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第58話 ジーク・パッション!

 あっ、そうだ。

 ワンダ軍曹の奥さん、クララさんの手術に当たった医者だ。

 この世界にあって、単純子宮全摘術に踏み切ったということで印象的だから覚えている。


「会長、次は、ベルナンド商会の会頭との会合です。」


 お付きの秘書だろうか、歩きながら、バルバに次のスケジュールを伝えている。


 バルバと俺たちがすれ違う。


「君たちは?」

 不意に、バルバが俺たちに声をかけたので、俺は顔を上げた。


「サーノと申します。このたび医師会に入会したく参りました。」

「そうか。医師会は、若い医師の入会をいつでも待っている。未来を切り拓くのは君たちだ。」

 そういって、バルバは、俺の肩を軽く叩いて、去っていく。


 なんだろう。

 ナイスミドルだね。


 俺たちは、バルバの後姿を見送り、医師会をあとにした。



**



「意外と若いね。」

 バルバは隣の秘書に話しかけた。


「えっ、何のことでございましょう?」

「さっきのサーノという男さ。ガバチョが、シマを荒らされて大変だってわめいていた。」

「ああ!そうです。熊のねぐら亭の治療院です。ガバチョ様もお困りのようですね。あの男の方がサーノさん。」

「男前だったな。ソニアの好みかい?」

「いえ、そんな。バルバ様に比べれば、月とスッポンというか、煮込んで崩れたスッポンというか…」

「ハハハ、冗談だ。そんなに必死にならなくていい。というか煮崩れしたら、もはや何かわからない。」

「申し訳ありません!」

 秘書のソニアは赤面した。


 バルバは、ソニアのお尻を鷲掴みにする。

「あん…バルバ様。」

 ソニアは潤んだ瞳で、バルバを見つめる。


「しばらく、泳がせるのも面白いかもしれんな。」

 バルバは、秘書のお尻を撫でながら、ひとりごちた。



**



「ハックショーイ!」

「大きなくしゃみだね。大丈夫?」

 医師会からの帰り道、ルッソが心配そうに覗き込む。


「どこかで、俺の外見をバカにしている奴がいる。俺には、100㎞離れていてもそれが分かるんだ。」

「すごいというか、それ病気だよね。」

「ルッソ、お前には分からないかもしれないが、ブサイクに生まれた奴は、自分の評価がとても気になる、コンプレックスの塊なんだ…」

「ブサイクでなくても、みんな、他人と比較されたら、そうなるよ。」

「いいから俺の話を聞け!」


 ルッソが俺の剣幕に驚いて、押し黙る。


「あれは、俺が医者として駆け出しの頃だ…」




***




「ブサメン研修医の君を童貞幹部として迎えたい。」

 八田君は、俺をしっかり見つめてそう言った。



 高校時代の自慰ヒーロー八田君のカリスマ性は半端なかったが、卒業後は違う進路ということもあり、八田君との連絡が途絶えていた。

 しかし、研修医の時に参加した学会で、たまたま八田君を見かけた。俺たちは旧交を温めようと近くのショットバーに入った。


「ずっと佐野君を探していたんだ。」

「本当かい?」

「僕は、童貞学術団体『梵楽社』を立ち上げた。君にもぜひ入会してほしいんだ。」

「いや、八田君。俺、童貞じゃないんだ。医学生時代にも彼女いたし、医者になってからは、やることはやってんだ。君の力にはなれない。」

「でも、君はきっと彼女と肉体関係を持たないまま、同級生に寝取られたし、医者になってからの話はきっとプロ相手だね。」

「…どこかで調べたの?」

「心配しないでほしい。梵楽社には、既婚者もいるんだ。」

「既婚者で童貞?」

「結婚すると、必ずセックスレスになる。だから広義の童貞だ。」

「…それなら、セックスレスのお年寄りも入会できるね。」

「佐野君。それは違う。」

 八田君は、首を横に振って、続けた。


「性欲が新しい芸術や学術を生み出す原動力なんだ。性欲のない人間は、この梵楽社には入会できない。」

「そうなのか。でも、俺もそんなに性欲強い方じゃないし…」


 八田君は、手元のモヒートをグッと飲み干した。

「佐野君、君は自分の才能に気付いていない。」

「俺の才能?」  

 八田君は、深く頷いた。


「君が、ブサメン研修医で鬱屈うっくつした性欲、つまりパッションを抱えているの知っている。だからこそ、童貞幹部として迎えたい。いや最大限の待遇をしたい!」

「パッション…」

「そう、パッションだよ!僕が今、東京界隈で、左手の魔術師と言われているのは、今でも人類史上最も美しい自慰のあり方を探しているからなんだ!」

「八田君。まだ、自慰の研究続けていたんだね。」

「僕は、瞑想のみで、手さえ使わず射精できる境地に達した!」

「逆にすごい!」

目下もっか我々の最大の敵は、インターネットポルノだ。動画がなければ、勃たなくなってしまった同志がたくさんいる。」

「そんな…」

「そして、インターネットポルノは、人間にとって一番大事な…そう、人間の根源であるパッションをも奪ってしまう。もはやポルノ動画中毒の人間など、人間の形をした何かだ。あえて言おう、カスであると!」

