第65話 危ない女認定
マルカスタが、娼館で育ち、男に襲われたことをきっかけに、娼館から逃げ出し、抽出師としての才能を見出してくれた先代と出会う。先代は、マルカスタの鑑定色を黒だと見抜き、訓練所送りにならないよう、鑑定の儀をボイコットさせていた。
「しかし、鑑定の儀を受けないってアリなのか?」
「私は、娼館から逃げ出した時に、死んだことになったのよ。先代がどうやったか知らないけど、身代わりの水死体が引き上げられて、それが私ってことになったらしいわ。」
…先代も、黒い仕事をしてたんだな、きっと。
大丈夫なのか?この世界の医師や、薬師は。
アウトロー過ぎるだろ。
「これで、私の話はおしまい。先代と一緒に、いろいろな物から毒を抽出しようとしたり、人から魂を取り出そうとしたり、実験もたくさんしたけど、その話は別の機会にね♡」
…魂の抽出ってなんだ?怖すぎるわ!
先代も、不幸な身の上のマルカスタに、慈愛を注いでくれただけかと思ったら、なかなかのマッドサイエンティストぶりを発揮していたようだ。
「お茶のおかわり要る?私もサーノに聞きたいことがあるの。」
「あぁ、分かった。」
マルカスタは、ティーポットとカップを手際よくトレイに載せて、奥の部屋に戻った。
「ふー。」
隣でルッソが盛大にため息を吐いている。
たしかに、スリリングな話だった。
「でも、サーノ。確かに訓練所の図書館でも、抽出師なんて職はなかったから、たぶん黒なんだろうね。」
「そうか。他の色の可能性はないのか?」
「黒以外の鑑定色は、どんな適性があるのか、国をあげて調べているからね。抽出師が黒以外なら、たぶんその概要くらいは明らかになっていると思うよ。それか、国がトップシークレット扱いしているかだね。」
「マルカスタが俺たちを騙して何かを企んでいる線は?」
「うーん。分からないけど、僕たちを騙したところであんまり、旨味がないよね。」
それもそうか。
「あとは、マルカスタがお金を借りられないのも、やっぱり鑑定色が関係してるんだろうね。あれだけ腕がいい薬師だったら、どこもお金貸してくれるよ。商売絶対うまくいく。」
「黒だから資産凍結されるってか。確かに、冒険者ギルドでは白い目で見られたしな。」
俺たちがマルカスタの身の上話を振り返っていると、
「お待たせー。」
いい香りとともに、マルカスタがお茶と、パイ生地に包んだ何かを運んできた。
グー。
俺の腹が鳴る。
さっきまで、腹を一文字に斬られていた患者の態度じゃないなと苦笑いした。
「おなかをすいているなら。どうぞご遠慮なく。」
マルカスタはニコッと笑って、俺の前に皿を置く。
パクリ。
これは、なかなか。
あまーい。うまーい。
「スネークビーの毒は麻酔薬にも使えるけど、蜜もとれるのよ。それを抽出すると、なかなかイケるでしょ。」
イケる。
まるで、スイートポテトパイといった食感だ。
「そんなに童貞みたいにがっつかないで。」
マルカスタは苦笑いしながら言う。
夢中で食べていた俺は、自分でも分かるくらい赤面した。
だってさ。こちらの世界に来て、甘いものなんてほとんど食べたことなかったんだぜ。
「俺にとって、童貞っていうのは、最高の誉め言葉ではあるが、こんなにおいしい料理は初めてだ。なぁ、ルッソ?」
「うん!マルカスタさんは本当に料理が上手だね!」
「ありがとう。素直に受け取っておくわ。」
マルカスタが微笑む。
「それで、俺に聞きたい事って何だ?」
「そうそう。」
マルカスタは、袋から破片のようなものを取り出し、トレイに置いた。
「これ、ブルストンが落としていったものだけど。あなたが割った?」
「…」
ルッソが俺の顔を覗き込む。
「サーノ、これは?」
ブルストンが来た時すぐに、ルッソに衛兵を呼びに行ってもらった。だからルッソは、俺がブルストンの鑑別に失敗したことを知らない。
とにかく、スキルの事がバレるのはよくない。ここはオトボケサーノの一択だ。
「さぁな。」
マルカスタはチラリと俺の顔を見た。
「これは、恐ろしく高価な対魔具よ。一回に限り魔法をキャンセルする。」
マルカスタはテーブルに手を置いて乗り出し、俺に向かって顔をどんどん近づけてくる。
…近いな。振り返れば奴がいる状態だ。
「何が言いたい?」
