第64話 僥倖
マルカスタの身の上話を聞くことになった俺と、ルッソ。
話の切り出しが、娼館ときた。
マルカスタが風俗嬢として客をとってきた経験を赤裸々に語られると、ルッソにとっては刺激が強すぎるかもしれない。
ルッソに向けていた視線を、手元のカップに移す。
不思議な色合いのハーブティに自分の顔が映り込む。
今の俺は『見た目は若者、頭脳は中年』という、珍しいとも、珍しくないとも言えない境遇なので、ルッソより、この手の話題には慣れている。
風俗嬢クラスターね。
医学的にはFCSW:female commercial sex worker(女性の性産業従事者)というが、このクラスターの患者対応は難しい。
FCSWが「腹いてぇ!」と夜間救急に転がりこむ時は、俺たち救急医は緊張したもんだ。
普通の食あたりから、メンタルだの、ヤクやっただの、クソDV彼氏に腹蹴られただの、子宮外妊娠といって死ぬかもしれない病気まで、いろいろ想定して対応する必要がある。
さらに、俺のような場末の救急で働くような医者には、教科書通りに対応できる場面の方が少ない。
腹の痛みの原因を探ろうと、腹部CTを提案しても、『そんな金ねぇよ、あんた払えよ!』なんてことを言い出す患者もいる。
瀕死の患者相手ならキビキビ動ける救急研修医が『教科書通りの対応が出来ないので、帰宅させていいですか?』と相談して来ることもある。そんな時は、『なんでこの患者さんは今、先生を受診したんだろうね?』と仏の指導医佐野(自称)は問いかけたものだ。
患者の経済的背景、受診までのストーリー、抜き差しならないニーズを捉えなさい。それができれば、機械的に『それはお辛かったですね。』なんて言わなくていい。患者の話しに真剣に耳を傾けている医者の姿が、まず患者を癒すんです。
これは研修指導中、口酸っぱく言ってきたことだ。
まぁ自分一人で救急対応している時は、『ふざけんなこの女!』とか思っちゃったりするのだが。
フフフ、いけない。
一度でも異世界転移して、女子の『私、汚れているの』的な打ち明け話を聴いた者には分かるかもしれないが、こういう時は、前世のことが昨日の事のように甦ってしまうものだ。
といっても、患者ではなく、仲間が風俗嬢として働いていたなんて打ち明け話は、前世でも経験なかったので、ちょっとドキドキしている。
「マルカスタ。俺は大丈夫なんだが、激しいプレイ内容については、包み隠して話してやってくれ。」
ルッソを親指で指し、マルカスタにウインクする。
「ないわよ。そんなもの。」
「お前と客との激しいプレイのことだが。」
「ねーよ!しかも、同じこと言ってるだけじゃねーか!」
マルカスタが激高する。
「何言ってんだ。お前、娼婦やってたんだろ?」
俺は、きっちりと性交渉歴、職歴、既往歴を確認するのだ。
「あなた最低ね…私は子どもの頃、娼館で育ったの。客なんかとってないわ。」
マルカスタはため息をつきながら言った。
えっ、そうなの?
俺は何となくいたたまれなくなって、ルッソを見ると、目をそらされた。
えっ、仲間外れ?
