第63話 抽出師
マルカスタがガバチョに5000万エムル支払えば、手籠めにされない。俺たちは、どうすれば金を用意できるかを考えていた。
「正直、ブルストンさえいなけりゃ、あの赤ガエルぶっ飛ばして、約束なんか無かった事にしてやるのにな。」
俺はつぶやいた。
マルカスタは首を横に振った。
「ダメよ。ブルストンって、人と戦ったり、殺したりすることが本当に好きそうだもの。」
「そうだな…」
テーブルに座った俺たちは、しばらく押し黙った。
お茶を一口飲む。
「あのさ、この店を売ったら5000万エムル位になるんじゃないか?」
カップのお茶をすすりながら言った。
「それが難しいのよ。ここは先代の所有していたお店で、今は先代の家族が所有者になっているようだし。」
「所有者になっているようだし。って随分アバウトだな。」
「先代の遺言書には、私がこの店の一切合切を相続できる、と書いてあったようだけどね。家族がそれを許さないようだし。まぁ私もゴタゴタに巻き込まれるのは面倒だから、ここで働けるだけ働いて、相続とか財産とかは放棄しようと思っているのよ。」
「へぇ。」
俺はマルカスタの話に耳を傾けながら、舌に残る不思議な味わいを楽しんでいた。
「それにしても、味わい深いハーブティーだな。」
「ありがとう。サーノには、ブロスの実のエッセンスを混ぜているわ。大量に出血した後だし。」
俺が、へぇ、と相槌を打っていると、ルッソが、俺のティーカップをヒョイと取り上げた。
「どれ、ちょっと飲ませてよ。」
「お行儀が悪いですよ。」
礼儀作法をたしなめていると、ルッソは、感動したようにマルカスタに尋ねた。
「すごい。濃厚だね。どうやって作ったんですか?」
「それは…」
マルカスタは逡巡している様子だった。俺は助け舟を出した。
「マルカスタ。イヤなら言わなくていい。企業秘密ということがある。」
「ごめん、マルカスタさん。ちょっと軽率でした。」
「うん、いいのよ。あなたたちなら。」
そう言って、マルカスタは、奥の方に行って、果物みたいなものを持ってきた。
「これが、ブロスの実よ。」
「うん。」
「それをこうすると…」
マルカスタの触れたブロスの実が光り始めて、透明な液体がブロスの実から抽出される。
その、抽出された液体は、空を浮かんで、ルッソのカップに入った。
「飲んでみて。」
マルカスタが言うので、ルッソはカップに口をつける。
「すごい!濃厚な味わいに変わった。」
俺は、マジックのような一連の手順についてマルカスタに尋ねた。
「これはスキルか?」
「そう、私のスキル。先代が言うには、私は薬師じゃなくて、抽出師というレアな職らしいわ。」
「すごいな!」
「他の薬師に比べて、有効成分を多く含んだ商品を作ることができる。先代に『この力が明らかになると大変なことになるから、カモフラージュしなさい』と言われていたわ。」
「そうか。だから、腕利きの冒険者は、マルカスタの商品を買い求めてくるんだな。」
「そうかもしれないわね。といっても、有効成分を5~10%程度増やす程度よ。値段も他の店より高めに設定しているから、『高いものは効く』みたいなプラセボ効果もあると思うけど。」
抽出師なんて、凄すぎるスキルだ。
マルカスタの話によると、物の有効成分のイメージができれば、その成分を液体として抽出できるということだ。
例えば、医療用麻薬のモルヒネは、ケシという植物から作られるが、マルカスタのスキルがあれば、モルヒネを抽出し放題、ついでに敵対国もアヘン漬けにできるということだ。
…恐ろしい。
国にバレたら、絶対に拉致されて、人格を破壊された上で、抽出機械として馬車馬のように働かされるのだ。
「これは内緒にしておいてね。」
「なんで、こんな大事な話を俺たちにしてくれたんだ?」
マルカスタは、少し考えるような素振りをした。
「さっき、薄情もんが私にあと足で砂ばかけるって時に、涙ながらにケツ蹴ってくれたからかな。『あぁ、仲間と思ってくれてるんだ』って。」
マルカスタは、ルッソを優しく見つめた。
「いや、その…僕は、マルカスタさんを大事に思ってます。」
「ありがとう、ルッソ。」
マルカスタとルッソが見つめ合う。
え、何これ。
ルッソとマルカスタっていい感じなのか?
ルッソってば、ベーラを好きだと言いながら、ヒーちゃんとキスしたり、こうしてマルカスタと恋人のように見つめ合うということができちゃうんだな。
まぁ、ルッソの汗が染み込んだタオルを絞って飲んだ、ターニャ訓練所副所長というのもいたが、アレは悲劇枠だ。
俺たちが訓練所を出る時も、『ルッソたんの熱をどこまでも追いかけていくからな!』とストーカー発言して、訓練所の幹部連中がドン引きしていた。
なんだろうな。
あんまりモテると危ない。刺されるかもしれない。
非モテ出身としても、ルッソの華やかな女性関係を黙って見過ごせないな。
「しかし、ルッソのその色男ぶりについてだが!」
「…うん。」
ルッソは、また始まった、というように天を仰ぐ。
「男だったら一つに懸けるものだ。仲良しこよしのガールフレンドを、そんなにたくさん作るもんじゃない!」
「あら、いいんじゃない。いい男には、女が群がるものよ。」
「マルカスタ!お前、なんてことを言うんだ!そんなことを許すから、ハブられる非モテ男子が生まれるんじゃないか!」
「くだらない男には、女は寄りつかないものよ。ガバチョも非モテでしょ。サーノは、あんな奴にも、女をあてがう方がいいと思ってるの?」
「そ、そんなわけないだろう!ただ、努力している非モテや、不当に扱われているブサイクにも光を当てろと俺は言っているんだ!」
「意味がないわ、そんなこと。」
「努力に意味がない、だと…」
「人生なんて親の経済力・ルックスで決まるんだから。ベーラを見てみなさいよ。見た目麗しいお嬢様で、何一つ不自由がないでしょ。光は、映える人にだけ当たれば十分よ。」
マルカスタは遠い目をした。
納得のいかない俺は声を荒げた。
「…俺やルッソは、親もなく、最底辺の黒色として罵られてきたが、訓練所の困難を乗り越えた。誰でも努力すれば、しないよりも成功に近づく。光を浴びるチャンスがあるはずだ!」
「スポットライトに慣れていない人間なんて、光が当たると後ろ暗い影の方が目立つものよ。」
「…」
「サーノ。あなた青いわね。」
…俺が青いだと。
前世で例えるなら、20歳そこらの若い看護師さんに、卒後10年の医者の俺が『未熟な皮かぶりですね。』と言われる感じか。
想像してみると、それもまた乙なものかもしれない。
いや、いかんいかん。
また高尚なことを考えてしまった。
「…マルカスタ。お前の話を聞かせてくれ。若いのに、どうやら人生を深く味わっているようだな。」
「ふーん。意外に怒らないのね。どうしようかしら…」
マルカスタは指を口元に当てて考えている。
しばらく時間が経ち、おもむろに口を開いた。
「分かったわ。少し長くなるけど…」
キリっとした表情で、俺たちを見る。
「まず私が娼館にいた時の事からね。」
ルッソの顔がこわばる。
なるほど…
こいつは聴きごたえのある話になりそうだ。




