第54話 鑑定色
本間先生に教えていただいた、腸管縫合。俺がベーラをアツく指導していたら、ルッソが突然『回復薬を使え』と被せてきた。
全くナンセンスだ。
正確かつ素早い縫合は外科の花だろう。
「こうして手のひらにわずかに回復薬を載せて、合わせたい腸管同士に当てると…ホラ、サーノ。くっついたよ!」
「ルッソ、頭いいわね!サーノのやり方は…ちょっと面倒だわ。」
「サーノ。こんな感じで、腸管壁だけ合わせて、中は空洞を保つようにゆっくりやっていくといいよ。あれ、サーノ?」
俺には既に天井が滲んで見えた。
くそ。こいつらチートばっかりで、外科医の涙ぐましい努力を何だと思っているんだ。
…ま、俺もどんな下積みをしているかは知らんけどさ。
「…分かった。ルッソ式接合術でいこう。」
腸管の吻合を終え、仕上げに生理食塩水で腹腔内を洗浄した。
最後に、パリーの癒着予防シートを術部に置いて、閉腹し手術を終えた。
幸いロビンは日毎に良くなった。絶食中は、ロビンに点滴を行い、術後2日目にオナラが出て、ウンコも出るようになってきた。ラガンがお手製のスープやパンがゆを作ってくれて、ロビンは口から飯を食えるようになった。
ロビンの体調も回復しつつあるので、俺は退院許可を出した。
ロビンは俺の手を握り言った。
「本当にありがとうな。この恩は、どうやって返したらいいか分からないが、生涯感謝するぜ。」
「ロビン。感謝の言葉などいい。代金だ。金をよこせ。」
「えっ。なんだかアコギだな。いくらだ?」
「手術にかかった費用、点滴、いろいろ含めて回復薬10本だ。」
回復薬1本20万円位だと俺は踏んでる。総額200万円。それでも、現代米国での虫垂炎の相場350万円よりも安く良心的だ。
『安い、速い、危ない手術もやりまっせ』のキャッチフレーズで開業したら案外儲かるかもしれないな。
うひょひょ。
「サーノ、それじゃ大損だよ!」
「え?」
ルッソが青ざめた表情で、ラガン、ドリク、マルカスタから寄せられた請求書を、俺に手渡した。
「2000万エルム…だと?」
俺は請求書の合計額に声を震わせた。
エルムというのは、この西国の通貨単位だ。ざっくり、日本1円=1エルムと換算できる為替レートである。
「なんでこんなに高いんだ!一桁間違ってないか?」
「いや、間違ってないよ。明細見るかい?2000万エルムだよ…」
ルッソの声が小さくなる。
「そんな大金どうすんだよ…」
そこへ、ロビンが割り入ってきた。
「いや、2000万エルムでも少ないくらいだ。命は何にも代え難い。冒険者ギルドに預けている俺の金を引き出す。材料費以上に色はつけたい。お前さんたちへの感謝の気持ちを形にしないとな。」
「…あんた、最高だな。」
俺はロビンの手を握り、何度も『ありがとうございます』と繰り返した。
*
翌日。
俺、ルッソ、ロビンは、ケープリアにある冒険者ギルドにやって来た。
冒険者ギルドとは、簡単に言うと、冒険者に対して、仕事を仲介、斡旋する場だ。街で出される報酬付依頼を、冒険者に公開し、その仕事に必要な冒険者を充てがうというわけだ。
冒険者たちには、ランクで層別化されて、それぞれのランクに見合った依頼をこなしていく。
俺たちが冒険者ギルドの扉を開けると、
「ロビンじゃねーか!」
ギルドにいた中年の男がロビンに声をかけた。
「お前、腹蛇で死んだと聞いてたが、生きてたのか?」
「いや、死んじゃいねーよ。」
ロビンは照れ臭そうに笑った。
「腹蛇じゃなかったのか?」
ギルドにいた連中は、すっかりロビンを取り囲んで、質問攻めにしていた。
ロビンって有名人だったんだな。
「いや、腹蛇だったことは確かだ。」
「じゃ、なんで生きてるんだ?」
「ここにいる、サーノとルッソに助けてもらった。それで、その治療代を支払うために、金を取りに来たんだ。」
