第55話 治療院開設
「私の確認不足でした。本当に申し訳ありません。」
受付嬢は、有刺鉄線を張り巡らせたリングで満身創痍になったプロレスラーのように、頭から流血している。謝罪よりも、こっちとしては早く止血したい気持ちに駆られている。
「いや、何があったか知らないけど、まず止血しよ?」
日頃受付嬢にお世話になっているという冒険者たちが、気前よく回復薬を貸してくれて、止血処置を施した。
受付嬢は、俺たちの右手に着けていた指輪が、職業訓練所の特別優秀な卒業生に与えられるものだと説明した。訓練所から教会騎士団に入団した騎士でも持っているものは少ないという。要は、『ものすごく俺TUEEEの証』というわけだ。
訓練所首席卒業生は、まずこの指輪を見せる。当たり前だ、俺TUEEEの証なんだから。まさか、指輪も見せずに鑑定石に手を載せる奴はいるわけないので、黒色=人間のクズ・犯罪者という、通常の応対をしたというのだ。
「まぁ、俺たちも卒業の証を先に見せず、申し訳なかったな。」
『手向けだ』って一言だけで、この指輪の説明なかったからな。恨むなら、ベイズ訓練所所長を恨めよ。
ロビンは俺たちと受付嬢のやりとりを見て
「医者としてだけじゃなく、戦士としても優れているわけか。ますます気に入ったぞ!!」
としきりに感心している。
ロビンも実は凄腕の冒険者で、2000万エルムを支払っても、余裕はまだあるという、お金持ち冒険者だった。独身だし安宿を拠点にしているから、出費は少ないらしい。
ひと悶着あったが、俺とルッソは無事に冒険者として登録でき、口座開設もできたのだった。
*
冒険者ギルドを出た後、ロビンは、入院の間に溜まっていた用事を済ませるということで、一旦別れた。
俺とルッソは、マルカスタやドリクの店に向かった。
マルカスタの店では、死ね死ねチャイムが鳴ったが、怯えるルッソを連れて店内に入り、マルカスタに過不足なく麻酔代を支払った。眠そうにあしらわれたが、『また、何かあれば言って』と最後に言われたので、俺が強姦魔だという疑惑は晴れたらしい。
ドリクの店に入ると、フンドがなぜか、槌を振るっていた。
俺は、ドリクに『フンドはまだ9歳なんだぞ!』と注意したが、『才能に若いも古いもねぇんだよ。この犬っこはスジがいい。ガハハ。』と豪快に笑い飛ばすだけだ。
俺は、天を見上げた。
そして、ワンダ軍曹につぶやいた。
(ひとまず、ドリクの元で学んでもらいますが、職業鑑定の儀で、鑑定色がはっきりしましたら、エリートコースで教育を受けさせます。ちょっと、見聞を広げるということで、大目に見てやってくださいね。)
フンドを真っすぐ見る。
「フンド。納得するまで、しっかりやりなさい。くれぐれも、皆さんに迷惑をかけないようにな。」
「はい。」
たぶんワンダ軍曹ならそう言うと思うのだ。
「皆様、よろしくお願いします。」
俺はドリクを始め、職人たちに声をかけた。
フンドは、工房の職人たちにすっかり可愛がられていて、帰りが遅くなる時は、職人が、熊のねぐら亭まで送ってくれる。フンドの親代わりの俺としては安心である。
*
俺たちが、熊のねぐら亭についた時には、もう日が落ちていた。ツケを払い終わり、小金が残ったので、ラガンにエールビールをオーダーし、ルッソと杯を傾ける。
今更だが、この世界では、12歳で準大人、15歳で大人という扱いだ。
12歳の鑑定の儀が一つの区切りで、3年間の修行を経て、元服するという感じだ。
ということで、この世界では12歳以上は酒場で酒を飲める。だから、17歳になる俺たちが酒を飲もうが誰も咎めない。
思えば、ケープリアに来てからすぐに、ロビンの治療にあたっていたので、こうしてしみじみと酒を飲む時間というのは、訓練所を出てから初めてかもしれない。
「しかし、いろいろあったな。」
「そうだね。」
「ここに着いた日もひどかった。いきなり、隣でロビンがゲロゲロピーって…」