「そんなに事態は深刻なのか…」

「君には、高速インターネット回線を整える金もないし、未だに、河原に落ちているエロ本を拾って、家に持ち帰るくらいのパッションがあるんじゃないか?」

「…ある。」

「君、最後にセックスしたのはいつだ?」

「えっと、1年くらい前かな…」

「君は童貞だ!セックスしたい気持ちはあるか?」

「…ある。」

「理想的な童貞だよ、まったく!」

 八田君は、スッと右手を出した。


「ブサメン研修医の君を童貞幹部として迎えたい。そのパッションを、人類発展のために役立ててほしい。」

 八田君は、俺をしっかり見つめてそう言った。

 俺は、八田君と握手し、梵楽社入会を約束した。


 八田君は、そのまま拳を突き上げ、叫んだ。

「ジーク・パッション!」


 俺もつられて

「ジーク・パッショーーン!」

 と応じた。


「お客さん、困ります!」

 とバーテンダーが慌てて飛び込んできたが、既に燃え上がった俺たちを止める術はなかった。


「ジーク・パッショーーン!」

 店にいつまでもシュプレヒコールが鳴り響いていた。




***




「えっと、何の話だったっけ?」

「ルッソ、お前、人の話聞いてなかったのか?コンプレックスをパッションに昇華させて、人類発展のために力を尽くす決意をした時の話だよ。」

「…そんな内容だったんだ。」


 そう。ルックスに自信のない全ての同志に俺は言いたい。

 コンプレックスをパッションに変えるのだ。命を燃やせ。お前にしかできない仕事が必ずある。全ての創作活動をする際に、必ずハッシュタグ『#僕は童貞です』と打ち込め。と。


 たぎるような思いのまま、俺たちは、熊のねぐら亭に戻った。


 もう夕刻だ。

 俺とルッソは、カウンターで、エールビールをオーダーする。


 ラガンがビールを注ぎながら、尋ねた。

「それでどうだったんだ?営業できるのか?」

「どうやら難しいみたいだ。」

「どうすんだ?お前たちの治療を心待ちにしてる患者は多いぞ。」

「分かってる。」


 俺はビールをあおった。


 どうする?

 ベーラのお父さんに金を借りて、ガバチョに3000万エルム払うか。いや、あの薄汚ねぇガバチョのことだ。用意したところで、また金額を引き上げる可能性がある。


「どうしたもんかな?」

「なんでい?浮かない顔して!」

「おぉ、ドリク。それが、医師会の連中が金払えだの、うるさくてな。」

「あいつら、金のことしか考えねぇ。俺は医者が大っ嫌いだ。あぁ、お前たちは違うぜ!ガハハ。乾杯!」


 俺とドリクは、ビールを飲み干した。酒の肴に聞いてやる、とドリクが言うので、今日、医師会であったことを話した。

 ドリクは頷きながら聞いていたが、

「ガバチョっていう医者はロクな噂を聞かねぇぞ。」

 と眉をひそめて言った。


「へぇ。どんな噂だ?」

「何でも、医師会は薬師ギルドを買収するつもりらしいぜ。薬師ギルドの金脈を根こそぎ潰している。その急先鋒がガバチョって医者だ。」

「ヤクザも真っ青だな。臨床やれよ、あの野郎。」


 俺もドリクにつられて、2杯目を頼む。

「あと、あんまり大きな声じゃ言えねぇが。」

 ドリクが声を潜める。


「医師会は、エドワード商会と組んでる。ズブズブだ。」

「エドワード商会?」


 その時、熊のねぐら亭の扉が開いた。

「ヒューヒュー」と、野蛮な男たちの口笛が響く。

「いい女だね!」「今から遊びに行こうぜ!」下卑た声が上がる中、女は、俺たちの座るカウンターに近づいてきた。


「あなたが、サーノ・アウエルさんね?」


 煽情的な黒いドレスで弾け出そうな胸の谷間から、女の顔へと視線を向けた。

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