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第72話 瞳

 ガバチョの契約書に、まさにマルカスタがサインしようとした時、女忍者ソニアが現れた。


「ソニア秘書。何用ですか?」

「ガバチョ様。バルバ会長が、今すぐ恵まれない地域で開業してほしいとのことです。」

「はぁ!?何言っているんです!」

「これを。」

 ソニアは、紙束をガバチョに手渡す。


 ガバチョはそれを読んでいくうちに、手が震え始め、挙句、紙束を地面に叩きつけた。

「どういうことだ!!」

「そういうことです。」

「俺がなぜ詐欺行為をしたことになるんだ!?」


 俺は、ガバチョが叩きつけた紙束を拾い上げ、ざっと読んでみた。

「ふむふむ。エドワード商会は、ガバチョ医師に騙されたので、医師会に損害賠償を要求する。バルバ会長の名で、ガバチョ医師を地域医療に当たらせ、得た収入をエドワード商会への賠償に当てる。と。」


 俺は紙束から顔を上げ、ブルブル震えるガバチョを見た。

「ガバチョ先生!最高の契約書じゃないか!」

「そんなことがあるか!!俺は…バルバにハメられたんだ!」

 ガバチョは血が沸騰したのか赤ガエルのようになっていた。 


「言葉が過ぎますよ、ガバチョ様。」

 ソニアが苦笑しながらガバチョを諭す。


「クソあまが!いつも俺を見下しやがって!」

 何をとち狂ったのか、ガバチョがソニアに殴りかかる。


 オイオイ、相手はアサシンだぞ。


 案の定、目にも止まらない早業で、ガバチョは亀甲縛り逆さ吊りにされる。


「下ろせ!なんてことをするんだ!!」


 確かに『なんでそんなことをするんだ?』と、クエッションマークが浮かぶ処置だ。


「ガバチョ!バルバ会長の寛大な処置に感謝しなさい!」

「うるさー…」


 バシーン!!


 ソニアはどこからともなく鞭を取り出し、ガバチョの顔面に鞭打った。

「ブべーーーーーー!!!」


 アウチッ!


 俺は目を覆った。

 痛い、痛すぎる。

 中年オヤジが逆さづりされて、鞭打たれる姿が痛すぎる。


「バルバ会長に忠誠を使いますか?」

「…そんなことできるわけないだろう…」


 バシーン!!


「ブべーーーーーー!!!」


 ア、アウチッ!!


 そうしたやり取りが続き、結局ガバチョはソニアに立派に調教されて、バルバへの忠誠を誓い、ケープリアから離れて地域医療に専念することになった。

 ソニアの話によると、先代の長男は、賭博に負けてエドワード商会から借金を重ねていた。ガバチョが聞きつけて長男に接近し、マルカスタから店を取り上げようとしたらしい。


 バルバ会長は、ガバチョの不審な行動のシッポを掴んでいたが、ようやくエドワード商会と合意を得て、ガバチョを切り捨てる段取りがついたとのことだった。


 首輪をされたガバチョと、巻き添えで首輪をされた長男は、ソニアに紐でくくられ出ていった。


 店には、俺とマルカスタが残された。


「何というか…とにかく良かったな。」

「そうね…」


 マルカスタは大きく息をついた。


「ちょっと見せたいものがあるの、奥に来て。」

 俺は、マルカスタに案内されて、店の奥に入っていく。


「ま、待て。ここは、お前の寝室だろ。俺が入っていいのか?」

 マルカスタは、自身のベッドが置かれた部屋で立ち止まる。

 そして、振り向いた。


 豊満な胸元から薬液を取り出す。

「これね、シビスタから抽出して、とても薄めたものだけど。」

「あぁ。」


 マルカスタは、薬液を飲み干した。

「オイオイ、大丈夫か?」

「大丈夫…じゃないかもしれない。」


 マルカスタは、近くのランプに火を灯し、部屋がムーディーな雰囲気になる。


「これを飲むと、気分が上がって酔ったようになるのよ。」

「そうなのか?」


 明らかにマルカスタの様子がおかしい。


「ここを見て。」

 マルカスタは自分の胸元を指差す。


 もはやどれだけ薬液を隠しているんだという、お馴染みの胸元袋に俺の体は引き寄せられる。


「何かあるのか?」

「まだ分からないの?」

「マルカスタ。これ以上なぞなぞをすると、危ない女認定するぞ。」

「じゃ、認定して。」


 マルカスタは、俺に身を寄せて背伸びしたかと思うと、唇を重ねてきた。


 えっ!