「誰が、ゲロゲロピーだ!」
背後で声がした。
振り返ると、店の扉を開けたばかりのロビンが、俺たちを睨んでいた。
それから、すぐに笑顔になって、ラガンに『水をくれ』とオーダーし、俺たちの隣に腰掛けた。
ロビンは酒がなくても饒舌で、十八番の武勇伝を語ってくれた。吟遊詩人かと思うくらい、話が面白く、あっという間に時間は過ぎて行く。
「…てなわけだ。あの魔石を換金した時も、随分な額になったんだぜ。」
俺は、相槌代わりに、正直な思いを伝えることにした。
「ロビン。その冒険でしこたま儲けた金を、俺にくれないか?」
「武勇伝が吹き飛ぶくらい興醒めな事言うね。ビックリしたよ。」
ルッソが素早くツッコんだ。
ロビンは、少し考えている様子だったが、おもむろに口を開いた。
「俺はな。強い魔物を倒すことに、血を滾らせていたが、最近は、体の衰えも感じるようになった。小金も稼いだし、そろそろ冒険者稼業から足を洗おうかとは思っていたんだ。」
「そうか。じゃ退職金として大事にとっとかないとな。」
俺はロビンにそう返した。
ロビンは真面目な顔で言った。
「サーノとルッソは、ケープリアで治療院をやる気はあるか?」
「うん?どういうことだ?」
「冒険者っていうのはその仕事柄、魔物との戦いで命を落とす奴が多い。いや、それは冒険者の本望なんだが、意外に命からがら逃げられることも多いんだ。」
俺は頷き、話を促した。
「でも、生き残ると結構悲惨でな。冒険者仲間が、医者や白魔導士に傷の手当をお願いしても、治らないことが多い。特に致命傷はだめだ。白魔法でトドメをさされたという口の悪い奴もいる。」
ロビンが言うには、小金を持っている冒険者は、僅かな望みをかけて、医者にかかるが、治らない。
それでも医者たちは、金の要求だけはガメツイから、死亡時に出る冒険者ギルドからの弔慰金は吹き飛び、『身ぐるみ剥がされた』と絶望の中で、冒険者は死ぬらしい。
負傷して下手に連れて帰られると、命惜しさに白魔導士や医師にかかって破産する。
金のない冒険者は、家族に弔慰金を残すため、その場で死にたがるという。
…医者が、なけなしの弔慰金も要求するってどうよ?
クソだな、この世界の医者ってのは。
「負傷した冒険者が、医者に治してくれと頼むのは、あちらにとっちゃ、こっちの心臓を握って交渉するようなもんだ。医者ってのは、どんだけ偉いんだよ!」
ロビンが吐き捨てるように言った。
「…」
何も言えなかった。
俺、この世界で初めて治療にあたったポンチから金を巻き上げようとしてたわ。
イヒヒ、とか言ってたわ。
ロビンは俺を真っ直ぐ見て言った。
「冒険者が安心して治療を受けられる場所がほしいんだ。」
「…俺みたいなクソには務まらない…」
ロビンの真っすぐな気持ちが伝われば伝わるほど、自分の見苦しさを恥じた。
ロビンは驚いた顔で言った。
「なに謙遜してんだ。医者はクソばかりだが、サーノ、お前は違うだろ。もちろん無料でとは言わない。ただ法外な値段を取らずに、適正な価格で。まっとうな治療を受けたいんだ。」
「いや、俺にはその資格がない。以前俺は患者の弱みを握りしめて…」
「やろうよ。サーノ!」
俺の言葉をかき消すように、ルッソが大きな声を出し、バシンッと俺の肩を叩いた。
「患者さんに、『まっとうな治療を受けたい』なんて言われて、黙ってる医者っている?」
ルッソの問いかけに思わず声が詰まる。
ルッソとロビンが、俺を見据えて、答えを待っている。
「…患者を黙って見殺しにする、お偉い人みたいなマネはできない。」
俺が言うと、二人とも顔がほころんだ。
「ありがとう。俺が冒険で稼いだ金を使って、治療院を作ってもらう。サーノにお小遣いでくれてやるより、いい使い方だろ?」
ロビンが目くばせするので、俺はコクコクとうなづいた。
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