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第69話 ワイバーン・オニクルン

「ルッソ準備はいいか?」

「大丈夫だよ!」


 回復薬を用意した、ルッソが待機している。

 

「ロビンも覚悟はいいか?」

 俺は、仰向けになったロビンに声をかける。

「いいぜ、やってくれ。」


 俺は呼吸を整える。

 一つでも間違えれば、ロビンに一生残る障害が起こってしまう。


 俺は、脳の血管、右中大脳動脈みぎちゅうだいのうどうみゃくを思い描いた。

 脳の一部である右頭頂葉みぎとうちょうようを栄養する一本の血管が、黒魔法成分ダークマタで詰まるイメージだ。


「アプラキシア!」


 周りが静寂で包まれる。


「ロビン、黒魔法をかけたぞ!」

「えっ、本当か?痛くもかゆくもないぞ。」


 ロビンがスッと立ち上がる。

「サーノ。これじゃペテンにもならないぞ。」

 ロビンが自分の手を見ながら、握ったり、開いたりと感覚を確かめている。


「ロビン、鎧を着てみろ。」

「…なぜだ?」

「ケガをするといけないからな。」


 ロビンは、置かれた鎧に手をつける。しかし、しばらく動かない。


「ロビン、どうしたの?」

 マルカスタが問いかける。


「……鎧の着方が、分からない…」

「えっ!」

「フハハハハ!ロビン。盾戦士が鎧を身に着けられないとしたらどうだ?」

 俺は得意満面で、ロビンに言い放った。


「…致命的だ。」

 ロビンは顔面蒼白でつぶやいた。


「ちょっと、ロビン。冗談はやめなさいよ!サーノにお金でも貰ってるの?」

「…いや、マルカスタ。冗談ではない。本当に分からないんだ!」

「そんな…、あまりに地味過ぎるけど、致命的だわ。」

「フハハハハノハ!」


 俺は邪悪な笑みを浮かべた。


「ロビン、じゃ今度は組み手だ。」

「…望むところだ。」

「ロビン、あんたには俺の動きが見えないはずだ。」

「そんなことがあるものか。俺も、この戦いでレベルを上げたんだぞ。サーノの動きくらい捉えられる。」


 俺はロビンから見て、左側にいるようにして、ゆっくり歩いて近づいていく。

 ロビンは、頭を振ったりして俺を探していたが、その隙に、握ったフォークをロビンの左頬にぺチリと当てた。


「ちょっと、ロビン!本当に冗談はやめなさいよ!」

 マルカスタはたまらず叫んだ。


「見えているのに見えない…致命的だ。これは致命的だ。」

 そう言って、ロビンはへたり込んだ。


「これで分かっただろう。黒魔法がいかに恐ろしい魔法であるか。」

 俺はロビンの手を取って、立ち上がらせた。


「時間も経ったし、もう大丈夫だと思うぞ。」

「えっ!」


 心ここにあらずといった様子のロビンであったが、改めて鎧を手に取ると難なく身につけることができた。もちろん、俺の動きが見えなくなるということは、もうなかった。


 ロビンは神妙な顔になっていた。


 中大脳動脈は、脳の重要な部分を栄養している、とても重要な血管だ。

 脳梗塞のうこうそくは脳の血管が詰まることを言うが、この中大脳動脈が詰まってしまうと、頭頂葉にダメージを受けることがある。

 そうすると、服を着ることができない、視界の半分が見えているのに認識できないという、症状が出るのだ。


 今回は、黒魔法で、その症状を一時的に引き起こした、というわけである。


 まぁ、魔法で、脳梗塞や心筋梗塞を起こしちゃう医者というのは、既に倫理の斜め上を行っているけどね。


 マルカスタは、まだ怪訝な顔で俺を見ていた。

「にわかには信じられないけど、ロビンの様子を見るとそうなんでしょうね。」


 ロビンは、黒魔法こわい、黒魔法こわい、とつぶやいていた。 


「それにしても、服を着れないようにするとか、気づかれず近づくとか、およそ異常性犯罪者が使うスキルね。」

「うるさい!性犯罪者言うな!」

 とツッコんでみたものの、マルカスタの言うことも一理ある。


 この黒魔法は悪用するといろいろヤバい。


 俺のような高い倫理観とプロフェッショナリズムをもった人間が管理しないと大変なことになる。


 俺のようにな(苦笑)



 チームで話し合って、俺たちは、ケープリアに帰ることにした。

 シビスタ10匹と遭遇するなんて、熟練パーティでもほぼ全滅するらしく、もう回復薬など在庫が切れてしまった。


 これ以上の連戦は無理だ。


 それに、これまで集めた魔石や、素材を売るだけでは、5000万エルムに届かないものの、マルカスタが言うには、シビスタの素材を使った薬液を作れば、たぶん高値で売れるから大丈夫とのことだった。


「良かったな。マルカスタ。」

「ありがとう。本当にありがとう。」

 マルカスタは嬉しそうに笑った。


 川沿いの街道を俺たちは進んだ。

 あと少し行けば、ウ・デス川の船着場で、ここから川を渡れば、ケープリアだ。


「強行軍だったけど、なんとか無事に終わりそうだね。」

 ルッソが言い、ロビンとマルカスタが頷いた。


 俺は、ルッソが『今日の当直は静かですね。』に近いフラグを立てたように思って、『そんな危ないことを言うものじゃない』と注意しようと思った時である。


 ぷーぷーぷーー!!


