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第52話 憧れの外科医

 なにやら敷居の高すぎる店で、店主と思しき若い女が出てきた。


「あんたが、マルカスタさんか?」

「…だったら?」

「いや、あの…この床、踏んでいいのか?死ねとか言ってくるんだが。」


 俺は、片足のつま先立ちで、とても格好悪い姿でマルカスタと向き合っている。


 マルカスタは、前世の世界でいうなら、サリーのようなゆったりとした紫色のローブを身にまとっていて、髑髏どくろの似合う、いかにも怪しげなシャーマンという感じだ。髪はブルーシルバーのストレートロングで、神秘的な雰囲気を際立たせている。


「お好きにどうぞ。それは呼び鈴よ。」

「チャイムかよ!仰々しすぎるだろ!」

「常連になれば、普通に跨ぐし。うちは、いちげんさんお断りなの。」


 何だよ。

 とびこみの客に、頭蓋骨とか死ねとか、趣味が悪すぎるだろう。


「それで、何の用よ?」

「スネークビーの毒は、この店に置いてあるか?」

「てめぇ鬼畜きちくか?おとといきやがれ!」


 マルカスタは、そのまま店の奥に入っていこうとする。


 えっ?今の会話に、何か爆弾要素あったかな?

 この人、チャットボットなのかな?


「待ってくれ!人の命がかかってるんだ!」

「何言ってんのよ!スネークビーの毒とか、性犯罪者しか使わないわよ。女を犯して殺そうとする奴に売るものなんてないわ!」


 えっ!そうなのか?


「いや、そうじゃない!今から緊急で、治療しなきゃいけない患者がいる。痛みが伴うんだ。その痛みを和らげる麻酔をするためにどうしても必要なんだ!」

「典型的な性犯罪者ね。自分の性加害を治療とほざく。認知が歪んでるのよ!」


 なんてこった。

 これじゃ、まるで俺がデートレイプドラッグを買い求める小児性愛者じゃないか。


 性犯罪者は、恐怖で涙している性被害者を、『目をうるませて喜んでいた』と言っちゃうくらい、認知が歪んでいる。一言で言えば、クソなのだ。

 そんな連中と同格に扱われるのは、俺のプライドが許さないぞ。


 かくなるうえは…


 俺は土下座した。


「患者の命がかかっているんです。お願いです。」

 俺は床の紋章に頭をこすりつけて言った。


「ちょ、ちょっと、何してんのよ!?」

「お願いします!」


 もうここに来るまでに時間がかなり経っている。

 少なくともロビンの状態は一刻を争う。俺が性犯罪者と思われようが何だろうが、とにかく患者との約束は守るのだ。


 何ともいえない沈黙の時間が過ぎていく。


「…分かったわ。売ってあげる。ただ、あなたの治療見せてもらっていい?嘘ついてたら毒殺するから。」

 俺は顔をあげた。


「ありがとう!もちろん嘘をついてたなら、煮るなり焼くなり好きにすればいい。それと、俺には金がない。あとで必ず代金は支払う。」

 俺はまた平伏した。


「…あきれた。甲斐性のない男ね。」

 マルカスタは苦笑いをした。



 俺は、マルカスタを連れて、熊のねぐら亭に向かった。

 途中、マルカスタの足があまりに遅いので、俺がおぶってやって駆けたら、『降ろせ』と背中をゴンゴン殴ってきた。


 解せぬ。


「ルッソどうだ?ロビンの容体ようだいは?」

 熊のねぐら亭の離れ小屋に駆け込み、俺はルッソに開口一番尋ねた。


「…痛みがひどいようだよ。時々手の脈が触れにくくなるから、点滴を速めて落としていたけど。」

「意識はあるか?」

「うん、ある。」


 ロビンは苦悶くもんの表情を浮かべていた。

 俺はロビンの手を取り、言った。

「ロビン、今から手術をする。ちょっと待っててくれ。」

「…あぁ、頼む。」


 フンドに運んでもらった手術器械を煮沸しゃふつ消毒し、マルカスタには、スネークビーの毒を、回復薬に溶かしこんで、手術時間程度、意識がなくなるように微調整してもらった。

 ロビンの麻酔に入る前に、手術の打ち合わせを、ルッソとベーラと行う。

 今回の手術では、ロビンの元々ある腹部刺創ふくぶしそう周囲の癒着ゆちゃくを剥がし、腸管の位置を整える。おそらく腸管の壊死えしがあるだろうから、そこは、切除せつじょし、腸管を繋げる。


