。お前の右の腎臓はもう使い物にならない。取り出すしかない。」

「…そんなことをして、助かるのか?」

「…俺たちは全力を尽くすだけだ。」

「…実験台かよ。他を当たるぜ。俺はまだ死ねない。家族を食わしていかないと…」

 パイヤは苦痛に顔を歪ませながら、起き上がろうとする。


 このままでは、数時間でパイヤは死ぬ。

 何とかしないと…


「パイヤ!」

 俺は、パイヤの目を見てしっかりと手を握る。


「家族を支える男の想いは、痛いほど分かってるつもりだ。…俺たちを信じてほしい。」


 パイヤの目が、俺の瞳に偽りがないかを確かめる。

 ここで目を背けるわけにはいかない。

 視線のぶつかり合いが、とても長く感じられた。

 その時だ。


「…わかった。頼む。」

 パイヤは、力尽きたように体を横たえた。俺はそれを支えながら、パイヤの手の脈に触れようとするが、触れにくい。血圧がかなり下がっている。


「時間がない。合谷ゴウコクへの鍼麻酔で、手術を始めるぞ。フンド、手術器械を持ってきてくれ。」

 フンドが頷き、ベーラの前に器械を並べていく。


「ちょっと、待ってよ!…マルカスタはどうしたのよ?なんで来ないのよ?」

 ベーラが俺に詰め寄る。


「…少し言い合いになった。今日は来れないが、またチームに戻ってきてくれる。」

「何よそれ。サーノ、あんた嘘下手すぎなのよ!マルカスタと何してたのよ!!」

 ベーラの剣幕に、横になっていたパイヤがビクッとなる。


「落ち着け。患者の前だ。一刻を争うことが分からないのか!」

 俺は、声を荒げた。パイヤがビクッとなる。


「ベーラ、サーノ、タイムアウト。」

 ルッソの声が響いた。


 周りにいた皆が、ルッソを見る。

「患者の名前は?」

「…」


「患者の名前は!?」

 ルッソが声を張り上げる。パイヤがビクッとなる。


「パイヤだ…」

 俺が答える。


「術式は?」

「右腎臓摘出術よ。」

 ベーラも答える。


「僕たちはチームだ。パイヤの命を救うための最高のチームでしょ。」

「ルッソ…」


 そうして、ルッソが手術に関する手順について問いかけ、それに答えていくことで、チームの集中力が高まっていった。

「最後の確認だよ。麻酔形式は?」

「鍼麻酔による…」「スネークビーの薬液を使った全身麻酔よ。」


 俺は声がした方を振り向く。

「マルカスタ!」


 マルカスタは、パイヤの寝台まで歩き、いつもの位置、患者の枕元に座る。


 マルカスタによる麻酔導入が行われ、俺は、パイヤのおしもの処置を手際よく行い、魔映灯まえいとうを握りしめた。

 ひとまず、いつものメンバーで手術できることに感謝しよう。


「マルカスタ、来てくれてありがとう。」

 マルカスタに声をかける。


「仕事をしに来ただけよ。勘違いしないで。」

 マルカスタは、俺と目も合さずに言った。

 ベーラは険しい目つきで、俺たちのやり取りを見届け、大きく息をついた。


「みんな用意はいい?では、手術を開始します。よろしくお願いします。」

「お願いします。」

 ぎこちない雰囲気のまま、手術が始まる。


 マルカスタは、患者の脈を触れながら言う。

「サーノ、まずいわ。脈が弱い。手術に耐えられないかもしれない。」

「点滴を全開で落としてくれ。」

「もうやってるわ。」


 ルッソが切開する前の術部に手を当てた。

「サーノ。ベーラが円刃を入れたら、一気に血が噴き出して、そのまま失血死するかもしれない。」


「どうするのよ?!」

 ベーラが円刃を握りしめて言う。

「サーノ、本当に手術するの?」

 マルカスタも俺に問いかける。

「サーノ、どうする?」

 困ったようにルッソも尋ねた。


「…」

 耳に膜を張られたかのように、皆の声がぼんやり聞こえた。


 どうする、って…


 俺は、単なる場末の内科救急医だぞ。こんな重症の外傷なんか研修先でも見たことないし、現代医学でも救命困難な患者を、この世界でどうするっていうんだ。


 ちくしょう…


 また俺は、ワンダ軍曹みたいに、家族を抱えた男が死ぬのを黙って見とかなきゃいけないのか?

 こっちは、くも膜下出血で死んで、痛いくらい後悔してるのに…


 俺も、最初の頭痛で、頭部MRI検査して、脳動脈瘤にコイル塞栓そくせん術をしときゃ、死なずに済んでたかもしれないって…


「塞栓!」

 俺は声をあげた。


「急にどうしたのよ?」

 ベーラが円刃を握ったまま、尋ねる。

「塞栓だ!血を止めるぞ。」

「えぇ、どうするの?」


 時間がない。ぶっつけ本番だ。

 俺の厨二魂よ、噴き上がれ!