 俺は、慌ててマルカスタの肩を掴んで、唇を離す。


「お、男をからかうもんじゃない。」


 しまった。声が少し裏返った。



 二人をしばらくの静寂が包み込む。


「あなたは隠し事ばかり。」

 マルカスタは、俯いたまま言う。


「黒魔法のことも、怪しい笛のことも…」

「…」


 マルカスタが見上げて、俺と視線がぶつかる。

「サーノあなた、何者なの?」

「…」


「時々、女剣士をスケベな目で見てる。」

「…」


 バレてた。ビキニアーマー、やっぱりバレてた。


「ベーラを仲間として見てる。」

「…そうだ。」

「私のことも仲間として見てる。」

「…当たり前だ。」

「女として見えない?」

「いや、魅力的だと思うが…」


 マルカスタの瞳に吸い寄せられそうになる。

「『5000万エルムかき集める。マルカスタ、お前は、何も心配するな』って言った。」


 ガバチョに『大事な仲間を取られていいわけない』と言った時のことだろうか…


「あぁ。あの時はそう言った。」

「私、とても嬉しかった。でもあなたはもう、私じゃなくルッソを見てたわ。」

「それは…」

「あなたの見るものばかり、私は気になってる。」


 マルカスタは、肩に置かれた俺の手を優しくほどいた。

 俺が、その所作から、顔に視線を戻すと、マルカスタの瞳には、涙が溜まっていた。


「…重いでしょ。重い女よね。私も、なんでこんなになっちゃったのか胸が苦しいの。」

「…マルカスタ。」

「あなたは、いつも命を懸けて私を守ってくれるのに、私を見てない。ベーラも女として見てない。あなたは何を見てるの?」


 マルカスタの頬を大粒の涙がつたう。


「…私、あなたが分からない。なんで、そんなに寂しそうな目をしているの?」


 俺は、呆然とした。


 俺も意識していなかった、異世界に来てからの所属感のなさ、寂しさを、この子は俺の目を見ただけで分かってしまうものなのか。



 思わずマルカスタを抱きしめた。

 震える肩に、どれだけこの子が真剣な眼差しで、俺を見てくれていたかが分かった。


 マルカスタは、そっと両手で俺の胸を押し、人肌の温かさを残して、俺から離れた。

 そして、ローブが体を伝ってするりと落ち、マルカスタは裸になった。

 ランプの揺れる光が、マルカスタの芸術的な曲線を、より際立たせていた。


 マルカスタが俺の手を取る。

「あなたを教えて…」

「…」


 このまま流れに身を任せるべきか。

 いや、何を迷うことがあるのか、あとは勇気の問題じゃないか。

 マルカスタの想いを踏みにじるわけにはいかない…


 ええい、ままよ!





 次の瞬間、俺は着ていたローブで、マルカスタを包みこんでいた。


「…どうして?」

 マルカスタは、俺のローブをギュッと握った。


「…心に決めた女がいる。」

「嘘でしょ。ベーラ?」

「…違う。」


 マルカスタは涙目でキッと睨んだ。

「もういいわ。出て行って!」

「マルカスタ、あの…」


 その時、店の玄関からフンドの声が響いた。

「サーノ!マルカスタ!急患だよ!背中を魔物に刺されたって!すぐ帰って来て!」



「…急患よ。早く出て行って。」

 マルカスタは俺の目も見ず冷たく言い放つ。


「マルカスタ。たぶんさっきの薬で、いつもと違う雰囲気になっちゃったんだ。だから、あらためて…」

「出てけ!ヘタレ!!」


「…分かった。治療院で待ってる。」

 俺は、ヘタレと言われたことにショックを隠せず、絞り出すように言った。


「もう…行けるわけないじゃない…」

 つぶやくマルカスタに、俺は後ろ髪を引かれる思いで、治療院へと駆け出した。



 サーノが去った後、マルカスタは、サーノのローブにくるまり、揺れるランプの光を眺めていた。そして、先ほど飲み干した小瓶に目をやった。


「…ただの水なのに。って私もズルイか。」

 マルカスタはつぶやいた。



「くそっ!完全に決定力不足だ!急にボールが来てビックリしたんだ!」

「何か言った?」

 隣を走るフンドが俺に尋ねる。


「ハッシュタグ#僕は童貞です、だ。あぁぁぁ!」

 加速する俺を、フンドは心配そうに追いかけた。


 治療院に到着するとすでに、ベーラとルッソは、患者のそばにいた。

 ベーラは俺を見ると、プイと顔を背けた。


 マルカスタと二人きりだったからか?

 後ろめたいことがありすぎる。


「か、患者の状況を教えてくれ。」

「…わかったわ。」


 患者である冒険者は、ワイルドボアという猪のような魔物に、背後から突進された。その際に、背中に牙が刺さったという。すでに仲間によって、その魔物は退治されていたのだが、象牙のような牙を抜くのもおっかないというので、刺さった状態で運ばれて来たらしい。


 こういう時は、下手に抜いてしまうとそこから出血して取り返しのつかないことになる。冒険者たちの判断は正解だ。


「パイヤ!医者が来たからな。しっかりしろよ!」

 仲間の冒険者たちがパイヤを励ます。


救急治療ワークアップを行う、患者を手術室へ。」

 俺は、ルッソ、フンド、飲みに来ていたロビンにも手伝ってもらい、パイヤを移動させる。


(鑑別スキル:エコーモード)

 パイヤを評価すると、魔物の牙は右の腎臓・腎血管まで貫いていた。


(これは、一番重症のやつだな…)


 俺は息を飲んだ。

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