第49話 ドリクの旦那
童話『白雪姫』にも登場する小人たち、それがドワーフだ。ファンタジーの王道中の王道が現れて、改めて俺のテンションは少し上がった。
というかですよ。
実際「熊のねぐら亭」のマスター、ラガンも熊の獣人だし、アンデッドドラゴンとか、とんでもないボスと戦ってきた俺にとって、もはやドワーフが出てきたって何の驚きもないというか、今の今まで何処に隠れていやがった的なノリなのだ。
「えらく若いのが、治療にあたっているじゃねーか。」
「…あんた、鍛冶は得意か?」
「え!?お前、なんでそれを?」
ドワーフのドリクが、驚いた目で俺とラガンを見る。
ラガンは首を横に振って、何も言ってないことを暗に伝えた。
「あんた、斧使いか?」
「え!?お前、なんでそれを?」
ドリクの目がますます大きくなる。
ちょっと面白いな。異世界テンプレがそのまま当てはまる。
「まぁ、そんなことはどうでもいい。」
「どうでもいいって言うな!俺の仕事を何で知っているんだ?このすっとこどっこい!」
ドリクがすごんだ。
「勘だ。」
「勘っつてお前さん…」
「とにかく、今は患者のことが優先だ。あんた、細長い金属の円筒作れるか?」
「あん?俺を誰だと思ってるんだ?街一番の鍛冶屋だぞ。」
俺は、ラガンを見る。
ラガンは首を縦に振った。
へぇ、すごいな。
「じゃ、今から設計図を書く。ラガン、紙とペンあるか?」
「紙なんて高級なもの、ないぞ。」
「俺は持ってるぜ。」
ドリクは胸元から紙らしきものとペンを取り出した。
「急な発注があるからな。酒を飲む時も、身に着けてるんだ。」
「助かる。」
俺は、21G針を想像して、イラストを書く。
「外筒0.8㎜、内筒0.6㎜、なんだこれは。」
ドリクが紙を覗き込んで言う。
「0.8㎜というのは、俺の人差し指の横幅がちょうど20㎜だから…」
俺がドリクに長さの単位を説明しようとして重大なことに気がついた。
あ、しまった。
俺は、まじまじと自分の指を眺めた。
何だこの指は。
俺はバスケをやっていたから、突き指や何やらで、節くれだっていたものだが、このサーノの指といったら、くそ。きれいだな。もちろん、剣タコなどはあるのだが…。
とにかく他人の体なので、指の横幅サイズが分からん。
…ちょっとアバウトになるが仕方あるまい。
「どうした?」
「いや、久しぶりに嫌なことを思い出しただけだ。俺の人差し指の横幅が20㎜だ。それの20分の1よりやや小さい。」
「そりゃ、細かいな!」
「できるか?」
「当たり前だ。ただ、こんなもの何に使うんだ?」
「ロビンの腕に血管がある。それに直接円筒を刺して水を流し込む。これで、体が干からびるのを防ぐんだ。」
「…聞いたことないぞ。そんなの。」
当然だ。疑心暗鬼になるのも仕方がない。
こうなれば、一芝居打つしかないか…
「俺の親父は腹蛇で死んだ。」
「そうなのか?」
ドリクが驚いたように聞き返す。
「親父が死んでからというもの、俺は腹蛇のことしか考えなかった。朝も昼も夜も、寝る前のお祈りの時も、腹蛇と唱えていたくらいだ。腹蛇め、腹蛇め、腹蛇め!!」
俺は正座して、床をドンドンと叩いた。
周りがシーンとした。
「俺は、腹蛇が憎くて憎くて仕方がないんだ…」
天井を睨みながら、俺は唇を噛んだ。
ルッソとベーラが呆れて天を仰いだ。
「腹蛇憎さにたどり着いたのが、この治療法だ。ドリク信じてほしい。これは俺と親父の弔い合戦なんだ!」
俺の三文芝居ドヤッ!とドリクを見る。
ドリクはハッとした様子で、鼻をすすりながらに言った。
「泣かせるじゃねーか!分かった!ここで、やらなきゃ漢がすたるぜ!」
「恩に着るぜ、ドリク!」
ルッソとベーラは、えー!とビックリ眼でドリクを見た。
ま、嘘も方便だろう、こういう時は。
ドリクは興奮冷めやらぬままに、俺に言った。
「代金は後払いでいいからな!新しい取り組みだからちょっと高くつくぜ。」
「…代金だと?」
「あぁ代金だ。お前、まさか金持ってないとかないよな?」
えっ?