「アンダンテの名において。生命いのちの流れを止め塞げ、エンボリ!」

 黒魔法成分ダークマタを右腎動脈の根元に詰めるイメージで魔法を発動する。


 俺は祈るような思いで、パイヤに鑑別をかけた。

 (鑑別スキル:エコーモード)


 パイヤの腎動脈の裂傷から漏れだす血がなくなっている!


「出血を止めたぞ!」

 チームに大声で伝えた。


「ベーラ、すぐに開創かいそうしよう!」

 ルッソが、俺の声にうなずき、立ち往生していたベーラに声をかける。


「サーノあんた、スゴすぎるじゃない!!」

 ベーラが感嘆の声をあげる。

 

 いや、デレは今いらないから、早く刃を進めろ。

 と思った、その時だ。


(ウソだろ!?)


 クラっと来て、頭痛が始まる。

 こ…これは、くも膜下出血。の痛みじゃなくて、二日酔いの痛みだ。

 もう魔力が枯渇したのか…


「ルッソ…血流を止めれるのは6分間だ…」

「分かった!」


 魔力の枯渇で、持っていた魔映灯が消える。


「サーノ!」

 倒れかけた俺を、マルカスタとロビンが支えて、魔映灯を一緒に握りしめる。

 しかし、二人の魔力は強くなかった。

 術野部分が少し照らされるか、照らされないかの光になる。


 かすかな光の中にも関わらず、ベーラと、ルッソ、そして器械出しのフンドは、驚くような手際の良さで、腎臓を摘出し、腎血管の縫合を終えた。

 と同時に、黒魔法でせき止めていた腎血管の拍動が始まった。


 パイヤの脈は手術と点滴で、強く触れるようになり、一命を取り留めたのだった。



「何で私だけ知らなかったのよ!!」

「…フンドも知らなかったと思いますです。」

「子どもは別よ!!」


 パイヤの術後処置を終えた俺に、執刀医であるベーラ先生の雷が落ちた。

 俺の黒魔法を知らなかったのは、私だけだと、のたまわれているのだ。


「申し訳ありませんでした!」

 当然、俺は五体投地という、完全な土下座スタイルを崩さない。


「ベーラ。そろそろ許してあげたら?」

 マルカスタが恐る恐るベーラに話かける。


「マルカスタ!あんたにも私は言いたいことがある!!」


 周囲に緊張が走る。

 俺は、五体投地のままその雰囲気を感じ、尺取り虫のようにガタガタ震えた。


「…来てくれてありがとう。あんたがいなかったら手術ができなかったわ。」


(まさかのデレ来た!)


 俺は、顔を上げ

「やっぱり、ベーラはツンデレ…ぐぇ」

 ベーラに頭を踏まれた。


「誰が頭上げていいっつった?」

「申し訳ございません!」


 五体投地で頭を踏まれるって、デジャヴ?


「サーノ!あんた、私のおなかの調子を言い当てた時からおかしいのよ!」


「おなかの調子ってなんだ?」

「うっさい!ロビン!」

「えっ?すまなかった…」


 俺は、顔を上げ

「察しの悪い奴だな、ロビン。ベーラは苦しんでたんだ、頑固な便p…ぐぇ」

 ベーラに頭を踏まれた。


「このまま土に還すぞ?」

「生きていたいです…」


 ベーラは、俺の襟首をもって、引き吊り上げた。

「サーノ、あんた、病気を見抜けて、黒魔法が使えて、何者なの?あんたがいない時に、何で手術とかできるのか、ルッソに問い詰めたけど、はぐらかされてばかり…」


 ベーラは、真剣な眼差しで俺を見た。

「私たち仲間じゃなかったの?」


 ルッソを見ると、『もう隠し通せない』というジェスチャーで首を振った。


 俺は襟首を掴むベーラの手をほどいた。

「分かった。全部話す。」



 それから、俺は、中年救急医として働き、家族を支えていたこと。病気で死んで、女神アンダンテの導きで、異世界に転移し、サーノに乗り移ったこと。サーノの記憶はあること。鑑別スキルと、黒魔法が使えるようになったこと、を話した。