俺は、マルカスタから目を離さずに言う。
「隙をついてブルストンに魔法を使ったんじゃない?しかも強力な魔法を。」
「…何のことかさっぱりだ。」
マルカスタはルッソの顔を見た。ルッソはギクリとした様子で、マルカスタから目をそらす。
おいおいルッソ。そりゃバカでも怪しいと思うぜ。
マルカスタはふぅとため息をもらし、再び俺に視線を戻した。
「隠し事しているわね。私は、洗いざらい話をしたのに、あなたたちは、ダンマリなわけ?」
「…」
確かに、そう言われたらフェアじゃない。マルカスタは俺たちを信じて、スキルや身の上のことを話してくれたわけだ。
…仕方ない。
「…俺は、敵の能力が分かる。」
マルカスタは、大きく目を開いた。
「…そう思ったわ。あなた不思議と、患者の病気を見抜くからどうやっているのか気になってたの。魔法を使っていたのね。」
「…まぁそうだ。」
「まぁって何よ。」
医者の診断を魔法と言われると、それは違う。
病気の診断は、科学の歴史であり、人類の叡智の結晶であり、医師の熟達であり、努力の賜物だと思うのだ。だから魔法と言われると、イカサマのようで、とても後ろめたい気持ちになる。
地球で頑張っているご同輩。俺は、診断の努力もせず、研鑽を積むことなく、魔法だけで診察するようになってました。
「申し訳ありませんでした。」
俺は地球に対して土下座した。
「何でよ?すごいじゃない!医師のスキルは『白魔法で治るかどうか見立てる』って言われてるから。もっとも、医師会はそのスキルを秘匿しているけど。」
「そうなのか?」
この世界では、白魔法で治せないものを、医師が対応しているってことか?
マルカスタは、グラマラスな胸元から瓶詰の薬液を取り出した。
「これが何か分かる?魔法で見抜いてみて。」
「…わかった。」
俺は鑑別スキルを使った。
生物以外に使うのは、毒があるかの判定の時だけだが…
結果は…
何もわからなかった。
「分からない。」
「そうなんだ。」
「俺は医者だ。生き物相手の仕事なんだ。」
少し負け惜しみを言ってみた。
「じゃ、これはどう?」
マルカスタは、小さな籠に入った生き物を取り出した。ハツカネズミに似ている。
俺は鑑別をかけたが、特に異常のないネズミだった。
「こうしたら…」
マルカスタは先ほどの薬液をネズミにかけてみる。
ネズミの動きが止まった。
「死んだ?」
とマルカスタは聞いてくる。
ルッソがネズミから目を背ける。
ネズミに鑑別をかけると、状態が、『睡眠』と出た。
「いや、寝てるだけだ。」
「ご名答。」
「なんの真似だ?これ以上のなぞなぞをすると、危ない女認定するぞ。」
「何よ、危ない女認定って。まぁいいわ。サーノは、何の効果か分からない薬液でも、生体に使ってみると分かるんでしょ。私、効果の分からない薬液をたくさん持っているの。」
「危ない女だな。それで?」
「5000万エムルの大金を1週間で用意するなんて、まともに働いてたら無理に決まってる。あなたの治療院でもね。そうでしょ、ルッソ?」
「…無理です。」
「じゃ、冒険で一獲千金狙いましょうよ。ブルストンの持ってた対魔具のような財宝を見つけられれば、イケるわ!私の薬液を魔物にかけまくって、荒稼ぎするのよ!今まで、なんの効果があるのか、持て余していたけど、置いてて、よかったわ!」
本気か、この女…
*
俄然やる気が出たマルカスタに引っ張られて、俺たちは冒険者ギルドにやってきた。
マルカスタは、自分の持ち込んだ薬液を、あたり構わずぶっかけてやると、汁男優顔負けの意気込みを見せているが、そんなにうまくいくもんかね。
マルカスタのやる気と裏腹に俺のテンションは下がっていた。冒険に出るとなると、治療院を休業しないといけないしな。
せっかく治療院の評判も上がってきたところなのに。
なにより5000万の大金を稼げるとは思えないし、冒険野郎みたいな危険なことが俺は大嫌いなのだ。
その時である。
今からストリップショーでもするんですか、と言わんばかりの、極度に露出した女剣士がカウンターに向かって歩いていた。
俺の視線は、女剣士に釘付けだ。
あれが、いわゆるビキニアーマーってやつか。
(よし!あの子と夜の冒険に出かけよう!)
俺は、決死の覚悟でナンパすることにした。




