第61話 凶刃
俺とルッソが、マルカスタの店で話し合っていた時、ガバチョがチンピラと、嫌がらせにやって来た。
ガバチョは、眼を細めてこちらを睨む。そして口角を醜く歪ませて言った。
「おやおや、奇遇ですね。サーノさん。こんな所で、何してるんですか?」
「お買い物だ、バカヤロウ!」
ガバチョがムッとした表情になる。
俺は構わず二の句を次いだ。
「お前たちこそ、店の壁を蹴るなんて威力業務妨害で訴えるぞ!」
「勇ましいですね。小賢しいですね。マルカスタさんはいらっしゃるかな?」
「何よ!」
マルカスタは腕組みしてガバチョを睨む。
ガバチョは、マルカスタを食い入るように、そして舐め回すように見る。
俺は、眉をひそめて、そのキモい様子を見ていたが、改めてマルカスタを見てみると、出るとこ出て、プロポーションはなかなかのものだ。美人だしな。
「サーノも何よ!」
「えっ、ごめんなさい…」
ガバチョは怪訝な顔で俺を見た。そして、気持ち悪い媚びた声で、マルカスタに話しかける。
「もうあなた以外の薬師ギルドの方々は、医師会に協力してくれることになりました。いろいろ物入りでしょう?私たちに協力していただければ、すぐにお金は用意いたしますよ。」
「お断りよ。あなたたち医師会とエドワード商会がグルになって、うちに商品を回さないようにしているし、医師会に協力した他の薬師に、不当に安い値段で卸してるんでしょ。それで兵糧攻めのつもりかしら?」
「フフフ、何の事だか?しかし、こんなに商品は品薄なくせに、もめ事が多い店に、客は来ますかね?」
ガバチョは得意満面である。
「クソが!」
マルカスタが毒づく。
「マルカスタさん。淑女の使う言葉ではありませんよ。金を貸してくれる人もいないし、もう我慢の限界でしょう。」
「やっぱり、そこも手を回していたのね!」
「フフフ、何の事だか?」
俺は事の次第が分かってきたので、思わずガバチョに声をかける。
「何でもかんでも、とぼけやがって!このボケ老人が!」
ガバチョがギロリと気持ち悪く刮目して俺を睨む。
カエルみたいだ。
「まだそこにいたんですね…」
「ガバチョ。あんた、バルバ会長とうまくいってないんだろ。こんな、チンピラ使った買収やってて大丈夫か?」
「あなたには関係ないことでしょう。」
「あんた絶対、シッポ切りされるぜ。あんたが、不許可にした俺たちの開業、その晩のうちに会長が許可出したんだ。絶対、会長によく思われてない。あんたは捨て駒なんだよ、ガバチョ先生。」
ガバチョは、わなわなと震え出した。
うんこでも漏らすのかな。
「うるさーい!!」
ガバチョは叫んだ。
「バルバは、開業許可を出したみたいだが、俺は許してない!!」
ガバチョが、口からツバを出しながら怒鳴る。
あぁ、うるさい。
顔を真っ赤にして、口臭ひどいし、赤ガエルと名づけよう。
ゲロゲーロ。
すると、ガバチョは何か閃いた顔をした。
「あぁそうか。営業できない体になってもらえばいい…ですね。ブルストンさん!」
ちっ!来てたのか、あの用心棒。
俺は、嫌な予感がしたので、ルッソに指示して店の裏口に回らせ、衛兵を呼びに行ってもらった。
壁を蹴っていたチンピラたちが後ろに下がる。
「ブルストンさん、あの男をちょっと殺しちゃってください。」
「…報酬は?」
「言い値でよろしいです。」
店内にブルストンが入ってくる。前と同じの黒い着流しに赤襦袢。江戸の粋といえばそうかもしれないが、喧嘩する方にしてみれば、とんでもない威圧感だ。
俺はスルスルと動き、ブルストンの間にガバチョが立つように位置取る。ガバチョをいわば盾にした状態で、俺はブルストンに鑑別スキルをかけた。
(鑑別スキル:ステータス)
バリンッ!
― キャンセルされました ―
ブルストンの懐から、割れた鏡のようなものが落ちる。
怒気を含んだ目でブルストンは俺を見た。
「貴様…何をした?」
「何のことだ?」
「まぁ、いい。殺すまでだ。」
ブルストンが抜刀しそうになったので、俺は努めて冷静に言った。
「表に出ろ。お前の血で店が汚れると迷惑だ。」
「ふん。」
意外に、ブルストンは素直に店から出ていく。
俺は足が震えるのを何とか抑えながら玄関へ向かう。
「サーノ!私の事はいいから無理しないで!あの男、危な過ぎるわ!」
たしかにマルカスタの言う通り、雰囲気がハンパない。
鑑別スキルをキャンセルするなんて、一体どうやったんだ?
