第57話 西国王立外科医師会
あくまでファンタジーなんで、ここに出てくる医師会と日本医師会は全く関係ありません…
貿易都市ケープリアは、王都セントリアに次ぐ第二の都市ではあるが、火国や、魔国との貿易もあり、多様な民族が行き交う。そうした背景もあって、猥雑な街並みではあるが、その活気は西国一といえる。
このケープリアは、諸侯が治めるというわけではなく、有力商人たちが自治を行う。戦国時代の堺と言えば分かりよいだろうか。有力商人の一人に、ベーラのお父さんである、ユドルスク氏もいる。
そんなケープリアに、医師会、正式名称は「西国王立外科医師会」の本部がある。普通は首都というか、王都に本部があるはずだと思うかもしれない。
ただ、交通が発達している世界ではないので、やはり火国の優れた魔道具などがすぐに手に入る、ケープリアが、この西国医学の中心になっているのだろう。日本でも、原爆投下前まで、長崎が医学の中心地だったことと重なる。
俺とルッソは、西国王立外科医師会の本部がある建物の前に立っていた。火事のニュースでよく見たノートルダム大聖堂のような荘厳なゴシック様式だ。いや、はっきり言って様式までは分からないが、格式の高さは感じる。
「なんだか、ドキドキするね。」
「大丈夫だ、ルッソ。医師会の先生は優しい方が多い。」
「そうなの?」
「俺の前世ではそうだった。」
そうなのだ。
俺も場末の救急医として働いていた時、臨床の化け物みたいな開業医に出会ったものだ。開業医がたらふく儲けて、ゴルフ三昧という、とんでもない噂が、国民の中にまことしやかに広がっているが、それは断じて違うと言っておきたい。
少なくとも、俺の近くの開業医は、献身的に患者の治療にあたっていた。特に新型コロナウイルス感染症が流行してから、それをより強く感じた。
「でも、前のような、ならず者とつるむ悪い人もいるんだよね…」
「そりゃそうだ。」
ルッソは、えぇ?とビックリ眼で俺を見た。
「医者っていうのはな。患者の事だけ考えてても、生きていけない。時に患者と握手し、もう片方の手で、反社会勢力や製薬企業と組んで賄賂を要求する。清濁併せ呑む度量が医者には必要なんだ!」
「ドン引きだね。」
「綺麗ごとだけでは、おまんまは食えないのだよ。」
まぁ、医師国家試験の必修問題で、『医師に必要な素質は、清濁併せ呑む度量だ』と答えたら、禁忌肢で一発不合格だがな。
医学生や若い医者には知られてない、知らなくていい世界が、医療業界にはある。
気を付けないと、知らないうちにズブズブと金達磨になっているものだ。
俺たちは、建物の中に入り、受付に医師会に新規入会したい旨を伝え、質素な部屋に通されたので、そこで、担当の者が来るのを待った。
「遅い…」
かなり待たされている。もう一時間ぐらいになるだろうか。
事前に約束してやってきたはずなのに、医師会の方々はお忙しいのだろうか?
