第62話 男の約束
ブルストンの抜刀術で、腹を真一文字に斬られた俺。
腹を押さえて圧迫止血を試みるも、血は止まらず、絶体絶命のピンチだ。
「ブルストンさん。ささ、とどめを何卒よろしくお願いいたします。」
ちくしょう。ガバチョ、ウゼー。
紹介状の末文みたいな事言いやがって。
「恨むんならお前の運命を恨むんだな…この俺のように…」
ブルストンが、俺にとどめを刺そうと近づいてくる。
(くそ。ここまでか。)
俺は、くの字に曲げた体のまま、ブルストンの剣先を見る。
その時だ。
「…何のマネだ。」
「助けて!お願い!何でもするから!」
マルカスタが俺をかばうように、ブルストンの前に出た。
「マルカスタ…」
「喋らないで!傷が開くわ…」
マルカスタはすでに涙目だ。
「ガバチョよ。どうする?この女も叩き斬るか?」
ブルストンがガバチョに尋ねる。
「いや、その女は生かしておきましょう。」
ガバチョは下卑た笑みを浮かべた。
「マルカスタ、私の女になりなさい!」
「えっ、それは…」
マルカスタは、俺を見る。
「マルカスタ…断れ…あいつの短小な一物じゃ、お前を満足させることができない…一生不幸になるぞ…」
俺は息もたえだえに、マルカスタに言った。
「ブルストンさん、早くとどめを!!」
ガバチョが怒り心頭で叫ぶ。
「待って!わかったわ、あなたの女になる!早くサーノを助けて!」
ガバチョはニマーと笑った。
「と言っても、とどめを刺さないだけですよ。もうこれは手遅れです。最後の時間を楽しんでください。」
「そんな…あなた医者なら、助けてよ!」
ガバチョは目を細めてマルカスタを見やる。
「致命傷と言ってるでしょう。今すぐ殺さないというだけで感謝しなさい。」
マルカスタは、話が違う、と食い下がるも、ブルストンが刀に手をかけたので、動けなくなった。
ガバチョは満面の笑みで言った。
「マルカスタ。明日私の屋敷に来るように準備しておきなさい。毎晩寝かせませんよ。」
「ケダモノ…」
キッとマルカスタがガバチョを睨む。
「嘘だ…お前は、10秒とモタないケチな早漏野郎だ…」
俺は最期の力を振り絞って、ガバチョに言った。
「それだけ出血しているのに、本当に口だけは達者ですね。あぁそうだ、これはどうでしょう?マルカスタさんは5000万エルムを用意する。それができなければ、私の女になる。」
「じゃ、お金を用意したらどうするのよ?」
「もちろん、私はこの街から出ていきますよ、永遠にね。」
「い、いつまでに用意すればいいの?」
「ハハハ、冗談のつもりだったんですが、本気にしましたか?」
ガバチョは、あからさまにバカにしたような顔をした。
「…では、一週間後にしましょう。たとえ、4999万エルム集めても、足りないわけだから、それを結納金として私の屋敷に来るんですよ。わかりましたか?せいぜい頑張ってお金を集めてくださいね。」
マルカスタは、ガバチョを睨んだまま答えない。
ブルストンが口にした。
「ふん。この女が雲隠れしたら、どうするのだ?」
「逃げ出さないようにお願いします。」
ガバチョは、イヤらしい顔でブルストンに答えた。
「おい、女。逃げれば斬り捨てる。ガバチョも、その分の代金はもらうぞ。」
「払いますとも!」
ガバチョは揉み手をした。
無茶苦茶だな。こんなクズみたいな男いるんだな。
「分かったわ…」
マルカスタが口惜しそうに言う。
「ガバチョ…お前、それでも医者か…」
俺が、ガバチョに毒づくと、ガバチョは突如小走りして、その短い足で俺をガシガシ蹴りはじめた。
「やめて!」
マルカスタは叫ぶ。
「こいつ、こいつ、こいつ、こいつ!!」
ガバチョの短足キックは続く。
地味に痛い。やめろよ。
ピーーーーーー!!