「娼館って、親が娼婦だったのか?」
「そんなとこね。でも、本当の親は知らないの。」
「娼婦だと、誰が相手かなんて分からないもんだろう。」
「そういう意味じゃないのよ。ほら、これが問題なの。」
そう言って、マルカスタは髪をかき上げて見せた。
「綺麗なうなじだ。」
「いや、そこじゃないわよ…」
マルカスタは赤面した。
「耳…」
ルッソは、小さくつぶやいた。
あっ。ほんとだ、少し尖っている。
これは…木こりのパリーと同じハーフエルフって奴か。
「ハーフエルフか。」
「そう。これのせいで、私は一般的な孤児院に入ることが出来なかった。」
マルカスタが髪をもどし、うつむく。
サーノの記憶を探ると、ハーフエルフは、『森人』と呼ばれ妖精のように美しいエルフと、俺やルッソのようなヒューマンの混血だ。
エルフは排他的な種族なので、基本的に他種族との姦淫は許されない。他種族との間にできた子どもは『忌み子』として、排斥される。
そうした背景があることをヒューマン側も知っているから、ハーフエルフは虐め抜かれる。
なので、孤児院でも手に余り、受け入れないことがほとんどだ。
「それにしても、なんで娼館なんかに?」
俺は、マルカスタに尋ねた。
「たまたま、娼館の女将さんがね、捨て置かれた私を、拾ってくれたらしいわ。これは上物になるって。」
「その時、赤ちゃんだろ。分かるもんなのか?」
「どうかな。女将さんは確かに人を見る目があったと思うわ。たぶん、私を娼館一の女に仕立て上げたかったのよ。私、キレイだから。」
マルカスタは自分でその豊満なバストを押し上げ、笑顔を作ろうとしたがぎこちなかった。
ルッソは真っ赤になる。
「いいから、話を続けてくれ。」
俺は、マルカスタに促した。
「なんかムカつくわね…でも、住み込みで働いている娼婦の中には、正直、イマイチな女もいたわ。」
「イマイチな女?」
マルカスタは、大きく息を吐いた。
「殴る蹴るする、しょーもない男に貢ぐのよ、イマイチな女って。男に殴られて、優しくされて、生きてるって感じるらしいわ。タチが悪いのよ。」
まぁ、納得だね。
日本でも、風俗嬢の自己肯定感は低いし、うつ病などメンタルの問題を抱えていることが多い。クズみたいな男に尽くして、共依存関係になっているのが、風俗嬢アルアルなのだ。
「タチが悪い女としょーもない男は、二人で一つだ。何も不思議なことじゃない。」
「…そうね。で、その女が客をとって留守の時に、しょーもない男が娼館に忍び込んで、子どもだった私を犯そうとした。たまたま手元にあったナイフで男の目を刺して、娼館を飛び出したってわけ。」
ハードボイルド!
さらりとハードボイルドな展開だ!
「娼館から逃げ出した私は、返り血を浴びてたし、なんか、もうどうでもいいと思っちゃって、橋の欄干に登って、飛び降りて死のうとしたのよ。」
俺とルッソは、ごくりと唾を飲んだ。
「そこで、『あんた、待ちな』って声をかけてくれたのが、ここの先代よ。」
「そうだったのか。」
「血だらけのハーフエルフの女の子が、自殺しようとしているんだから、完全にワケアリだよね。先代は私に上着をかけて、この店まで連れて匿ってくれたの。」
「よく付いていったな。下手したら、売り飛ばされるかもしれないだろう。」
「そうね。でも私は直感した。『この人、信じていい』って。」
マルカスタは、天を仰いだ。
「先代には、感謝してもしきれないわ。」
場末の救急医をやっていた俺には、この手の話は、ありふれたものだ。世界は悪意で満ちていて基本的に這い上がれない。ただ、マルカスタのように、性暴力に溢れた凄惨な環境に育っても、先代みたいな人間と出会って、自分の人生を動かしていけることもある。
「よかったな。しかしお前が、先代と同じ抽出師のスキルをもっていたのは、とんでもない僥倖だったな。」
「先代は薬師よ。」
「そうか。でも薬師と抽出師は同じ鑑定色なんだろ?ルッソ。薬師の色は何色だ?」
「紫だよ。」
「じゃ、抽出師も紫だ。スキルが似通っているから、先代の愛弟子になれたわけだ。」
「先代は、私の薬を作り出す技術を見て、『鑑定の儀を絶対に受けるな』と言ったわ。だから、私は鑑定の儀を受けてない。抽出師という職も、先代が古文書から引用して、名づけてくれたのよ。」
「…オイオイ。それじゃ、お前の鑑定色って…」
マルカスタはフッと微笑んだ。
「そう。私の鑑定色は、黒よ。」




