第48話 腹蛇
今日から最終章開始です。
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ワンダ軍曹の旧知であるラガンの店で、シャバに出てきたお祝いをしていた俺たち。
ところが、隣の客ロビンが嘔吐して、腹痛を訴えた。俺は鑑別スキルーレントゲンモードーから腸閉塞と判断し、ルッソ、ベーラとともに、ロビンの治療をすることにした。
「さぁ、救急医療だ!」
「えぇい、邪魔だ!ベーラ嬢ちゃん達も早く店から出てってくれ!」
ラガンが俺たちを完全に邪魔者扱いする。
「…いや、あの、ラガンさん。俺たちこの病気治せるかもしれません…」
俺は恐る恐るラガンに提案してみた。
「はぁ?バカ言ってんじゃねーよ!この腹蛇になったら大体オダブツ、、なるんだよ…」
この酒場「熊のねぐら亭」のマスターであるラガンは、ロビンを気遣う様子で目線をやり、フロアに横たわって苦悶の表情を浮かべるロビンに優しく手を当てる。
「と、とにかく、今日は店じまいだ。さっさと行ってくれ。」
とりつくしまもない。
ベーラはしゃがみ込み、ウェーブがかったダークブロンドの髪をかき上げながら、ラガンに尋ねる。
「ねぇ、ラガンさん。どのみちロビンさんを運ぶんでしょ?」
「うん?まぁ、ずっとフロアに這わせておくわけにはいかないからな。」
「そこまではお手伝いさせてください。」
「…分かった。正直ありがたい。嬢ちゃんに手伝わせるのは、気が引けていたんだ。」
ラガンが周りを見渡す。
「腹蛇は、冒険者の間では『縁起が悪い』ってことで、誰も近づいて来なくなる。」
ロビンは辛そうにうずくまっていた。
百戦錬磨の戦士でさえ、尿管結石や腸閉塞は、痛みで悶え苦しむもんだ。
ロビンを担架に乗せ、俺とラガンは、酒場の離れの物置小屋に運んだ。そこで、テーブルに毛布を敷いただけの簡易ベッドにロビンを横たわらせる。
「腹蛇って聞いたことあるよ。」
ルッソがロビンの背中をさすりながら口を開く。
「どう言われているんだ?」
「歴戦の猛者が急死するといったら腹蛇だよ。医者、白魔道士、教会のお祈りでもお手上げで、助かるか助からないかは、運次第だって。」
「そうだろうな。」
ベーラが、ロビンの額の汗を拭きながら、俺に尋ねた。
「あんた、腹蛇の何を知ってんのよ?」
「腹蛇は言ったように、腸詰まりが原因だ。ベーラみたいに便秘で、うんこが詰まる場合と、過去の腹に負った傷で、腸が動きにくくなることがある。」
「一回死ねよ!」
ベーラは、俺の太ももに鋭いローキックを浴びせた。
あまりの痛みに俺は悶絶した。
「痛いですよ!ベーラさん!」
「で、何で腹の傷で、腸が動きにくくなるのよ?」
「ロビンの腹を見てみろ。」
「うん。」
「ここに傷がある。これは腹を刺された後に、回復薬で無理矢理、傷を塞いだ痕だ。そうすると、腹の中で、傷が変に治って、腸同士がくっつくことがある。これを癒着というんだ。」
「癒着…」
そうだ癒着だ。
現代日本でも、手術をした時、この癒着をどう予防するかが、とても大切だ。癒着予防シートを、手術の時、腹に中に埋め込んで、癒着による腸閉塞を予防するわけだ。
「で、ここに寝かせてどうするんだ?」
ラガンは、担架をおいて、ロビンの左半身が下になるように寝かした。
「腹がちゃんと動くまで待つしかないんだがな。」
「サーノ、それで大丈夫なの?」
ルッソが心配そうな視線を送ってくる。
「まぁ、手術という方法もあることはあるが…」
俺はそう言いかけたが、やめておいた。話題を変える。
「ラガン、聞いていいか?あの長細い肉料理のことなんだが。」
「あ、ミートスティックのことか?」
「そう、それだ。肉を成型していた筒を見せてくれ。」
ラガンは、調理場からゴム管のようなものを持ってきた。
「これか?ロングワームという魔物の抜け殻だが、丈夫で重宝している。」
「貸してくれ。」