警笛が響いた。
「ガバチョやめろ。衛兵だ。面倒なことになるぞ。」
「ハァハァハァ…バカにしやがって…」
息が切れていたガバチョであるが、最後には
「それでは、マルカスタさん、1週間後にせいぜいお金を用意して、引っ越しの準備もしておいてください。」
と告げて、連中は引き上げた。
「サーノ!」
衛兵二人を連れてきたルッソが叫ぶ。
「あぁ、こんなのかすり傷だ…と言いたいが、やや深いな。」
「喧嘩か?誰にやられた?」
衛兵が尋ねる。
「ブルストンという奴だ…」
俺は、衛兵に答える。
衛兵は、お互いに顔を見合わせた。
「本官は、これで失礼する。」
逃げるように、衛兵たちは、走り去った。
ったく、何だよ。ブルストンは警察組織にも幅を利かせてるのかよ。
ルッソも驚いた顔で、逃げ出した衛兵を目で追っていたが、
「はやく傷の手当をしよう。サーノの命が危ない!」
と、俺をお姫様抱っこして、マルカスタの店の中に運び入れた。
ルッソは俺の傷を見て、
「幸い、ギリギリ腹腔内まで刃は到達してない。腹横筋までだ。」
と言い、出血を確実に止めながら、筋層ごとに、手持ちのピンセットと回復薬で接合していく。
ブルストンが抜き打ちした時のパラリシスで、上半身と下半身の泣き別れは防げたようだ。
それにしても、ルッソは、医者としての腕を上げている。
俺が教えることを何でも吸収するからな。
「傷は閉じたよ。でも、出血量が多いから、しばらく安静だね。」
ルッソは、ベテラン医師の雰囲気で俺に病状説明した。
「分かった。ありがとう。ルッソ。」
枕元に正座するルッソに俺は、心から感謝した。
「お茶…入れるわ。」
マルカスタは、ルッソの処置を一部始終見ていたが、ひと段落したところで、席を立った。
俺は、マルカスタに聞こえないように、ルッソに問い詰めた。
「ルッソ、遅いぞ!なんで衛兵を呼ぶのにそんな時間かかる?危うく死ぬところだったじゃないか!」
「いやいや。サーノもほとんど時間を稼がず決闘になったんじゃないの?僕は全速力で、衛兵の所に行ったよ。」
「時間を稼ぐ…あれ、どうだったかな?」
そんな作戦だったっけな?
「サーノ、まず土下座したの?」
「いや、その…してません。」
ルッソが大きく息を吐いた。
「同じ医者であるガバチョの前で土下座するのは、プライドが許せなかった。マルカスタさんの前では、恰好つけたかった。というところでしょう。」
「…」
ルッソの言う通りだ。俺はあの時、なぜ土下座ができなかったか、という振り返りをしたら、そうかもしれない。でも、ブルストンに斬られる心配があったことは、伝えておかないと…
ルッソは穏やかな様子から一転して言った。
「そんなちんけなプライドがあるから、命を落とすところだったんじゃないか!」
「いや…ルッソ君。土下座しても、ブルストンに斬られたかもしれませんし…」
「本当に、君は無鉄砲で…アレンにも、ドラゴンにも、ブルストンにも…もう一回死んだらどうするんだよ!」
ふと見ると、ルッソが、嗚咽していた。
「えっと…ルッソ…すまない。俺、死なないようにする。もう、死なないようにするから。」
俺は、体を起こした。
少し目が眩んだ。
俺は頭を振り、うつむいたルッソの頭にボスっと手を置いた。
「俺は、しぶとく生きるし、必要ないときでも土下座する。自分のことを最優先してわがままにやる。」
ルッソが、俺を見上げる。
「自己犠牲なんてしないし、大丈夫だ。だから泣くな。俺は今、生きてる。」
「うん…」
ルッソが微笑み、安心した時、背後から声がした。
「私は、その自己犠牲で、粗チン男の女になる約束をしちゃったんだけど、どうしてくれるの?」
マルカスタが、お盆にティーカップを載せて、こちらを睨んでいる。
俺はルッソに目くばせをした。
ルッソも俺に目くばせをした。
俺たちは分かり合えている。
俺はジャンピング土下座をして、マルカスタに言った。
「ありがとう!マルカスタ。お前のおかげで俺は、とどめを刺されずに、こうして生きてる。これからお前も、ガバチョの屋敷で幸せに暮らしてくれ!」
「トウッ!」
その時、土下座する俺のお尻を思い切りルッソが蹴り飛ばした。
「…ルッソさん、なんで…」
俺が、悶絶していると、ルッソは強い口調で言い切った。
「違うよ!5000万エルムを集めて、ガバチョの鼻を明かすんだよ!」
「いや…ルッソさん。5000万エルムなんて大金、1週間で用意できるわけないですよ。」
俺は自分のお尻をさすりながら、口答えした。
「サーノ。ワンダ軍曹やヒーちゃんが命を懸けて守ったものは何だったの?」
ルッソの強い眼差しとぶつかる。
「…」
俺はしばらく、ルッソと見つめ合った。マルカスタの息を呑む音が聞こえる。
やべぇ…。
あの二人が守ったものが多すぎて、ルッソに何を答えたらいいのか分からない。
しかも、この雰囲気で間違ったことは言えない。答えは何なんだ?
「…仲間だ。」
「そうだよ!ヒーちゃんは、僕に乙女の一針を刺して…」
ルッソが涙ぐむ。
そうだよな。
ルッソは、自分を守った女を死なせたという、拭い去れない罪悪感を抱えている。マルカスタが体を張ってる姿に、ヒーちゃんが重なっているのだろう。
この眼差しで見つめられちゃ、いくら薄汚い中年でも格好つけなきゃいけない。
「ルッソ。あんなクソ医者に、治療院の大事な仲間を取られていいわけないだろう?」
「サーノ…」
ルッソは、そうこなくっちゃ、と目尻だけで答えた。
「…で、どうするの?」
マルカスタが、やや顔を赤らめて、ティーカップをテーブルに置いた。
「何とか、5000万エルムかき集める。マルカスタ、お前は、何も心配するな。」
そう言い切って、すぐにルッソの顔を伺うと、満面の笑みで頷いていた。
分かり合えた気がした。