「遅いね…」
「まぁ、往々にして医者っていうのは忙しいものだ。急患の診療にあたっているかもしれないからな。」
「そうだね。」
「…あ、来たぞ。」
部屋に、何やら眼光鋭い和服の男と、小太りで背の低い中年男が入ってきた。
「私は忙しいのです。それで、医師会に新規入会希望というが、どこで医術を修めたんです?」
「えっと…」
「記録を読みましたが、あなた方の医学校卒業歴はありませんでした。サーノ、ルッソという名前は、卒業録になかった。」
「…」
「無免許医が!」
突然中年男の口調が変わった。
「このケープリアでは、患者の治療において、特に免許などは必要ないと聞いております。」
ルッソが弁解する。
中年男が俺たちを馬鹿にしたような、丁寧な口調で言った。
「医師会では、高い技術を伝達する医学校を運営しています。医学校を卒業して得られる医師免許は、いわば、高い力量をもつ医師としての証明書です。」
それから口調と顔つきが変わった。
「お前たちのような、どこの馬の骨とも知らん連中が、患者の治療に当たれば、医師全体の信用が堕ちるのだ。恥を知れ!」
…ちっ。
日本でも、医師は国家資格だからな。医師免許のない人間が医療行為をすることは犯罪だ。この男の言っていることも分からなくはない。しかし…
「高い技術を有することが医師の前提であることは分かります。だから、患者は、我々の治療を聞きつけ、我々の治療を選んでくれているのだと思います。」
ルッソは努めて冷静に切り返す。
「ふざけるな!お前たちが、不当に低価な治療をするから患者が集まっているのだ。これ以上の営業を認めるわけないだろう!」
うーん。最初から難しい交渉だな。ルッソの話術士としての力を発揮してもらうか。
そう思ったが、後ろに控えている男が視界に入る。
この世界に珍しく、和服だ。黒い着流しに赤襦袢が映える。
しかもアルビノかと思うほどに白い肌、後ろに結った白金髪、鋭く光る紺碧の眼。
息を呑むような美しさがあるが、中年男の後ろに油断なく立ち、じっとこちらの動きを見ている。そして、いつでも斬れる、と言わんばかりに、左親指で既に刀の鯉口を切っていた。
この男、絶対只者じゃない…
下手にスキルは見せない方がいいだろう。
俺は、ルッソに『ここでスキルは使うな』と目線を送り、手で制した。
「分かりました。私たちも医師会の先生方と仲良くやっていきたいと思っています。つきましては、少しばかりのお気持ちを差し上げたいと思いますが。」
俺は、賄賂の提案をした。
「いくら出せるのだ?」
食いつきいいね、このオッサン。
「現状、開業に当たって、物入りの状況で…」
「貴様どもの下らぬ意思で物を言うな。私に聞かれたことにのみ答えよ。」
「…申し訳ありません。当方で用意できるのは、300万エミルなのですが…」
中年男が、顔を近づけてくる。
「何言ってんだ?一桁間違ってるぞ。3000万エミルだ。」
口からドブのような臭いがする。
こいつこそ、何言ってんだ。
入会金に3000万円かかるとか、バブルの日本かよ。何の入会金か知らんが。
「あの、申し訳ありません。当方では、3000万エミルの入会金を支払う余裕はなく、少し…」
「じゃ、この話は、なしだ。お引き取りを。」
そういって、中年男は部屋を出ていこうとした。
「いや、ぜひ入会させてもらいたいのですが!」
俺が引き留めに立ち上がったところで、和服男が、刀に手をかけた。
(全く隙がない。こいつ、強い。)
俺が動けなくなったところで、中年男がイヤらしい笑いを浮かべた。
「それでは行きましょう、ブルストンさん。」
と鋭い男に声をかけて、部屋から出ていった。
「フー。」
俺は、椅子に腰かけた。
「大丈夫?」
「あいつ、何だ?」
「ブルストンと呼ばれた人の方?」
「そうだ。」
「よく分からないけど、あの衣装は、ヒューマリア大陸の東国のものだね。西国よりも文明レベルは低くて、伝統武器での戦闘を好む民族らしい。」
「刀と侍だろ。」
「そう。よく知ってるね。」
「まぁな。」
しかし、困った。
誰だよ、『医師会の先生は優しい方が多い』って言ったの。
ここは、全くの異世界だ、日本の常識は通じないと思ったほうがいい。だいたい、医者が用心棒みたいなのを連れて来ること自体、ヤクザな業界なのだ。
「入会金を払わない限り、チンピラ使って治療院をボロボロにされるだろうな。」
「そうだね。」
「金を払う準備をするから、それまで待てと相談するしかないか。」
「でも、僕たち、たぶん医師会にとって商売敵だよ。治療院で稼いでいるのを、指をくわえて見てるかな?」
「たしかに難しそうだな。ただ、あのオッサン、金には食いつきそうだぜ。」
帰り際に、俺は受付で、『先ほど対応してくれた先生のお名前は?』と聞き、ガバチョ医師だと知った。
叩けば埃の出そうな名前だ。
玄関に向かって歩いていたところ、扉が開いた。
「バルバ様、おかえりなさいませ!」
受付が、声をあげて、出迎える。
身なりの良さそうな男が、数人従えて入ってきたので、俺たちは道を開けて、何となく頭を下げた。
バルバ。どこかで聞いた名前のような…