取り巻きの一人の冒険者が、俺に話しかけてきた。
「あんたら、すげーな!腹蛇を治すなんて。お医者様かえ?」
「違う。」
「薬師か?」
あちらこちらから飛び交う声に、ドギマギしてると、ロビンがカウンターで手続きを終え、人だかりを分けて入ってきた。
「サーノ、ルッソ。俺の金をお前らの口座に移したい。現金を持ってると狙われたりと、何かと危ないだろう。だから必要な額だけ引き出せるようにした方がいい。」
「いや、俺たちは口座なんて持ってないぞ。」
「冒険者登録をして、手数料を払えばOKだ。頼む。」
なるほど。
冒険者ギルドでは、冒険者から金を預かって、その金を運用しているようだ。銀行のようなものか。おそらく、ロビンの預金を全て現金化することができないので、俺たちにも口座を作らせて、帳面上の金の移動をしておくということだ。
「金を預けるだけの信用が、冒険者ギルドにあるのか?」
「それは心配ないだろう。冒険者ギルドは、国の管轄だ。いざとなれば金は国から支払われる。」
「そうか。」
俺はルッソに目を向ける。
「口座作るか?」
「うん。いいよ。」
俺とルッソはロビンに案内され、カウンターに向かった。
「彼らの口座を作ってほしい。」
ロビンが受付嬢に言う。
「かしこまりました。では、こちらに手をかざしていただけますか?」
「…」
「サーノ、これは身分証明の意味がある。鑑定色を確認するだけだ。」
ルッソがゴクリと唾を飲む。
これは、職業鑑定の儀で使われるものと同じだ。サーノとルッソはこれで、『黒』と鑑定され、あらゆる人間関係が崩れ去り、職業訓練所にぶち込まれた。
トラウマだ。
「サーノ、どうした?」
ロビンは怪訝な顔をした。
まぁ、なるようにしかならんだろう。
「いや、何でもない。じゃ、頼む。」
俺は、鑑定石に左手をかざした。
「えっ!」
「何だと!」
受付嬢とロビンが声を出す。
周囲がざわつく。
受付嬢の目は明らかに侮蔑を含んだものになった。
「黒の方は、こちらで口座を作ることはできません。お引き取りください。」
「サーノ、お前、黒だったのか…」
ロビンが驚いたようにつぶやく。
…なるほどな。
この態度の豹変ぶりは傷つくだろうな。
これを、12歳になった時に味わったわけだ。そりゃ人間不信になってもおかしくない。
「あいつら、犯罪者じゃねーか!」というヤジが後ろからも飛んでくる。
「そういうことだ、ロビン。でも、あんたが助かったのは、ラガン、ドリク、マルカスタが協力してくれて、ベーラが執刀したからだ。あいつらへの支払いは頼む。」
俺はルッソを引き連れ、その場を去ろうとした。
「ふざけるな!」
ロビンは、俺たちに向かって言った。
「すまなかったな。黒のこと、黙ってて。」
俺はうつむいたまま答えた。
「違うぞ、サーノ!お前たちが黒だろうが、何だろうが、命の大恩人であることは変わらない。俺は助けてもらった命が続く限り、お前たちに感謝すると決めてる、もう決めてんだ!」
「ロビン…」
「だから…黒っていうだけで手のひら返すような薄情もん扱いするな!!」
俺は顔を上げる。ロビンと視線がぶつかった。
真剣だ。ロビンは真剣に怒っている。
周りが静まり返る。
「俺は味方だ。何があってもな…」
ロビンは手を差し出した。
(アツいな、あんたって奴は。)
俺は、差し出された右手をグッと握った。
お互い、ニヤリとした。
「あのー、すいません…」
受付嬢が申し訳なさそうに割り込んできた。
「お二人が着けている、右手の指輪を見せてもらえませんか?」
そう言って、受付嬢は俺とルッソを見る。
「別にいいけど。何?」
ルッソが右手を差し伸べると、食い入るように受付嬢は指輪を見始めた。
受付嬢がスッと体を起こすと、カウンターに頭を叩きつけ、叫んだ。
「申し訳ありませんでしたぁぁ!!」
…痛そうだな、オイ。