 そして…


 俺は胸元から、木こりのパリーからもらった、ゲルシートを取り出した。

 アントの唾液とスライムの体液を混ぜ、トロントの器で練りあげたというあれだ。

 このシートを、再癒着予防のために、腹腔内ふっくうないに置く。


 パリーのお土産がこんなに早く役立つとは思わなかったぜ。


 執刀医はベーラ。第一助手はルッソ。俺は鈎引こうひき&照明係だ。

 研修医時代の外科ローテート時と役割が変わっていないが、これがチームとして一番うまくいくと思う。ベーラは金細工で、手術器械の扱いに慣れているし、ルッソは、回復薬の滴下てきかによる止血処置に慣れている。麻酔薬の調整は、マルカスタが受け持ってくれている。俺は前世の記憶に従って、鈎引きをやるという作戦だ。


 鈎引きというのは、手術野がよく見えるように、筋肉や、組織を極めて愛護あいご的に横にどけるという役割だ。研修医や、何なら医学生でもやっちゃうこともあり、人気にんきがあるとは到底言えない。この役割をテレビカメラが追えば、視聴率はガタ落ちする。それくらい地味な仕事だ。


 もちろん、俺にも執刀医への憧れはある。


 とある外科学会は炎上商法が得意で、謎のキャッチフレーズを生み出す学会として有名だ。

「職業『外科医』かっこよくないですか?」

「命と向き合い、『外科医』として生きる」

 などあったと思う。

 120回大会を記念して、学会が作ったコンセプトビデオは最高だった。


 内容はこうだ。


 大勢の外科医がカンファレンスし、代わってくれる外科医がたくさんいるにも関わらず、息子の誕生日に待機当番入れちゃうスケジュール管理能力のない若い外科医。

 案の定、息子の誕生日ケーキのろうそくを吹き消そうという時に、シモシモ、と緊急手術の電話を受ける。

 若い外科医は、都心のど真ん中に新築戸建を保有する謎の経済力を持っていて、緊急手術というのに、これもなぜか病院まで走るわけでもなく、スカイツリーを背景に、のんびり歩いてオペ室に到着する。そしてオペ室前で意気込む目元を映し出してビデオクリップは終了する。


『本当は、手術じゃなくて、病院に浮気しに行ったんじゃないの、息子の誕生日にさ。』

 というツッコミが、日本の医学界を席巻し、とにかく外科医は最高だ、と大炎上したのである。


 それに比べて、我々内科系の緊急コールはどうだ。妻に中指を突き上げられ、息子に地獄に落ちろと言わんばかりにサムズダウンされる。そして電動チャリで、キコキコ病院に向かうというのが現実だ。


 結局何が言いたいかというと、『外科医は格好いいね』ということだ。


 絶対失敗しない女外科医でも、タイムスリップ外科医でも、離島外科医でも、無免許外科医でも、とにかく、絵になる格好良さがあるというのが俺の持論だ。


 しかし。


 執刀医への淡い憧れを持ちつつ、鈎引き職人として、俺は手術場に立つ。


 いや、鈎引きや照明持ちも奥が深い。解剖イメージと作業行程を頭に入れ、執刀医が手術しやすいように場をリードすることもできる。これは、研修医時代の恩師である本間先生に教えてもらったことだ。

 第一助手を務めつつ、若手執刀医を正確にかつ温かくサポートしていた本間先生をロールモデルに、俺は()()()()と呼ばれる高みを目指すのだ。


 術野を照らす魔映灯まえいとうを布で頭にしっかり括り付けた。

 飲み会でネクタイを頭に巻き続けた俺にとって造作もないことだ。

 このメンバーの中で魔映灯を一番明るく照らす魔力があるのは、この俺なんだ。


 そして、両手に筋鈎を持つ。フンと鼻から息を吐いた。


 

 マルカスタがロビンの口元に麻酔薬を当てる。

 もちろん、合谷ゴウコクへのはり麻酔でも、手術ができるかもしれないが、腹を切られる違和感はあるだろうし、術中にロビンが動いてしまう可能性がある。パラリシスで体の動きを止めるというのも人道的な問題があるしな。

 結局、眠ってもらう麻酔が一番と判断した。


「じゃ、始めるわよ!」


 ロビンに麻酔を導入し、ベーラが緊張した面持ちで、腹部刺創部に円刃を持って行く。


「待て。」

 俺は、呼び止めた。

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