あの鏡みたいなもので、弾いたのか?
手のひらが、ジトっと汗で濡れる。
戦えば、確実に死ぬ。
そんな予感が止まらない。
ヤバいよヤバいよヤバいよヤバいよヤバいよヤバいよヤバいよ…
さっきから俺の生命警戒音(通称デガワ)が頭の中で無限リピート状態だ。
それでも。
俺は、マルカスタにサムズアップした。
男には戦わないといけない時があるのだ。
裏路地に立ち、ブルストンと対峙する。
どうする?
土下座?
いや、あいつは真上から叩き斬るだろう。
逃げる?
どこへ?
やっぱり土下座?
いや、あいつは真上から叩き斬るだろう。
「ブルストンさん、殺っちゃって下さい。」
ガバチョの声が、薄暗い裏路地に響く。
ブルストンは何の隙もなく、鞘から刀を抜いた。
そしてそのまま、左半身を前に、右半身、及び刀身を後ろに、剣先をみせない構えをとった。
(脇構えだ。)
現代剣道では、もはや絶滅した構えだ。
しかし、相手が徒手空拳や、刀でない場合、奇襲に備えて、相手に急所を晒さない半身の構えは、合理的である。
(強い…隙がない…)
しばらく睨み合いが続く。
強い風がビュッと吹いた。
俺から仕掛ける。
(パラリシス、アンジーナ!)
驚いた表情のブルストンに対して、俺は一気に間合いを詰め、腰へのタックルを繰り出す。
2人とも勢いそのまま倒れ、路地を滑る。
刀を握る、ブルストンの右腕を潰そうと、俺は腕ひしぎ十字固めを取りに行く。
しかし、ブルストンは麻痺からもう回復したのか、左手に握られたクナイで斬りつけようとした。動作がやや緩慢だったので、ギリギリ避けて、飛び退き、ブルストンから距離をとった。
回復が早すぎる!
なんでこんなに黒魔法の効果が早く切れるんだ。
スッとブルストンは刀を拾い立ち上がり、納刀した。
「どうやったか知らんが、刀を落とすとは、名折れだ…」
そして、そのまま居合抜きの構えに入る。
「…絶対に許さん。」
キーンという高音の耳鳴りが微かに聞こえる。
さらに、刀を納めた鞘が仄かに光る。
スキルだ。
ジリジリと焦げるような感覚が俺を襲う。
どうする?
さっきは奇襲が成功したが、ブルストンに再び通用するとは思えない。
(やるしかないか…)
覚悟を決める。
奴のスキルはおそらくカウンターだ。
後ろに飛びのき、高速で動き出すとともに、ブルストンにダークを打ち込んだ。しかし…
(くっ、反射しやがった。)
自分の唱えたダークを跳ね返され、視界を奪われた。
「死ね。」
ブルストンの低い声が響いた。
俺は、声がした反対方向にタックルをした。
ドンッ!
確かな手応えを感じ、勢いそのままに、ブルストンの太ももの位置を予測してローキックを繰り出した。
バシィ!!
これもヒットした。
ぼんやり視界が開けてくる。
ブルストンは、流石のスピードで、斬撃を繰り出して来るが、俺は風切音を頼りに、それを悉く避けていく。
ダークの効果が切れた。
ブルストンは距離を取り、一旦俺から離れた。
「なぜ跳ね返した魔法が、お前には効かない?」
「俺には、効かない。毎日、自分にかけているからな!」
「なんだと?」
黒トレ、つまり、黒魔法を使った自重トレを、訓練所出た後も欠かしたことはない。
俺には、黒魔法の耐性ができているのだ。
「ブルストンさん!何やってんですか?!」
外野のガバチョが、ウザく呼びかけてくる。
ブルストンは、汚らわしいものを見るような目で言う。
「ガバチョ。俺は今、楽しいんだ。先にお前から殺してやろうか?」
「…いえ、滅相もありません。」
ブルストンは、俺に向き直した。
「手加減なしだ。久しぶりに面白かったぞ。」
そう言って、居合抜きの構えをとった。
ブルストンがこの構えをしている時、あらゆる魔法、物理攻撃も反射されて自分に返ってくる。
そうと知ってしまえば、手を出さないだけだ。
俺は、『早く構えを解けよ』と、時間が経つのを待った。
「奥義…」
ブルストンがつぶやいた。
「?」
その瞬間、後ろからとんでもない風圧を感じた。
すぐさま振り返る。
しかし、後ろに突如現れたブルストンの凶刃が俺の体に迫っていた。
(パラリシス!)
飛び退くも、間に合わない。
俺は、腹部を一文字に斬られた。
ザーー!!
ブルストンの抜き打ちを受けて、俺は血をまき散らしながらボロ雑巾のように地面を滑った。
「サーノ!!」
マルカスタの悲鳴が上がる。
ちくしょう、致命傷だな。