「長くなったが、そういうわけだ。何か質問あるか?」

 皆、水を打ったように黙り込む。


 ルッソがおもむろに口を開く。

「サーノが元いた世界では、医者たちは『エンボリ!』とか呪文を唱えて治療するの?」

「…心の中で唱えているかもしれんが、口に出した時点で医学界から追放されるぞ。他の質問はあるか?」

 俺は全員を見渡す。


「次の質問だけど、『いのちのながれをとめふさげ』っていうあの言葉について…」

「質問は一人一回までだ。」

 ルッソの質問は打ち切った。これ以上の質問は、ピュアな厨二魂が耐えられない。


 今度は、マルカスタが口を開く。

「じゃあ、心に決めた女の人って、奥さんだったサユリさんのこと?」

「…そうだ。」

「そうなんだ。」


 マルカスタは艶っぽく笑い、ベーラに問いかけた。

「ベーラどうする?あなたの幼馴染だったサーノじゃなくなったみたいだけど。」

「えっ?」

「あなたたちの素敵な幼馴染関係は分からない。でも、私は、今のサーノになってから会った。そして、好き。」

「なっ?!」

 ベーラは、目を白黒させた。


「前世の女が好きでも、今世は、私が女になってもいいんでしょ?」

 マルカスタは俺の腕に抱きついた。


「マルカスタ!チームでの恋愛は禁止よ!離れなさい!」

「いやよ。ベーラ知ってる?サーノは、服を着れなくしたり、近づいていることも分からなくさせる性犯罪スキルも使うの。こんな男キモくない?」

「…サーノ!このド外道が!!」


「待て。」

 俺は言った。


「何よ。またタイムアウト?」

「マルカスタの言うように、黒魔法は悪用できるスキルだ。すぐに犯罪者になれる。」

 俺はふぅと息を吐く。


「でも、俺の中身が汚い中年で、こんな犯罪スキルを持っていても、犯罪者にならず、まっとうな医者でいさせてくれる仲間がいる。俺はそう思ってる。」


 俺は、皆の顔を見た。大きく息を吸い込んだ。

「犯罪スキルの黒魔法で医者をやってるわけだが…」

 

 皆、俺の二の句を待った。

「これからも仲間として、一緒にいてくれないか?」


 シーンと静まり返る。


 あれ、スベッた?

 結構、大真面目で言ったのにな。


「あんたバカじゃないの、当り前じゃない!って、マルカスタ!スリスリすんな!」

「ベーラの言う通りだよ。僕は、サーノを支えるって心に決めてる。」

「たとえ、異世界から来た男でも、俺の命を救ってくれたことは変わらない。愚問だ。」

「サーノが来てくれたのは、ワンダお父さんの導きだと思ってるよ!」


 …何だよ。

 目頭が熱くなってくるじゃないか。


「ガハハ、何だお前ら、楽しそうだな!飲もうぜ!」

 熊のねぐら亭から、ドリクが飛び込んでくる。


「そうだな…でも、パイヤの術後経過を診ないといけないから、ほどほどにするかな。」

 俺はドリクにそう答えると、

「真面目か!っていうか、マルカスタ!いい加減離れなさいよ!」

 ベーラがダブルにツッコみ、皆でねぐら亭に移動した。

 

「ラガン、こいつらに酒を!俺のおごりだ!」

「はいよ!俺からのサービスも入れとくぜ!」

 ドリクが勢いよく注文し、ラガンが気持ちよく応じる。



 熊のねぐら亭に、皆の笑い声が響き合う。

 俺は、その様子に、さかずきを傾ける。


「ここで頑張ろう。」

 静かに誓った。

あとがき


タイトルコールを回収し、完結です。


実は回収できていない伏線もありまして、それは、後日談として細々と書いていこうと思っています。


ここまで読まれて、「面白かった」「もっとちゃんと書いてくれ」という方は、いいね、ブクマ、★★★★★評価、ご感想という形で応援頂けると、今後も執筆していけると思いますので、どうぞよろしくお願いいたします!


最後に、最終話までお付き合い頂き、本当にありがとうございました!!

ここまで書くことができたのは、ひとえに皆様のおかげです。


それでは、またお会いしましょう。


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以下グラスト創刊コン用のあらすじです。


都内中小病院で勤務する救急医、佐野トオル34歳は激務の中で過労死する。気づけば、女神の御前におり、遺した家族を天国から見守らせてほしいと願い出るも、てめぇの魂は薄汚れているから磨いてこい、と一蹴、異世界へ転移させられる。異世界では、12歳の鑑定の儀で『鑑定色』が判明し、職業と運命が決まる。『黒』と判明した最低辺の若者を収容する職業訓練所で、何の取り柄もない青年サーノに憑依したトオルは女神の与えた鑑別スキルで現代医学の知識と技術を活用し、敵に悪影響を与える黒魔法で訓練所のトップに這い上がる。訓練所を襲う魔物の大群を的確な陣頭指揮で防衛し、強敵のドラゴンを、仲間を失いつつも打ち破る。晴れて訓練所から出所した後は、医師会の妨害も受けながら治療院を開設する。犯罪スキルとされる黒魔法がダークマタによる血流障害であることを逆手にとり、ユニークな手術チームとともに最重症の外傷患者の命を救い、自分の頑張る場所を見つける。

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