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第51話 敷居の高い店

 ロビンの腸閉塞は、絞扼性こうやくせいイレウスといって、腸管が細くなって詰まっているだけではなく、腸管に血液が届かず、腸が壊死えししている可能性が高い。手術をしないと助からない状況だ。

 場末の救急医なので、手術できるわけもなく、『万策尽きた』とロビンに説明しようとした。

 そこへ、ベーラ、ルッソ、フンドが飛び込んできたのである。


「サーノ、あんた諦めるの?」

「いや、その、何というか…もう俺にできることはないんだ。」

「手術って方法があるんでしょ。あんた昨日言ってたじゃない。」

「いや、その、何というか…俺は外科医じゃない。手術専門の医者じゃないからできないんだ…」

「ゴニョゴニョ言ってて、聞こえない!あんた、ロビンを見殺しにするの!?」


 いやいやいや…


 患者に善いことをしろ、それができないなら害を与えるな。

 これが、医療の倫理的な原則だ。


 外科医でもない俺が、手術をやろうって言うのは、自動車免許で新幹線を運転しようとするようなものだ。絶対にムリだ。


「そうじゃない。俺の手でロビンを殺すことになる。」

 ベーラに答えた。


 その時、ロビンが口を開いた。

「…サーノ、それは違う。腹蛇になった奴は、誰にも看取られず死ぬんだ。ところが、お前は、腹の痛みを和らげてくれて、一晩中俺の手を握り、励ましてくれた…」

 ロビンの顔が痛みに歪む。


「…そう、どうせ死ぬんだ。一思ひとおもいに、手術をしてくれ。俺は絶対に恨まない。」

 ロビンが言い切り、俺と視線がぶつかる。


 ふと、周りを見ると、ルッソ、ベーラ、フンド、そして、いつからいたのか分からないが、ラガンとドリクも俺を見ている。


 いや…ムリだ。


 開腹手術なんて研修医時代、外科ローテートの時に見たきりだ。

 しかも、『鈎引き』という手術野をみんなに見やすくする作業をチマチマやってただけなのだ。

 想定外の出血や、処置が困難になった場合のトラブルシューティングなどはできない。単にロビンを傷つけるだけなんだ。


 しかし…


「…ロビンは、腹を切って、腸が詰まっているところを治療する手術を受けてもいいのか?」

「あぁ。今まで…腹を魔物に貫かれたりしてんだ。ダメなら、腹に回復薬をぶっかけて傷を閉じてから死なせてくれ。」

「ルッソ、ベーラも手術を手伝ってくれるんだな?」

 ルッソとベーラが強くうなずく。


 患者が望み、チームも団結したら、普通はその通り治療するものだ。しかし、その治療が自分のキャパを超えている場合は、当然やってはいけない。

 だけれども、ロビンが言うように、早かれ遅かれロビンは、腸が壊死して死ぬ。それなら一か八か腹腔内ふっくうないを見て、ダメなら閉じるという手もあるかもしれない…


 ええい、ままよ!


「分かった。手術をする…」

「…頼む。」

「ロビン。卑怯だが、最初に言っておく。命の保証はできない。」

「覚悟の上だ。」


 俺はルッソに、ロビンの容体ようだいをどうやって判断するか簡単に説明し、ロビンのケアを任せた。点滴の管理をベーラに頼み、俺、フンド、ドリクは、ドリクの店に向かった。手術に必要な道具を探すためだ。


 ドリクの店は、中央大通りのアイニッシュ通りから道を一本入ったところにある、落ち着いた雰囲気の店だった。見るからに高そうな刀剣などがディスプレイされている。


「この剣とか高そうだな。」

「サーノ、それはメッキでできた安物だ。俺の名前だけで、こんな刀剣を気に入る奴には、ふっかけてやる。喜んで買って帰るがな。俺の作品は、ある程度価値が分かる奴にしか触らせねぇ。」


 へぇ、結構エグいね。そんな商売してたら、逆恨みとか受けないか?