「あぁ。」
カウンター越しに、ラガンが調理しているところを見ていたのだが、面白いと思っていた。このロングワームの抜け殻、ゴムと同じような性質で、細長い管となっている。
これを、鼻から入れて、小腸まで通し、イレウス管のような使い方ができないかと考えた。
管の先端周辺にナイフで切り込みを入れる。これで、管を入れた先の腸液を吸い込みしやすくする。
「…いてぇ。」
ロビンが冷汗をかいて痛がっている。
このイレウス管を小腸まで通してやれば、たまったガスや腸液が出て、痛みが軽くなるだろう。
待ってろよ。
「よし!ロビン。お前の鼻にこの管を入れるぞ!」
「…何すんだお前、おかしなことマネするな!…いてて。」
ちっ。
それもそうか。
俺が白衣を着ていたら、こんな処置に同意書も要らないと思うが。権威がないのは不便なもんだ。俺がロビンの鼻にゴム管を入れるなんて、入れられる方にしたら罰ゲームみたいなもんだしな。
というか、医療行為自体、針で血を抜かれたり、手術と言って腹を切られたりと、正月の芸人がするような、ひどい罰ゲームばかりだ。
その時、ルッソがロビンに優しく語りかけた。
「ロビンさん、大丈夫です。サーノは、痛みの原因を分かっています。きっと今の辛さをとってくれます。安心してください。」
「…本当か?」
「信じてください。」
「…分かった。好きにしろ。」
何だろうな。
俺も、ルッソの言葉を聞くと、そんな気がしてくるんだよな。
「少しの間我慢してくれ。」
俺は、ロングワームの抜け殻の先端部に手持ちの鍼を括りつけた。
もちろん、鍼の先端は、消化管を傷つけないように、内向きにする。
そして、ロビンの鼻にイレウス管を通していく。
まぁ、このあたりの処置はお手のものだ。
前世に勤めていた病院では、よく自殺目的で大量に睡眠薬を飲んでくる患者が搬送されてきたが、活性炭で患者の胃を洗う時には、鼻からこの管を入れることが必要だ。俺は、もはや、目をつぶっても挿入できるのだ。
通すのが難しい幽門部もトライツ靭帯も、鑑別スキルを使えば、管の先端がエコーでもレントゲンでも見える。
自分で言うのもなんだが、神業だね。
トライツ靭帯を通る独特の抵抗感を味わいつつ、管は小腸へと抜けた。
デュルデュルデュル…
イレウス管を腸液が逆流していく。
あ、やばい。
「ラガン!早く洗面器持ってこい!」
「え?」
ビシャーーーーーー!!
一足遅かった。
イレウス管を通った腸液が、反対側の先端から流れ出し、ラガンの小屋を順調に汚していく。
「ちょ、ちょ、ちょ、おい!俺の店に何てことするんだ!」
「…。どうだ、ロビン。楽になったか?」
「あぁ、不思議だ。こんなことが起こるなんてな…」
「お前の腹蛇が萎んでいくぞ。」
「あぁ、本当だ。こんなことが起こるなんてな…」
「ちょ、ちょ、ちょ、おい!話聞いてくれよ!」
ルッソとベーラが、ラガンを手伝って、ロビンの腸液というか吐物を処理している。
酒混じりの腸液やら吐物で、あたり一面強烈な臭いを放っていて、ラガンが少し不憫に思えてきた。
「家を汚して、悪かったな。」
ラガンに詫びた。
「うん、まぁ。それでロビンは良くなるのか?」
「あとは本人次第だ。しばらく絶食だからな。脱水が心配だ。」
「脱水?」
「体から水気がなくなってカラカラになるということだ。」
「そうか。何とかならないのか?」
「まぁ、血管に水気を入れれたらいいんだが…」
「どうやるんだよ?」
ラガンとやりとりしていた時、小屋の扉が勢いよく開かれた。
「こっちにいたのか。って、おいおい、どんだけゲロ臭いんだよ。今日はもう店じまいか?」
「あぁ、ドリクの旦那!今日は、ロビンが腹蛇になっちまって。」
「なんだと!それでロビンはどうした?」
「今、ベーラお嬢さん達が、治療してくれています。」
「腹蛇を治療だと?」
短躯の髭モジャと目が合う。
これは、ドワーフってやつだな。