 擬態していたルッソのレアスライムが急に声を出した。


 ふと見ると、夕日から俺たちに向かって、長い影を落とすものが近づいてくる。

 そして…

 

 ギュオオオオーン!!!


 夕空に化け物の咆哮が響いた。

 俺は空を睨む。


(くそったれ…ドラゴンか?!)


「恐れるな。ワイバーンだ。ドラゴンもどきだ。」

 ロビンが、視線を魔物から外さずに言う。


「そうなのか?」

「ああ。今の俺たちなら苦戦はしないはずだ。」


 なんだ。楽勝じゃないか。


 俺は鑑別をざっとワイバーン、いや、クソモドキにかける。


― 種族:ワイバーン・オニクルン、Lv:60、状態:激怒、弱点:なし スキル:ホワイトブレス ―


 うん?


 なんか、モドキという割に、俺たちよりレベル高いし、ブレスのスキルもあるけど。


「ロビン。ワイバーン・オニクルンという種族だが、ブレスもあるようだぞ。」

「オニクルン?オミクロン?」

 ロビンは、はて?という顔で俺を見る。


 ルッソがおそるおそる言った。

「ワイバーンの最上位種じゃないかな。訓練所の図書室で見たことあるよ…」

「オニクルンって…、あのオニクルンか!!」

 ロビンは空を睨む。


「二又に分かれたシッポ…間違いない。オニクルンだ!最悪だぜ…」

 ロビンは俺たちに、盾の後ろに来い、と指示した。


「どういうことだ?ガンモドキじゃなかったのか?」

「モドキじゃない!俺も初めて見る、伝説級のワイバーンだ。ドラゴンと思っていい。」


 ワンダ軍曹が命を賭けて戦ったのが、レベル70の古代竜だったからな…

 …ヤバいかも。


 ギュオオオオーン!!!


 再度、オニクルンが俺たちに向かって咆哮する。


「ルッソ。あれを仲間にしてやってくれ。航空戦力は貴重だ。」

「ムリだよ!怒りしか感じないよ!!」


 そういや、オニクルンのステータスに『激怒』ってあったな。

 何怒ってんだ、あいつ。


「サーノ…それ…」

 ルッソが俺の胸元を指さす。

 見てみると、胸元から黒い光が漏れている。


 俺は慌てて、風呂を覗かれた女のように両手で胸元を隠した。


「あなた、まだ何か隠し事しているの!?」

 マルカスタの鋭い声が飛ぶ。


「いや、えっと、大丈夫だぞ。」


 感応者と接触者が不完全な接触をして、アンデッドドラゴンを呼び醒ました曰く付きの黒い笛だ。その黒い笛から光が漏れている。


 こんなヤバいもの、治療院のデスクの中に入れておけないじゃないか!


 高く売れるかもしれないし…


「その胸に入れている奴、早く捨てなさいよ!」

「いや、これは単なる笛なんだ。ピーヒャラ、ピーヒャラ、パッパパラパ、だ。」


 ギュイイーン!!


 その時、オニクルンが大きくあぎとを開いた。口の中に白い光が収束していく。

 ホワイトブレスだ!


「ブレスが来るぞ!ロビン!」

「…分かっている。命に代えてもお前たちを守る!」

 ロビンは、そう言って、盾の下に仕込まれたスパイクを出し、盾ごと地面に突き刺す。

 そうして、俺たちに、ぎこちなく笑った。


「グレートバリアリー…」

 ロビンの盾が輝き始める。


「バカヤロウ!そんなニコニコフラグ、もう絶対に許さねぇ!!」

 俺はロビンを盾から引き剥がし、大男を小脇に抱えて、駆け出した。


「やめろサーノ!敵前逃亡は盾戦士の恥だ!!」

「うるさい!自己犠牲で死んだら…ダメなんだよ!!それに盾戦技の名前を変えたってことは結婚したいんだろ!」

「それは…」


 ルッソ、マルカスタとはバラバラの方向に俺たちは散開して、全力逃走する。


 ピーーンッ!!


 耳をつんざくような高音が響いたかと思うと、背後にとんでもない熱量が迫ってきた。


(やっぱり俺がターゲットかよ!)


 目の前にウ・ゼス川が迫る。


「飛び込め、ロビン!」


 ザブーーン!


 ブレスがお尻を掠めつつも、俺とロビンは、川に飛び込んだ。

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