 ま、ブランドの時計とかも原価は100分の1くらいと聞くしな。名声を得るというのは、ぼろ儲けできるということなんだろう。俺もあやかりたいもんだ。


(お金ほしい。)


 店の奥に案内されると、年季の入った鍛冶道具と工作器械が並んでいた。


「手術に必要なら貸してやる。好きに持って行け。」

円刃えんじん鑷子せっし持針器じしんき…すごいな、結構使えそうだぞ!」

「金細工用の工具もあるからな。ベーラ嬢にも卸したことがあるんだぜ。」


 そうか。ベーラ、お金持ちだもんな。


「じゃ、ベーラはこの器械には慣れているだろうな。」

 俺は、繊細な作業に使いそうな器具を取上げつぶやいた。


「それと、これが必要だろう。」

 ドリクは俺に声をかけた。スティック状の懐中電灯のようなものを取り出してきて、俺に渡す。


「これは、火国の魔道具で、魔映灯まえいとうって言うんだ。」

「魔映灯?」

「俺みたいな、魔力が微量なものでも…ほらこうしてくだろう。」


 へぇ、ますます懐中電灯っぽいな。


「何か気がつかねぇか?」

「うん?あっ、影がない!」

「そうだ、細かい作業をするときに影ができるのは困る。これは光を当てられたものが、自ら光るっていう代物しろもので、影ができねぇんだ。しかも、術者の魔力で光量が上がる。」


 すげーな。ファンタジーだわ、これ。


「これ、譲ってくれないか?」

「はは、そう言うと思ったぜ。ダメだ。これは魔道具だ。目玉が飛び出るほど高いんだぜ。お前には支払えないだろう。」

「…そうだな。」

「まぁしょげるな。ロビンの手術の時には無料で貸してやるから。」


 なんだよ。医は仁術だろう、算術じゃなくて。

 理解のある人たちが、良心的な医者に私財を投げ打って応援するという展開はないものかね。


(あぁ、お金ほしい。)


「あれ、フンドどこにいった?」

 フンドがいない。店まで一緒に来てたのに。

 俺があたりを見回すと、フンドは、鍛冶職人の仕事ぶりを食いつくように見ていた。


「おい、犬っこ。お前、鍛冶に興味あんのか?」

 ドリクが、フンドに嬉しそうに話しかける。


「こいつら若衆は、まだまだ経験が足りねぇが、それでも腕利き揃いだ。お前もどうだ、一緒にやってみるか?」


 フンドはチラッと俺を見る。

「フンドが好きなことをやってみたらいい。ワンダ軍曹もきっとそう思ってる。」

 フンドはとても嬉しそうな顔をした。


「でも、フンド。今は、ロビンが最優先だ。急いで、この器械を熊のねぐら亭まで届けてほしい。」

「うん!分かった!」


 俺は、ドリクに向きなおした。

「ドリク、この辺でスネークビーの毒を薄めた麻酔薬を売ってるところはあるか?」

「はぁ?そんなもん聞いたことねぇぞ。」


 確か、ワンダ軍曹がクララさんの手術に立ち会った時に、医者が使った麻酔が、スネークビーの毒だったと思う。一般的な麻酔薬じゃないのだろうか?


 すると、ドリクが何やらひらめいた顔をした。

「まぁ、俺には薬師の仕事は分からねぇ。ただ、とんでもねぇ変わり者の薬師は知ってる。マルカスタってんだ。」

「へぇ。」

「まともに薬売っているところを誰も見たことがない。」

「大丈夫か?その薬師。」

「俺の店に来る客が言うには、本物らしいがなぁ。正直分からん。行ってみるか?」

「一応聞きに行ってみる。店の場所を教えてくれ。」


 俺は、ドリクに教えてもらった薬師の店を、汚い地図を頼りに探した。

 時間がかかると覚悟したが、意外にその店は簡単に見つかった。


(雰囲気は、あるな…)


 ボロボロというか、店の壁には足跡がついていて、蹴られたり、壊されたりしたような感じで、例えるなら、暴動の後みたいだ。


 ゴクリと、唾を飲み込んで、店の中へ入っていく。

「失礼します…」


 床には、よくわからない紋章が描かれており、その周りには白骨化した頭蓋骨ずがいこつが所狭しと置かれている。


 この頭蓋骨、またいでいいのか?

 別の意味で、敷居が高い店だ。


 跨ぐと呪われそうなので、奥の方に向かって呼びかける。


「マルカスタさん!いませんか?」


 何の反応もない。


 …行くか。


 俺が、頭蓋骨を跨ごうとしたその時である。


 床の紋章が光り始めた。

「死ねぇぇぇぇ!!死ねぇぇぇぇぇぇ!!!」

 足元の頭蓋骨から奇声が聞こえた。


 俺は片足を挙げたまま固まった。


 何だってんだ、この店。心臓に悪すぎる。

 もう帰りたいけど、麻酔薬がないと手術ができない。

 というか、麻酔薬があるのかも分からないのだが。


 クソッ!


 俺は声を出す頭蓋骨を慎重に跨いで、ソッとつま先を床につけた時である。


「何の用よ?」


 若い女が俺を睨みつけていた。

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