第60話 CEO
「バルバ会長!なぜですか!」
荘厳華麗な医師会長室で、ガバチョは大声を上げる。
「うん?何ですか?」
バルバは、チラッと書類越しにガバチョを覗いた。
「熊のねぐら治療院のことです!なぜ開業を許可したんですか?」
「患者の評判がいいんでしょう。医師会も切磋琢磨して、お互いに質を高めていけばいいんじゃないですか?」
「ふざけないでください!」
ガバチョは、会長の机を両手でドンッと叩いた。
バルバは、書類を置き、わずかに侮蔑の色を含ませ、ガバチョを見た。
「ガバチョ先生。まぁ落ち着いて。最近財務課からの話によると、随分エドワード商会とのやり取りが多くなっていますね。私が把握しているだけでも、2点、3点不可解な金のやり取りがあります。」
「それは…」
ガバチョの額に冷汗が滲む。
「私は、先生に期待しているんですよ。もう少しで、薬師ギルドの皆様も、医師会に協力してくれるという話ですしね。」
「はい…」
「熊のねぐら治療院も、評判になればなるほど、脇が甘くなるものです。スキャンダルの一つや二つ出てくるのは時間の問題でしょう。期待が大きいほど、失望も大きくなる。熊のねぐら治療院の連中には、随分と、つけ上がってもらえればもらえばいいのです。」
「…それも、そうですね。」
バルバは、机の上に組んだ手をほどき、しっかりとガバチョの目を見て言う。
「ガバチョ先生にしか出来ない仕事があります。私の次の会長職は、先生だと信じてますよ。」
「分かりました!」
ガバチョは、会長室から退室した。
「食えない人だ…」
外で控えていたブルストンが、ガバチョに近づく。
「斬るか?」
「まさか。あの人には、あの人の役割がまだあります。」
ガバチョはブルストンに苦笑いを向けた。
「仕方ない。薬師ギルドの件、決着をつけにいくか。」
ガバチョの苦笑いが下卑た笑いに変わった。
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「マルカスタ、まだロングワームの抜け殻は仕入れできないのか?」
「まだよ。最近は物自体が貴重になってきてるから…」
俺とルッソは、マルカスタの店に来ていた。
もはや神の素材と言える、ロングワームの抜け殻は、ゴム管として、患者の治療にとって必要不可欠なものだ。それ以外にも、手術用の麻酔薬であるスネークビーの弱毒液など、マルカスタの店で買い付けるものは多い。
「しかし、何となく品揃えが悪くなってないか?」
「えっ?そうかしら?」
あからさまにマルカスタが動揺している。
「資金繰り厳しいんですか?」
ルッソがブッコむ。
「…やっぱり分かる?」
マルカスタが困った顔で、ルッソに言う。
「そうですね。売れやすい単価の低い品物からなくなって、もともとあった高価な品物は残っているので、経営が厳しくなってきたのは、ごく最近と思えます。」
「すごいわね。うちの店、価格書いてないけど分かるもんなの?」
「何となくの相場は掴んでます。暇があれば市場を散歩してますから。」
スゲーなルッソ。
俺が一息ついている時、何なら自慰にトライしようとした時も、こうした市場調査や、情報収集を怠っていない。
最近、ルッソの活躍が著しい。
俺の肘を手術した時に見せたような器用さもあって、ベーラの第一助手として、もはや不動の位置だ。それにスキルというか天性のコミュ力があって、患者とのやり取りも良好だし、文句を言ってくる連中についても、きちんと場を収めて、俺のところまでトラブルが上がって来ない。もちろん、『こんなことあったよ』と報告はしてくれる。
それに加えて、正確な在庫管理や帳簿記載だ。治療院を経営するためには、治療以外の重要なタスクやロジスティックスが欠かせないのだ。
俺は、三面六臂の活躍を続けるルッソを、COO(最高執行責任者)に任命したいと思う。給金は出せないが。
「ルッソは、うちのCOOなんだ。」
俺はのけぞらんばかりに、ドヤ顔でマルカスタに言ってやった。
「COO?」
「治療院運営の最高責任者のことだ。」
「最高責任者って言っても、あんたたちの治療院って、二人しかいないじゃないの。フンドは子どもだし。ベーラはパート医なんでしょ。だいたいサーノ、あなたは何しているのよ?」
「…えっと。手術のライト持ち、かな。魔力だけはあるから…」
最後は消え入りそうな声になってしまった。
驚いたな。
なんか毎日忙しいなぁ、充実しているなぁと思っていたのに、俺、ベーラが執刀する手術の魔映灯持ちしかやってないぞ。
「そんなことないよ!サーノはいてくれるだけでいいんだ!たぶん。」
「たぶんって言うなよ!」
マルカスタが白い眼を向けてくる。
「サーノ。あなた、ルッソの腰巾着ね。」
「ちょっ、ちょっと待って下さいよ!俺は、CEO、つまり最高経営責任者のはずなんだ!」
「だから、あなたたち二人しかいないから、最高も何もないでしょ。だいたい、『はずなんだ!』って、どうして、自分の役割分かってないのよ。」
「サーノ…僕、もう見てて辛いよ。」
場が何とも言えない、いたたまれない雰囲気になっている。
「分かった。」
俺は一息つく。
「COOである、ルッソ君の給金を上げようじゃないか。俺はCEOなんだ。」
「えっ?ダメだよ。」
「えっ?嬉しくないの?」
「この前、手術器械を新調するために予算計画を立てたばかりじゃないか。そんな患者さんへの利益を差し置いて、人件費が上がるようなマネ許さないよ。」
何だろう。
ルッソが優秀過ぎて、哀しい。
なぜか、マルカスタも哀しげな表情を浮かべている。
はたらけど、はたらけど猶わが立場認められざり、ぢっと手を見る。
その時である。
バーン、バーンと店に響く音がなった。
「何だ?」
俺は顔を上げた。
「またあいつらね…いつもの嫌がらせよ。」
「もめ事か!ヨシ来たっ!」
もはや俺は、もめ事にしか居場所を見い出せない、アウトロー医なのだ。
「いったい何の用で、この店にやってきたんだ!コラ!」
俺は勇み足で、店の玄関に向かう。
「サーノ…もはやチンピラだよ、それ。」
哀しげにルッソがつぶやき、付いてくる。
「死ねぇぇぇぇ!!死ねぇぇぇぇぇぇ!」
と、マルカスタお手製の頭蓋骨チャイムが鳴る。
これは、玄関に置かれた頭蓋骨を誰かが跨ぐと鳴るあれだ。
玄関に立つ男に、俺は見覚えがあった。
「ガバチョ…」