お金ないですけど。
だって、訓練所に手切れ金として褒賞など支払ったし、ケープリアまでの交通費しか持ち合わせていないわけで。
どうしよう。
ベーラに借りる?
いや、このドリクなら、『女に金を出させるなんて男の風上にも置けねぇ』と言って怒り出しそうだし…
仕方ない。
「フンドという子どもがいて、その子が金を持っている。」
「お前!子どもに金を出させるなんて、人間のクズじゃねーか!!」
その後、ルッソとベーラに、暴れるドリクをなだめてもらって、何とかドリクに依頼を引き受けてもらった。
俺が依頼したのは、注射針というもので、病院でよくあるアレだ。注射針のサイズは、数字が小さくなるほど太くなる。コロナワクチンの注射針のサイズが25Gだから、21Gは、それより太い針だ。
俺がなぜ注射針のサイズに詳しいかというと、俺が優秀ということもあるが、夜間救急で運ばれてくる患者に急性アルコール中毒が多かったこともある。時には、コロナの緊急事態宣言時においても、バーで飲み潰れたという未成年も運ばれてきた。こちらがコロナ診療で忙しい時にだ。
前途ある若者は、こんな大酒飲んではいけないんだぞ♡
というエールの意味を込め、『最大限の太い針をお見舞いしてやるぜ、クソガキが!』と、18Gの太い注射針で点滴ルートを確保することもあった。どれくらいの針のサイズまで腕の血管は入るんだろうと興味があったことから、針のサイズを細かく覚えたという寸法だ。
ドリクに注射針を依頼した後は、点滴する中身を作る必要がある。
それは、塩9gを1Lの水に溶かして生理食塩水を作ればいい。
「ラガン、塩はあるか?」
「いちいち、高価なものを言いやがるな。サーノお前、本当に金あるんだろうな?」
「…金はそのうち払う。」
「本当かよ…」
ぶつくさ言いながら、ラガンはカウンターの塩を取ってきた。
貧すれば鈍する。
とはいうが、お金がないと、こんなに金に気を使うことになるのか。
何気ない日常ワードが、危機的ワードに変化する感じだ。うつっぽくなるのも分かる。
そういえば、日本では、失業率が高くなればなるほど、自殺者数は、増えていくのだが、スペインでは、失業率が高くても自殺者は増えない。
日本のハラキリ文化と社会福祉サービスが劣悪なことが原因だと思うが、どうか自殺しないでほしい。
自殺企図患者が救急外来に運ばれて来るのは、救急医として大変だし、自殺したくなっても、ちょっと話を聞いてもらうと、時間とともに自殺衝動は減るんだから。
「あなたを必要とする人が必ずいるし、あなたが死ぬと、私はとても悲しい。」
自殺企図で薬物大量内服して、救急搬送された患者が、目を醒ました時に必ず言ってた言葉だ。そして、精神科受診を指切りげんまんするのだ。
まぁ、生きるためには最小限の金がいるので、何とか調達する必要があるな。
そんなことをぼんやり考えていると、ルッソが俺に尋ねてきた。
「サーノ、これでいいの?」
「ああ、その容器に、これくらいの塩を入れてくれ。」
俺は、量の目安として置いた盛り塩を指差した。
水を火で温めて、煮沸消毒し、そこに塩を加えていく。
この塩の量は目分量というよりは、俺の舌感覚だ。
重量計がないこの世界において、五感をなめてはいけない。
0.9%食塩水、つまり生理食塩水は、俺の舌に染みついた味であり、舐めれば分かるのだ。




